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『はじまりのうた』(2013年)や『シング・ストリート 未来へのうた』(2016年)で、音楽を創造する喜びや煌めきを鮮やかに映像化してきた音楽映画の旗手、ジョン・カーニー監督。元々アイルランドの大人気ロックバンド、The Frames(ザ・フレイムス)のベーシストであったカーニーは、長編映画製作のためにバンドを脱退。長編4作目となる『ONCE ダブリンの街角で』(2007年)が記録的大ヒットを果たしたのち、音楽を題材とした映画を作り続けている。
そんなカーニーの最新作『フローラとマックス』(2023年)がApple TV+にて配信されている。主演はU2のフロントマン、ボノの娘としても知られる俳優イヴ・ヒューソン。曲作りを通じて絆を取り戻していく母子の姿を捉えた、これまた音楽への愛に溢れた感動作だ。
フローラは反抗的な息子マックスとダブリンの団地で暮らすシングルマザー。若くして母親となった彼女はベビーシッターの仕事でなんとか生計を立てながら、夜はクラブで鬱憤を晴らす変化のない毎日を送っている。
幼い頃から盗癖のあるマックスは今や矯正施設行き寸前。改心させたいフローラは熱中できる趣味になればとギターをプレゼントするも、マックスは興味を示さない。かつて有望バンドマンだった元夫に触発された彼女は、自らギターを始めることを決心。動画サイトで見つけたLA在住のギター講師ジェフを相手に、オンラインレッスンを受講する。
ジェフとのレッスンを重ねるうち音楽の魅力に気付かされていくフローラ。ある時、彼女はマックスが電子音楽の作曲に傾倒していると知り、二人は協力して曲作りを行うことに…。
あらゆる角度から音楽が生みだす美しい瞬間を映像化してきたカーニーが、今作で着目したのは音楽の持つ“繋げる力”である。フローラは音楽を介して険悪だった息子との関係を改善し、ダブリンから遠く離れたLAに住むジェフと心を通わせていく。
フローラとマックスは似たもの同士の親子。盗み癖のあるマックスに手を焼くフローラも、雇い主から金を盗んだりと手癖が悪い。場当たり的に生きるマックスに、フローラは過去の自分を重ねて苛立ちを感じているのだ。そんな似ているからこそ相容れない二人が、はじめて音楽というポジティブな共通点で交わる。即座に理解し合えるわけではないが、そのきっかけを与えるのが作曲という作業である。
LAにいるジェフからPC越しでギターを教わるフローラだが、歌を通じて次第に彼がそばにいるかのような親密さを覚えていく。立場や距離だけでなく、国や文化、時に言語の違いすらものともせずに、音楽は人と人を繋げるのだ。PC画面に映るジェフが次の瞬間には目の前にいたりと、カーニーはその感覚を映像で表現する。
そしてさまざまな障壁を超えて結びついたフローラたちの人生が、皆で作るオリジナル楽曲「High Life」に集約されていく。思い通りにいかない日々を送る彼女らが、“High Life=豊かな人生”を高らかに奏でる軽快な楽曲だ。この物語はフローラやマックスが大スターになるシンデレラストーリーではない。結末を迎えた後もきっと彼女らの生活はジリ貧で、親子喧嘩は絶えず、関係が続くかも怪しい。だが彼女たちは音楽によって新たな一歩を踏み出し、一生忘れることのない刹那の栄光に手を触れる。「High Life」を披露する4分半には、音楽が持つ無限大の喜びと可能性が込められている。
今作ではそんな音楽を奏でる喜びを描くと同時に、人がはじめて心震える楽曲に出会った瞬間の、稲妻が走るような体験をも鮮明に呼び起こす。その役割を果たすのはJoni Mitchell(ジョニ・ミッチェル)の「青春の光と影(原題:Both Sides Now)」。米ローリングストーン誌が選ぶ『オールタイム・グレイテスト・ソング500』にも名を連ね、Frank Sinatra(フランク・シナトラ)など数々のアーティストにカバーされてきた歴史的名曲である。「愛や人生を表と裏、両側から見てきたけど その本質はわからないまま」と、解釈の裾野が広いファジーな歌詞が特徴だ。最近では『コーダ あいのうた』(2021年)でエミリア・ジョーンズが披露した楽曲として記憶に新しいが、『ヘレディタリー』(2018年)や『ラブ・アクチュアリー』(2003年)など、ジャンルを問わず作品の“ここぞ”という場面で使われてきた映画人にも愛される楽曲である。
劇中でジェフにこの曲を勧められたフローラは、洗い物をしながら何気なく聴き始める。だが次第にその歌詞に引き寄せられるように聴き入り、やがては落涙してしまう。彼女は理想と現実の間で苦悩する今の自分と楽曲を重ね、共鳴する。音楽好きの大勢が身に覚えのあるであろう「これは自分の歌だ」と感じる瞬間だ。たとえ何十年、何百年前の楽曲であろうと、その感動は時代を超越する。関係性や距離や時間を超え、音楽には人と人を繋げる力が備わっているのだと、カーニーはこの物語で力強く表掲している。
INFORMATION
そんなエモーショナルな筆致で音楽を讃える『フローラとマックス』と対照的に、音楽を徹頭徹尾ファンクショナルに使った作品がNetflixで配信開始となった。それがデヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』(2023年)である。手練の殺し屋がミスを帳消しにするため世界各地を巡る、マイケル・ファスベンダー主演のアクションノワールだ。
パリの空き部屋から対面のペントハウスを眺める一人の男。彼は手練の殺し屋だった。何事も手順通りに、落ち着いて仕事を遂行するのが彼の流儀。音楽とストレッチ、瞑想で心を鎮めつつ、じっとターゲットを待ち構えていた。
そして待つこと数日。いよいよ現れたターゲットを銃撃するも、不測の事態で暗殺は失敗。怒り心頭の雇い主は男にその責任を取らせようとするが、彼も解決に向け着々と動き出していた。
冒頭20分のシークエンスで、殺し屋がいかにルーティンを大切にしているかを明示する。彼はいつも仕事現場でも規則的に過ごし、心拍数を下げて暗殺に挑む。そのルーティンの一つがイギリスのロックバンド、The Smiths(ザ・スミス)を聴くこと。彼は「気分転換に音楽は最適だ。集中でき、心が迷走しない」と独白する。感動や興奮ではなく、いつも通り心を鎮静させることを求めて音楽を聴く。いわば瞑想のためのただの道具として用いているのだ。最も集中したい引き金をひく時に、不安や孤独を歌う「How Soon Is Now?」を選ぶのがその証左だ。先に挙げた映画とは正反対の機能的な聴き方だが、これも音楽が持つ別の側面である。
また今作の音楽でいえば、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)以降のフィンチャー作品のほか、『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)や『WAVES/ウェイブス』(2019年)なども手掛けてきたNine Inch Nails(ナイン・インチ・ネイルズ)のTrent Reznor(トレント・レズナー)&Atticus Ross(アッティカス・ロス)が担当したスコアにも注目だ。不測の事態に取り乱していく殺し屋の内面を、不協和音に近いアブストラクトなエレクトロニック・サウンドが表象する。中でも暗闇で屈強な殺し屋と闘う中で流れる「The Brute, Pt2」は圧巻。地の底から這い出る唸り声のようなサウンドが、ただでさえ肉体的な闘いに獰猛さと禍々しさを付け加えている。毎回この二人の仕事には頭が下がるが、中でも今作は白眉の出来だろう。
音楽が印象的でありながら、使い方が好対照なこの二作。ともに本年屈指の音楽映画なので、そのアプローチの違いを楽しむためにも合わせて観ることをお勧めしたい。
INFORMATION
ザ・キラー
2023年製作/113分/PG12/アメリカ
原題:The Killer
配信:Netflix
配信開始日:2023年11月10日2023年10月27日より一部劇場にて公開
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