SIRUPアルバム『cure』制作の裏側、スタッフが語る全曲解説|前篇

Column
3月17日(水)にリリースされたSIRUPの2ndフルアルバム『cure』。英語歌詞・発音のディレクションを担当した、音楽キュレーター/ライターの竹田ダニエルが、人間性も音楽性も成長したSIRUPの魅力が詰まったこの作品について、1曲ずつに分けて紹介した。

音楽の楽しみ方は人それぞれだ。生活シーンを彩ってくれるBGMとして聴くのもよし、自身の心を昂ぶらせてくれる、あるいは落ち着かせてくれる曲を探して楽しむのもまたいいだろう。ただもう一歩掘り下げて、その曲を生み出したアーティストの生い立ちや影響を受けたもの、そのアルバムに込めた思いや出来るまでのストーリーまで理解すると、曲の印象が180度変わるのもまた音楽の面白い楽しみ方だと思う。

 今回の記事のライターである竹田ダニエルはSIRUPの2ndフルアルバム『cure』に於ける英語歌詞・発音のディレクションを担当し、作品制作においてアーティストに非常に近い位置でサポートした人物であるが、同時にZ世代や日米のカルチャー、社会問題に対しても優れた感性をもつ人物として注目されている。そんなダニエルの視点から見た『cure』の魅力を語ってもらったのは、すでにこの作品を何回も聴いた人に対しても、前述したようなより深い音楽の楽しみ方を体験してもらえると思ったからだ。国内の音楽シーンおいて存在感を日々増しているSIRUPのさらなる起爆剤となりえるアルバム『cure』。その魅力とは。(Text:江藤)

SIRUP、2ndフルアルバム『cure』魅力解説

01.R&W

冒頭から、現代社会に根深く存在する害悪な価値観や、格差・差別を助長するような不健全な思想から解き放たれるには、まず「自分と向き合う」必要があるということを力強く、そして大きな優しさと寛容さを持って発する。リリックでは”Right or wrong”と歌っているのに、タイトルが「R&W」であることからも、世の中は「正しさ」と「間違い」という二元論で成り立っていないというメッセージが伝わる。そして、「共に飛び立とうよbluebird」という歌詞などからも、変わる勇気と未来への希望を持った人に対して、「自由になろうよ」という誘いを差し伸べているのだ。

A.G.Oは「One Day」、「PRAYER」でもトラックをプロデュースしているが、どの曲でもSIRUPの「リアルな生命力」や「覚悟」を引き出している点で共通している。アーティストとして、そして友人として共に様々なことを乗り越えてきたからこそ生まれるエネルギーによって、自分たちに向けて鼓舞するのと同じくらい、リスナーに対しても勇気を出して自分と向き合う勇気を差し伸べてくれるようにも感じられる。曲全体を通して、世の中が変化し続けることを表現しているかのように変化球が続くサウンドとビートをここまで乗りこなせるのは、SIRUPしかいないだろう。

02.Overnight

DIGLE MAGAZINEのインタビュー でROMderfulがSIRUPのファンであることを公言したことがきっかけで、「Online」で初めてコラボするも、あまりに音楽的にも性格的にも相性が良すぎるために、「もっともっとコラボしよう!」というハイテンションなやりとりから生まれた曲。送られた大量のトラックアイディアの一つとして送られた際には「Overnight (dem nice)」というタイトルだったが、つい踊りたくなるほど溢れ出るグッドバイブスはまさに「ナイス」だ。

一見いわゆるチルなおしゃれラップに聞こえるも、一筋縄でいかないのがSIRUP流。次から次へと鋭いパンチラインを盛り込み、楽観的なサウンドでありながらも意味深いリリックが交錯する。踊らされると共に考えさせられる、新感覚のグルーヴだ。これからツアーやフェスにおけるオープニングトラックとして映えるような、爆発性を持ち合わせている。

03.Keep Dancing (Ft. Full Crate)

2011年にSoundCloudで公開されたFull Crateの曲を見つけて以来彼のファンであると話しているSIRUPにとって、まさに念願のコラボだ。何回か雑談のミーティングを重ねてから、実際のセッションもZoomでアムステルダムと東京を繋いで行われた。SIRUPの壁に飾ってあったレコードをきっかけにお互いの好きな音楽について話し合ったり、恋愛観などについて話し合っていくうちに作りたい楽曲の方向性も定まっていき、リズムの打ち込み、ベースライン、歌詞、メロディ、そして曲に込めたいストーリーもFull CrateとSIRUPのその場での化学反応によって、瞬発的に、同時並行で進められた。

数回のセッションの中でも最も印象的だったのが、歌詞をブレインストーミングする際に”I really wanna make you mine”というフレーズをFull Crateが思いついた時に「これは女性をモノとして扱っているような、配慮に欠けた強引さにならないかな?」という疑問をリスナーの視点に立って提示して、確認をとったことだ。有害な男性性の排除やジェンダーに対する配慮について日頃から意識している姿勢が音楽にも反映されていることに、大きな感心を覚えた。

さらに、「Keep Dancing」というタイトルは踊りを誘うようなダンスホールリズムにぴったりのテーマだが、実は”dance around~”(何かを議論したり、直接対処することを避けるためにある話題に直接触れないようにする)という英語のフレーズの意味を考えると、また新たな側面が見えてくる。「Last Dance」(2人の終わりが 来るまで踊ろう)や「バンドエイド」(傷舐めあって2人Dance)、「Rain」(2人このままdancing in the rain)などとも連続性が感じられる、SIRUPらしい、棘のある「踊り」の解釈だ。

04.HOPELESS ROMANTIC

どんなに現実が辛くても、何度裏切られても、「愛」を信じ続けるという意味の”hopeless romantic”という言葉に、全てが詰まっている。コロナウィルスが激化する直前にstarRoと出会い、世界の社会問題や音楽業界の構造などについて語り合うことによって生まれた、音楽的にもメッセージ的にも、まさに新しいフェーズのSIRUPが体現されている曲。学ぶほど、そして多くを知ってしまうほど増える絶望を抱えながらも、より明るい未来を作り続けるために「諦められない」と叫ぶ歌声、そしてShin Sakiuraの泣くようなギターに心が揺さぶられる。

今作で初めて全編英語リリックにも挑戦したり、HOTEL SHE,とコラボレーションでチャリティプロジェクトを行ったり 、大きな転換期の始まりを示した作品だ。

05.I won’t be

『cure』はSZAH.E.R.Peter CottontaleP.J. MortonらをはじめとしたR&Bやソウル、ゴスペルのアルバムが構成されるように、リードシングルだけを楽しむのではなく、アルバム一つを作品全体としてバイブスを楽しむ作品になっている。

「Trigger」と「Thinkin about us」と合わせて、ど直球の切ない恋愛ソングとしてアルバムの中で語られるストーリーの「つなぎ目」のような役割を果たしている。「相手を想う気持ちを通して自分と向き合う」リリックが多いことがSIRUPの恋愛ソングの特徴として挙げられるが、今作もまさに「今」という瞬間から、そしてリアルな「相手」から逃げないように自分と厳しく向き合う葛藤が描かれている。前作の「CIY」でも一際甘い、理想的な恋愛を描いた「Ready For You」とまるで対になるようなサウンドになっており、Shin Sakiuraがギターとトラックで演出するムードの幅広さにも注目してほしい。

06.Online (Ft. ROMderful)

先日グラミー賞を主催するレコーディングアカデミーの定期ミーティングに参加した際に、「今一番好きな曲」として別の会員が挙げていて、「本当に世界に届いているんだな…」と感動した。〈Soulection〉系列のファンである彼から見ても、SIRUPは非常に独特な「ソウル」を持ち合わせており、同時にサウンド感は現行の先鋭的なR&Bシーンをリードするような立ち位置にあると話していた。

音楽もマインドも猛スピードで自己ベストを更新し続けている真っ只中のタイミングにいたSIRUPと、急速に注目を集めつつも独特の個性と「好き」を貫き続けているROMderfulとの、相思相愛の最高な関係で作った初のコラボ曲。

多くの人が「オンライン」で新たな生活を始めた中で、喪失もあれば新たなスタートもたくさんあった。それぞれにとって違う”Online”でのこの期間の思い出が凝縮されてるような、「今の彼らにしか作れない」曲だ。レイドバックなトラックでありながら、日常を恋しく、そして切なく歌う表現の対比が実に秀逸。Maxillaチームが制作したMVも、その気怠さの中でもユーモアを忘れない空気感を引き出している名作。

07.Keep In Touch (Ft. SUMIN (수민))

SIRUPとSUMINBTSRed Velvet)、そしてSlomZion T.Jay Park)という日韓最強コンビネーションがこのようなキラキラR&Bで楽しめるなんて、ファンにとっては嬉しすぎる!来日イベントで共演した際にお互いのパフォーマンスに惚れ込んだのをきっかけに生まれたコラボレーションだが、SlomとSUMINは2人で多くの作品に携わっていたり、YonYonがコーディネーションで入ったりと、「音楽は言語を超える」ことを実感するような作品になっている。

英語、日本語、韓国語を交互に織り交ぜながら、リモートのレコーディングでボーカルを合わせることは地味に難しい作業だが、ぴったりと一致するまで念入りに収録をを重ねることで、さらに言語の美しさを引き立てている。「何かあったらいつでも連絡してね」という寛大な優しさとともに、「今すぐにでも連絡して欲しい」という恋の不安が相互に絡み合う。レトロR&Bに敬愛を込めたサウンドで音楽好きを虜にし、ラストサビ前のブリッジで度肝を抜かれる。胸を締め付けるほどに切なく、美しい。至極のハーモニー、先鋭的なトラック、鳥肌が立つような歌声、全てが「第二章」のSIRUPの幕開けにふさわしいほど絶品だ。

後編では、アルバム後半の楽曲を紹介していきたい。

RELEASE INFOMATION

『cure』

2021年3月17日(水)
2,800円(税抜)
SIRUPRZCB-87049/B
RZCB-87050

「HOPELESS ROMANTIC」、「Online feat. ROMderful」、「Thinkin about us」他、新曲を加えた全13曲収録。

なお、AL+Blu-ray(RZCB-87048/B)は4,800円(税抜)、AL+DVD(RZCB-87048/B)は4,500円(税抜)で販売。

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