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文: 石角友香 写:柴崎まどか 編:Miku Jimbo
『numero uno』でのアルバムデビューから25年。海外のクラブジャズやボーカルハウスとも共振したクラブミュージックを多数送り出すと同時に、ジャンルに拘らない数々の作品をリリースし、アーティスト、ピアニスト、作編曲家として独自のキャリアを描いてきた野崎良太のプロジェクト、Jazztronik。
2023年には“Excursionsシリーズ”と称して5曲の配信を行い、2024年2月21日には待望の7インチシングルをリリース。アルバムの統一感やコンセプトに縛られず、これまで野崎が作ってきた多種多様な楽曲の中から1曲単位でリリースする同シリーズの中から2曲をレコード化したカタログとなる。
さらに、2024年1月にはファンクラブも開設。今回はデビュー以来、ファンクラブを持たなかった彼がその必要性を感じた経緯や、広大な音楽的エンサイクロペディアから編んだプレイリストなどについて語ってもらったが、自身の作品のみならず、音楽好きの普遍的な良心が自然と伺えるものになったと思う。
ーファンクラブ設立はJazztronikのデビュー25周年がきっかけだそうですね。
そうですね。うちの若いスタッフに「こういうのがあるのでやってみませんか」って言われたんです。ちょうど25周年だし、今まではファンクラブとかファンの方に対して何かを特別にするということはしてこなかったのですが、ライブ後のサイン会などで「もっといろいろ情報が欲しいです」って言ってくれる人もいたりしたので、ちょうどいいタイミングだし、うちのプロダクションにも若いスタッフも増えたし、ちょっと一回やってみようかと思ってBitfanさんにお願いしたのがきっかけですね。
ー2023年のクラウドファンディング(※『Universal Language』の新バージョンを制作するために実施)ではリターンでファンの方とお話することがあったそうですが、具体的にどういうお話が多かったですか?
リターンでファンの方とご飯を食べるとか、そういうのをやってみたんですよ。すると皆さんに「どういうところでレコードを買っているんですか」とか、「音楽の情報はどういうところで手に入れるんですか」「普段何聴いているんですか」とか聞かれて、特別なことというよりかは僕が友達と話すようなことをみんな知りたいんだなっていうのを強く感じましたね。確かに時々エックスとかインスタに書いたりすることはあるんですけれど、そこまでマメな人間ではないので、そういう情報はなかなかファンの皆さんには届いてなかったんだろうなって。
この間も年末年始にライブをやって、後のサイン会で「またアナログを出してほしいです」って言われたんですが、2月に出すんですよ(※註:Excursionsシリーズの第一弾「EVOKE」と第三弾「Beat Hopper(The 3rd Session)」収録の7インチ)。結構言っているつもりなんですけど、ライブに来てくれてサイン会にまで並んでくれる人にも届いていなかったので、やっぱり情報って発信しないと届かないんだなと。なので、ここだったら確実に情報がゲットできるっていう場所は必要だなと思いますね。
ーファンクラブでは、野崎さん自身の活動情報以外に、今お好きな音楽であったり、若い人に聴いてほしい過去の良い作品なども?
それはありますね。好きだった雑誌もなくなっちゃったりだとか、情報が細分化されすぎて、どれを見たら自分が行きたいコンサートの情報が手に入るかもわからないし、どこへ行ったら自分の聴きたい音楽が手に入るのかわからない。情報はとても多いのにも関わらずそういう状況だと思うんですね。昔だったら例えば雑誌の『ぴあ』を見たら映画とコンサートの情報がとりあえずわかったみたいな。だったら尚更、僕の音楽が好きなような人たちが欲しいような情報は…僕が編集長の雑誌じゃないですけれど(笑)、そういう状態で発信していこうって思い始めたんです。
ーなるほど。
そして、もう一つすごい大きなきっかけは、コロナのときに、Jazztronikでベースをよく弾いてくれている藤谷一郎さんが、YouTubeでベースの弾き方を教え始めたんですね。そうしたら、あれよあれよという間に登録者数が何万人とかになって、そこからありもののSNSをうまく活用してオンラインサロンを作ったんです。それがすごく喜ばれていて、有料オンラインサロンの会員も何百人もいるんですよ。情報をちゃんと出しておくと、それを求めている人がこうやって集まるんだなと思って。
ー今回、ファンクラブで野崎さんが影響を受けたアーティストを深掘りする動画企画『dig dig dig』をスタートした理由はそこが大きいんですね。それはホームページやnote、SNSとのすみ分けを考えてのことですか?
ファンクラブは皆さんにお金を少なからず払ってもらっているので、noteで無料で公開していたり、普段つぶやいていたりするのとは全く違うものにしたいなと思っていて。(SNSなど)そういったところで話したことだったりつぶやいたことを、ファンクラブのサイトでは細かくちゃんと発信していますっていうものにしたいと思っていますね。もちろん、他に出していない情報がファンクラブで繰り広げられている必要もあると思っています。
ーBitfanには外国語でも発信できる機能があるんですが、野崎さんは海外のファンの方もたくさんいらっしゃると思うので、その機能も使ってみたいですか?
それは初めて知りました! 僕の場合、海外のファンのほうが下手したら多いかもしれないです(笑)。それに国内と海外で聴かれている曲が違うので、難しいところでもあって。僕の場合、Spotifyで聴かれている曲とApple Musicで聴かれている曲は全く違うんですよね。それぐらい僕の音楽に求めていることが日本のファンと海外のファンで違うので、なかなか難しいんですけどね。
ーところで野崎さんがファンの方と関わる上で、どういうことを大切にしていこうと思われますか。
それぞれの人が求めているものがちょっとずつ違うと思うので、バランス良くやっていかなくちゃいけないなと思っているんですけれど…。僕は音楽の知識に関しては自分でもかなりあるほうだと思っているので、今って例えばYouTubeの中でジャズやクラシックの理論について話している動画を観ると、「うーん、それちょっと違うけどな」って思うものがたくさん出ているんですね。そこにはちょっと危機感を覚えていて。ファンサイトに来る人の中で、いわゆる理論だとか音楽を作るための知識が欲しいっていう人はほとんどいないと思いますけれど、正確な情報は一番心がけたいところですね。
あとは、僕はヘビメタ以外はほぼ聴いて育ってきたので、ヘビメタだけはちょっと語れないんですけれど――何かのジャンルに偏ることなく皆さんがいろんな音楽を楽しめるような知識が得られて、音楽ライフが豊かになるようなファンサイトにしたいなと思っていますね。一つキーワードがわかるだけで「ああ、この音楽ってそういうことだったんだ」って、急に聴きやすくなったり変わったりするんですよ。クラシックだと、ちょっと指揮者のことを教えてあげたり、作曲家の何かイロハを教えてあげたりするだけで聴こえ方が変わってくると思うので。
ー野崎さんにとってファンの方はどういう存在ですか?
僕のファンになってくれている方たちは、すごく音楽好きな人だと思うんですね。僕みたいなコアな音楽をずっと応援してくれている人っていうのは本当にありがたいですし、そういう人たちがいる限りは流行だけに流されていかない音楽活動をきっちりやっていきたいなと、そういうふうに思わせてくれる存在です。僕の場合、いろんなタイプの音楽をやっているので、歌モノのほうが好きな人もいればインストが好きな人もいるし、両方好きな人もいるので、ファンの人たちもいつも僕から次はどんな音楽が出てくるのかと悩むところだと思うんですけれど、そういうところの細かい説明もファンサイトでうまく話せるといいなと思っているんですよね。
ー今回作っていただいた「旅のお供に聴きたいプレイリスト」についてお聞きします。曲順の流れもいいですね。
Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)の1曲目(「Metti, una sera a cena/ある夕食のテーブル」)は始まりな感じがして。モリコーネは恐ろしいほど山ほどの名曲を残している人なんですけれども、その中でもこの曲はサントラ的な扱いをしなくても成り立つ曲で、大学生のときから好きですね。
ー10曲選ばれるときに絶対入れようと思った曲はありますか?
Henry Mancini(ヘンリー・マンシーニ)の「Nothing to Lose」は本当にゆったりとした曲なんですけど、よくこんなにも綺麗な曲が作れるなって聴くたびに思ってしまう曲です。ヘンリー・マンシーニはイタリア系アメリカ人で、モリコーネとかマンシーニとか、イタリアの人って本当にメロディを作るのが上手だなって、いつも思うんですよね。ヘンリー・マンシーニはなんたって「ムーン・リバー」を作った人ですからね(笑)。
ーそしてPat Metheny Group(パット・メセニー・グループ)の「Last Train Home」からスピード感が変わってきますね。
これ、メロディはすごくゆっくりしているんですけど、バックにスピード感があって、旅に出るような感じがするんですよね。それこそ列車に乗っているというか、そういう気分がすごく出る曲だし、メロディやコード進行も全部好きなので、これは旅には外せないなと思いました。
ー久石譲さんの「Silent Love」から坂本龍一さんの「PARADISE LOST」の繋がりには近いトーンを感じました。
本当ですか(笑)。多分なんですけど、この2曲は使われているシンセサイザーが似ていると思うんですよ、すごくマニアックな話をすると(笑)。僕は日本のアーティストの80年代とか90年代初期の頃のシンセサイザーの使い方がすごく好きで。僕は久石さんの音楽というとジブリより北野映画派なんですね。もう全く違うんですよ、ジブリ楽曲と。もちろんジブリはのちに残るぐらいの名曲だらけですけど。この曲は映画『あの夏、いちばん静かな海。』ですけど、久石さんはこれをリード曲(メインテーマ)として作ったわけではなくてもともと違う曲がリード曲だったらしいですね。僕は久石さんの音楽の中でこの曲が一番好きで。メロディもそうですけど、シンセサイザーの何とも言えないその時代感が感じられる音色も好きです。
ー後半はクラシックやジャズを選曲されています。マーラーの交響曲第5番は壮大ですよね。
こうやって(交響曲第5番と)書くと壮大に見えてしまうんですけれど、マーラーのとても有名なアダージョで、これを聴くと旅に出たような気分になるんですね。『ベニスに死す』という映画で使われているんですけれど、僕もベニスは何回か行っていて好きな場所なので、その(映画の)音楽を聴くと、映画で観たり旅で行ったりしたことがある場所が浮かぶんですよね。そういったものは旅先でも聴いてみたくて。そうなるとこのマーラーのこのアダージョは外せない曲になりますよね。
ーラストはArvo Pärt(アルヴォ・ペルト)の「Pärt:Summa for String Orchestra」ですね。
このアルヴォ・ペルトの曲は旅先でよく聴いていて、今でもすぐに聴けるようにしている曲です。僕はこの作曲家がとても好きで、エストニアの人なのですが、日本でなかなか楽譜が手に入らないんですよ。だからエストニアに行ったとき、まず首都のタリンで真っ先に楽器屋に行って「アルヴォ・ペルトの楽譜を全部くれ」と言って全部買いました(笑)。日本だと売っていても有名な曲がちょこっとしかなくて、しかも3倍ぐらいの値段なので。
たまたま運よく、ロンドンのザ・ゴーリングホテルっていう、ものすごい格式高いところのすごくいい部屋になぜかお安く泊まれるタイミングがあって。そのホテルはバッキンガム宮殿のすぐ近くで、今のウィリアム皇太子の奥さんのキャサリン妃が結婚式の前に家族で泊まった、それぐらいのホテルなんですね。で、部屋にCDが聴ける機械があったので、この曲が入っているCDをずっとかけていたんです。それがいわゆるイギリスのお庭が見える景色に合っていて、すごく良い一日を過ごせました。なので、“旅のお供に聴きたい”というよりは旅のお供でもうすでに聴いていて、自分の良い記憶が蘇ってくる曲ですかね。
ー場所と音楽の記憶に支えられるところってありますね。
あー、すごくありますね。だからなるべくいい環境で、いい音楽を聴いてほしい。好きな音楽をイヤな環境ではあまり聴いてほしくないんですよね。匂いや音という人間の五感に関わってくるものって、意外といろんなことと繋がっちゃう気がするので、自分の好きな音楽は良い環境で聴いてもらいたいですよね。
ーでは最後に、25周年を迎えられた今、実現したいことを聞かせていただけますか?
2024年は映画音楽や公共施設の音楽を手掛けたり、いろいろとやることが決まっていて。どれもなかなか大きなプロジェクトなので、それをまずうまくこなしていかなくてはっていうのがあるんですけど、それと同時にやっぱり25周年なので、なるべく短いタームでいろんな曲をリリースしていきたいなと思っているんですね。1ヶ月とは言わないですけど、1ヶ月半に1曲ぐらいはどんどん出していけたらいいなと。そして年末に向けて“25周年だからこういうことをやりました”っていうライブができたらいいなと思っていて、今いろいろと考えているところですね。
PROFILE
Jazztronik(ジャズトロニック)
野崎良太が率いる特定のメンバーを持たない自由なミュージックプロジェクト。ジャンルに縛られない数々の作品を発表し、アーティスト、ピアニスト、作編曲家として確固たる地位を築き、日本のみならず世界から高い評価を得ている。
映画、ドラマ、地方プロモーション動画、CM等の映像音楽も数多く担当。さらにサウンドプロデューサー、リミキサー、ミュージシャンとして、葉加瀬太郎、柴咲コウ、AYASA、三浦春馬、TRF、ゴスペラーズ、山崎まさよし、椎名林檎、Hey!Say!Jump、Coming Century、flumpool、クリスタル・ケイ、山本彩など、数多のアーティストとコラボレーションしている。
外部リンク
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