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文: 竹田ダニエル 編:etoo
既に公開済の前編に続き、後編も「Journey」から「Ready For You」まで、1曲ずつ楽曲を紹介。SIRUPをサポートしてきた竹田ダニエルが解説する『cure』の魅力をぜひ、前編とあわせてチェックしていただきたい。
「愛と優しさ」、そして「学びと信念」。より生きやすい社会を作るためのメッセージを、音楽の力を通して伝えてきた2020年のSIRUPの成長スピードが感じられる、アップテンポかつ「学ぶ人」の背中を押すダンスアンセム。トラックを担当したのは、Soulflexで10年以上ともに活動してきたことによって信頼と相性を培ってきたMori Zentaro。絶対他とは被らない個性的なサウンドを用いて、踊って跳ねたくなるトラックを作る技術につい唸ってしまう。
SIRUPの本格的なブレイクのきっかけになった「Do Well」と比較しても、疾走感が魅力でありながら「ここから先 未開の地へ Let go」のように、鋭く前向きなリリックが多く、似た角度を感じる。出だしでの 《I can’t wait not longer for a miracle(奇跡が起こるまで待っていられない)》という歌詞も、コロナ中に生まれたPEARL CENTER x Soulflex「Mised Emotions」の歌詞、《待ってたってしょうがないよこっちからいくしかない》)を連想させる。
アルバムを通して聴くと、5曲目の「I won’t be」で描いたストーリーの続編のようにも感じられる、恋愛の葛藤に全振りしたトラップソウル曲。
静かな水の表面に水滴が落ちた時に広がる波紋のように、幻想的かつドラマチックなトラックを担当しているのは韓国のR&B・ヒップホップ界でも著名なプロデューサーのSlom。彼の手腕によって、過去曲の「一瞬」や「WHY」のような切ないミッドテンポ曲に見られるSIRUPの色気をさらに昇華させるサウンドに仕上がっている。
Jhené Aiko, Chika, SZA, Ledé等、現代R&Bの歌姫たちの最近のテーマはこぞって「メンタルヘルス」だ。「Trigger」ではその傾向を引き継ぐように、「自身の加害性と向き合う」ことを中心的なモチーフとして掲げている。恋愛において焦燥感や不安を駆り立ててしまう「トリガー(引き金)」という精神医学用語から着想を得て、歌詞では相手の存在自体が過去の自分を振り返らせるような「トリガー」になっているという物語を描いている。
曲の後半に向かって落ち着いていくのではなく、予想外の一捻り加えることで鳥肌が立つようなインパクトを残すのがSIRUP流だ。この曲も例外ではなく、最後まで歌唱力の余裕を楽しませてくれる。そして散々「トリガー」されることの葛藤を吐露しておいて、結局最後には《Always be my trigger(いつまでもトリガーでいてくれ)》と切なく懇願するところも、相変わらず憎めない。
「HOPELESS ROMANTIC」に続き、starRoとのセッションを通して生まれた曲。『cure』に参加しているFull Crate、 starRo、ROMderfulは〈Soulection〉の繋がりで大の仲良しでもあり、Full Crateの実家に遊びに行ったというエピソードもあるくらい微笑ましい関係だ。お互いのサウンド、そして人間性のファンであり、リスペクトしあっているアーティストがSIRUPというシンガーを通して共演していることにも強い必然性を感じるし、そのことがアルバム全体の「一貫性」にも影響しているだろう。アルバムの中でも一際「生感」を体験できるのが「Runaway」だが、その手を取って導いてくれるような安心感はやはりリアルな信頼関係から生まれているのだろうと感じる。
大きなホールやスタジアムライブで、観客と一緒になってシンガロングをしたくなるようなアンセム調でありながら、親密感のある楽器の質感によってどこまでもパーソナルに仕上がっている。「手を取ってここから一緒に抜け出そうよ」という、人々の心のありように対するメッセージ は、まさに本人が語っている「アルバムの後半はメンタルヘルスゾーン」というテーマにぴったりだ。
サブスクの普及によってアルバム単位で作品を聴く人が減っていることが頻繁に話題になるが、「Sunshine」を聴くと『cure』のアルバム構成がいかにリスナーの体験に影響を与えるかを実感する。恋愛や人生の葛藤や苦悩を乗り越え、辿り着いた先にある精神的な安定と空間の平和をアルバムの流れで表現しているが、やはりその「苦しさ」を経験しているからこそ「楽園」の美しさを楽しめるのだ。
「音楽に身を任せて、ただそこにいることだけでマインドフルネスやメディテーションになる。そんな効果を求めて作った」とSIRUP本人が話しているように、トリッキーなコード進行ながらも「癒し」に焦点を当てることで、暖かい太陽に心地よく包まれるような感覚になれる。ROMderfulのSNSを覗けばすぐに伝わる、彼の持ち前の明るさと音楽を通して伝えたい幸福感をコラボを通して存分に活用しているのもポイント。
SIRUPの制作過程は、常にただ楽曲提供してもらったり、トラックをもらうだけではない。個人的に音楽を愛し合って、人としてリスペクトしている人たちと音楽の趣味について話し合ったり、プライベートな生活や社会について話し合っているからこそ作れる誠実な音楽になっている。
2020年、「自分、そして大切な人と真摯に向き合うこと」に徹し続けたSIRUPのこの祈りの曲は、彼の内面で渦巻く大きな愛、そして切実な想いが込められている。誰かと繋がること、誰かを想うこと。どこまでも一方的な感情かもしれない恋愛も、気持ちを押し付け合うのではなく、想像力を通して「知る」ことで初めて深まることができるということを優しく包み込むように伝えてくれる。リリックでは《Thinkin about you》と歌っていても、タイトルでは「us」に変わっているのも、歌われないことにこそ曲の本質があると感じさせられる。
YouTubeチャンネル『The First Take』で大ヒット曲の「LOOP」とともにこの曲を歌ったことも、彼にとって大切な曲であることがよくわかる。後半の壮大なアレンジ、歌唱力ありきの破壊力のある演出は必見だ。
もともとサッポロビールのキャンペーン用に作られた曲で、その接点をきっかけに「Keep In Touch」や「Trigger」でもSlomがプロデュースで関わるようになった。滑らかで聴き心地が良く、同時に変則的なリズム感が人気のK-R&Bのファンも唸らせるような曲の再構築で、クリーンにアルバムを締め括る。「今」も「昔」のR&Bをサウンドや流行りだけではなく、魂のレベルで聴き込んで愛しているからこそできる、リスペクトの込められたリミックスだ。
リミックスに限らず、楽曲のプロデュースで関わったアーティストも全員クレジットで表記していること、共に成長してきた戦友たちにしっかりスポットライトを当てるような配慮を強く感じる。
音楽のリスペクトを通して生まれた友情から芽生えた音楽を集めたこのアルバムは、SIRUP本人にとっても、そしてリスナーやファンにとっても、果敢に生きた一年の「成長の記録」のような存在だ。サウンド面での作品の完成度の高さとともに、音楽を通した「対話」や「考え方を導く」作業を実践できるのは、一対一で向き合って対話を行なって、自分とも対話を行うことで「個人と向き合う」ことを続けてきたSIRUPだからこそできることだろう。
RELEASE INFOMATION
『cure』
2021年3月17日(水)
2,800円(税抜)
SIRUPRZCB-87049/B
RZCB-87050「HOPELESS ROMANTIC」、「Online feat. ROMderful」、「Thinkin about us」他、新曲を加えた全13曲収録。
なお、AL+Blu-ray(RZCB-87048/B)は4,800円(税抜)、AL+DVD(RZCB-87048/B)は4,500円(税抜)で販売。
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