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文: 安藤エヌ
史上もっともファッショナブルなヴィラン、誕生――ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ製作『クルエラ』が全国の劇場とDisney+のプレミアアクセスで絶賛公開中だ。
古典的名作『101匹わんちゃん』に登場する冷酷なヴィラン・クルエラを主人公に、彼女の半生をめくるめくドラマに仕立て上げ、大胆にリアレンジした本作。主人公クルエラを演じるのは、『ラ・ラ・ランド』でビターな恋を経験する女性・ミアを好演しアカデミー賞主演女優賞に輝いたエマ・ストーン。クルエラと敵対する”もうひとりの悪役”バロネスは『ウォルト・ディズニーの約束』『美女と野獣』などディズニー作品にたびたび出演している名女優、エマ・トンプソンが演じている。
生まれつき白と黒の髪をもって生まれた少女・エステラは、優しい母親に育てられたが生来過激な性格で、母親に「クルエラ」と呼ばれ、学校でも問題を起こして同級生にいじめられていた。見かねた校長に退学を命じられたエステラのために、母親のキャサリンはとある人物が主催するパーティーに出向き、金銭的援助を申し出る。そこで悲劇が起こり、母親は崖から墜落し不慮の死を遂げる。
身寄りもなく孤独になったエステラを仲間に引き入れたのは、泥棒のホーレスとジャスパーだった。3人は10年後、大人になり共に泥棒稼業にいそしむ”家族”となったが、エステラにはファッションデザイナーになりたいという夢があった。ジャスパーのはからいであこがれだったリバティ百貨店に就職するものの、仕事はトイレ掃除やゴミ捨てしか与えられず、浮かない日々。そんな時、ひょんなことからファッション界の権威・バロネスの部下になることが決まり、喜ぶエステラ。しかし、この出来事がのちの彼女の運命を大きく変えることになるのだった――。
本作の見どころのひとつに、エステラがファッション界の玉座に君臨するバロネスを引きずり降ろそうと画策し、ガラやショーなどで彼女の妨害をするために「クルエラ」として身にまとうアグレッシブな衣装たちがある。どれも類まれなファッションの才能をもつクルエラがデザインした洗練かつ斬新な衣装ばかりで、眺めているだけでも心が躍ってしまう。
本作を観ていると、衣装やモチーフに印象的な色が使われていることに気づく。「白と黒」、そして「赤」。この3つの色は、ひときわ意味を持った色として劇中に登場している。
まずはエステラ/クルエラの髪の色に注目してみたい。彼女は生まれつき白と黒というツートンカラーを髪に宿している。映画序盤では通りすがりの老婆に「ひどい髪」と言われているが、クルエラの髪は、明らかに「凡人との差別化を意味した髪色」であり、彼女が生まれ持った「カリスマ性」と「グレー(中間)を好まない」といった性格の表れともとることができる。きっぱりと区別のついたものごとの考え方が、どっちつかずの凡人からしてみれば過激に映るのは想像に難くない。
エステラはクルエラを封印しようと、髪を赤毛に染める。これはまさしく自分の中に存在する「クルエラ」の否定だ。エステラは母親のキャサリンを愛していたから、彼女が悲しまないようにと「クルエラ」を自分の中に閉じ込めようとした。キャサリンはエステラの中にいるクルエラを「社会不適合」と認識し、彼女のためを思って封じ込めようとしていたが、髪色のように、生まれ持った人格なのだとしたならば、その考えは結局エステラに窮屈さを感じさせるだけだったのかもしれない。その証拠に、エステラがクルエラに変貌し、隠していた白と黒の髪を露わにする中盤のシーンでは、まるで別人のように生き生きとするクルエラの姿から、今まで抑圧していた自己の解放をそこに見ることができる。
バロネスの職場でニュールックを製作し、彼女に評価されるシーン。「白と黒のパーティー」でクルエラが大胆にドレスコードを破り登場した際、着ていた真っ赤なドレス。本作では赤色も効果的な色としてさまざまなシーンに登場している。映画のキーを握り、重要なモチーフとなる赤い宝石のネックレスは、クルエラの出生の秘密、いわばルーツを秘めていた。終盤に差し掛かったころ、ネックレスの存在が静かにクルエラの誕生秘話を語り出す。そんなモチーフだからこそ、そこにあしらわれている赤色は、劇中では意図をもってして登場していることが多い。
赤がクルエラのルーツを表した色なのだとしたら、彼女が身にまとうファッションに差し色として赤を取り入れるのは、無意識下において赤という色を「本来の自分」と繋げているのではないかと考えられる。自分の抱く精神を気高いものにするため、バロネスという権威と闘うため、ルーツである色を身にまとう。赤はクルエラにとって、自分自身のマインドをコントロールするカラーとしての役割を持っている。
また極めつけは、終盤で描かれるパーティーでのバロネスが、ネイルに赤を施していることだ。この視覚的・色彩的ギミックが、クルエラとバロネスの関係を実に雄弁に語っているといえる。彼女とクルエラがどんな間柄だったのか、映画を観ていけば分かるのだが、その事実をふまえて彼女があしらったネイルの色を確かめてみると、「赤がクルエラのルーツである」というひとつの考察が説得力を伴って聞こえてくることと思う。
時代の価値観を作品に取り入れ、既存のキャラクターをブラッシュアップし、メッセージ性を抱かせることに定評のあるディズニー作品だが、今回の『クルエラ』はどのような点が現代的であるのかということを考えていきたい。
クルエラはバロネスに復讐を誓い、彼女に攻撃を差し向けるが、攻撃の方法は物理的ではない。自身が身に付けた、あるいは生来のファッションセンスで闘いを挑むのだ。武器を持たず、自分自身が持っている尖った部分――人とは違った部分――を使い、バロネスという権威に向けて反旗を翻すさまは、現代を生きる女性ないし、すべての闘っている人々に対するエンパワメントになるのではないだろうか。
世の中にはびこる不誠実・暴力的な権威に対し、己の身体と精神だけで立ち向かっていく姿は実にエネルギッシュであり、従来の闘い方とは一線を画した現代のスタイルとして、抑圧された人々を勇気づけていく。ディズニーが、「今」クルエラをリメイクし彼女を主人公としてヴィラン・ムービーを創る意味とは何か、という問いに、さまざまな権威問題で苦痛にあえぐ人々の実態が、確かにこの目に映っているからと答えたい。クルエラは、今を生き、闘う人々のために生まれ変わったヴィランなのだ。
また、本作ではしばしばエステラ/クルエラという、ひとりの女性の中に存在する人格の二面性について描かれているが、これにも注目したい。前述したように、彼女の母親はたびたび周囲と衝突し問題を起こす「クルエラ」を封印しようとしていた。社会不適合な「クルエラ」を登場させないことで、幼かった彼女を守ろうとしていた。しかし大人になったエステラは本当の自分である「クルエラ」のルーツを知り、受け入れる。そして優しくおとなしい分別のある女性である「エステラ」ではなく、悪役としての素質があり、サイコな面もあわせもつ、過激で大胆な「クルエラ」として生きていくことを決める。「エステラ」を葬ることで、自分自身を偽らず生きていくことを決めるのだ。
エステラ/クルエラが語るストーリーは、社会に適応して生きていくことの是非を問うている。社会に馴染むためにアイデンティティや自己をないがしろにして生きることは、果たして正しいのか?たとえ人とは違った面があったとしても、そんな自分を受容し、否定も揶揄も跳ね返して生きることは、現代人にこそ必要なソウルなのではないだろうかと感じる。
クルエラが「クルエラ」として生きることを決めたことは、今もなお世界のどこかで自分を受け入れられないまま生きている誰かの心に留まり、変化をもたらすかもしれない。
本作は、そういった希望をディズニーらしく、――悪のスパイスをふんだんに盛り込みながら――観客にもたらしてくれる傑作だ。ぜひ、魅力たっぷりのヴィランでありファッション・クイーンでもあるクルエラの姿を劇場や自宅で堪能していただけたらと思う。
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