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文: 天野史彬 写:木村篤史 編:久野麻衣
昨年、4年ぶりとなるフルアルバム『IN ANY WAY』をリリースした大比良瑞希。蔦谷好位置率いるプロジェクト・KERENMIや、七尾旅人、tofubeatsといったミュージシャンたちが参加した本作は、様々な他者と関わり、多様なグルーヴにその身を任せることで、より大比良瑞希という「個」の魅力を堪能できるアルバムだった。
そんな彼女は、現在、ファンコミュニティ「MIZU MIZU CLUB」を運営しており、そこを通して、精力的にファンとのコミュニケーションを培っている。今回、彼女には「自分のファンに届けたい音楽」というお題でプレイリストを作成してもらい、そのプレイリストの話も交えながら、大比良のファンとの向き合い方や、『IN ANY WAY』以降の音楽家としての心境などを語ってもらった。音楽を通して人と人が繫がり合うこと――そんな理想を追い求めながら、自身の居場所としての音楽を作り続ける大比良の本質的な言葉がたくさん聞けた取材だった。
-今回、作っていただいたプレイリストの並びを見ると、大比良さんが今、音楽で表現されていることと密接に結び付いていそうな音楽が並んでいますね。
曲順も結構こだわって作りました。1曲目Clairoの「Bubble Gum」のビートがない、ゆったりとした感じではじまって、2曲目Erykah Baduの「Green Eyes」はレコードの針を落とす音から始まるんですけど、そこから段々と、生活の中に音楽が馴染んでいくような感覚を味わってもらえればいいなと思って。自然体で音楽に寄り添っていくうちに、いつの間にか音楽によって楽しい時間が生まれているような……そういう時間を生み出せたらなと思って作ったプレイリストです。
-「生活の中に音楽が馴染む」というのは、大比良さんが音楽と接するうえで大切にされている感覚なんですか?
そうですね。音楽ってもちろん非日常にもなり得るけど、日常にありながら、その日常をちょっとずつ彩ってくれるものでもあると思うんですよね。なので私は毎日、音楽があってほしいなと思うし、音楽がある日常をもっともっと広めていけたらいいなと思うし。
-今回のプレイリストに選ばれた人の中には、女性のソロアーティストが多いですよね。そういうところでも、大比良さんご自身の表現との共振を感じさせるというか。様々な文化や価値観が交錯した場所から、あくまでも「自分のことは自分で語らなければいけない」と認識している人たちの音楽が並んでいるな、という感じがします。
それはすごくあるかもしれません。今回選んだ人たちは、どんな状況であっても、自分が自分であることを受け入れて、自分のことを好きになって、自由にやっていくぞっていう人たちなのかなって思いますね。私は、自然体な音楽が好きなんだと思います。
-自然体というのは、「正直さ」のようなものですかね?
そうですね、いうなれば、コンプかけすぎていない、みたいな(笑)。その人の持つ「ありのまま」がそこに生き生きしているか、みたいな感覚ですかね。例えばFeistの歌い方って、声の全てが伝わってくるような感じがするんです。私は、補正され過ぎている音楽じゃなくて、ある程度「そのまま」であることをよしとしている音楽が好きなんだと思います。もちろん、このプレイリストの曲が、レコーディングの過程でどれだけ録り直しをしているかはわからないですけど、前に青葉市子さんのインタビューを読んだときに、「一発目の歌が一番いい」と言っていて、ハッとしたことがあって。歌って、録り直しを重ねる毎に原型から変わっていってしまうものなんですよね。私は、原型が残っていそうな音楽が好きだなって思います。その音楽が生まれた瞬間の魂が残っている音楽に、自然と惹かれているのかもしれない。
-大比良さんは、ソロ名義であることにこだわりはありますか?
私は24歳くらいまでやっていたバンドが解散して、それをきっかけにソロで活動を始めたんですけど、最初は本当に、「たまたまソロになっちゃった」っていう感じだったんですよね(笑)。それでも今考えてみれば、ソロであることはすごく自由ではあるなと思います。いろんな人と一緒に音楽を作ることができるし、それに、そのときの自分をありのままに出せる。そういうところは、良くも悪くも面白いです。
ー「悪くも」という側面もありますか?
言ってしまえば、自分を切り売りするようなところがあるというか…。音楽と自分の人生が一緒くたになって進んでいってしまう感覚があって、誰かのための音楽にしたいのに、自分をそこに投影し過ぎてしまうような気がするんですよね。
-作品は、そのときそのときの自分の人生と、強く結びついている?
そうですね。歌詞の世界はフィクションもノンフィクションもあるんですけど、自分の本名でやっていることもあってか、自分から離れられない感じはあります。
-去年リリースされたアルバム『IN ANY WAY』は様々な方とのコラボレーションによって生まれたアルバムでしたが、あのアルバムを改めて振り返ったとき、そこにはどんな自分自身がいたと思いますか?
「IN ANY WAY」って、「とにかく」っていう意味なんです。あのアルバムは4年間かけて作ったんですけど、「とにかく前に進もう」「とにかく、やってみなくちゃわからない」っていう感覚で進んできた4年間だったし、「どんなことがあっても、それをポジティブに捉えよう」って、無理やり言い聞かせるような感覚で「IN ANY WAY」っていうタイトルを付けたんです。
でも、あのアルバムを出してから、今はちょっとモードが変わってきたんですよね。無理やり強い言葉を言い聞かせることももちろん大切だけど、ポジティブなときがあればネガティブなときだってある……そうやって波があるのが人間じゃないですか。最近はその波のなかで、もっと自分のネガティブな部分に焦点を当ててみたくなってきているような気がしますね。
-『IN ANY WAY』の力強さの裏側にあるものも、無視できなくなってきたんですね。
今って、インスタグラムとかでも、楽しんでいるところばっかり写真に撮って上げるじゃないですか。それって、どこか無理やり自己肯定をしているような感覚もあると思うんですよ。でも、音楽を聴いているときにまで、自分のことを誤魔化す必要はないんじゃないかと思うんですよね。本当に寄り添ってくれるような、今の自分にとって何が一番大事で、「自分が何者なのか?」ということに気づけるような音楽を作ることができればいいなっていうのが、今の自分の気持ちとしてはあります。……すいません、今、次のEPを作っているので、それに向けての話をしちゃっているんですけど。
ーいえいえ。
でも、『IN ANY WAY』は昨年6月3日にリリースされたんですけど、空前のコロナ真っ只中の時期に出したアルバムとして、このタイミングで前向きなメッセージを発信できたことはよかったなと思います。
-ファンや聴き手に対する向き合い方は、音楽を始めた頃と今とでは、変わったと思いますか?
音楽を始めた頃より、今はファンの方々やリスナーの皆さんとの距離は縮まったと思いますね。特にライブに来てくれるお客さんって、初めて出会ったときはみんな知らない人じゃないですか。それでも、今は「人類みな兄弟」くらいに感じていたい、というか(笑)。
-ほお。
なんというか、私はひとりでステージに立つこともあるんですけど、それが未だに慣れないんですよ。怖いし、孤独だし。自分の目の前にいる何十人、何百人という人たちが自分の知らない人なのか、友達なのか、家族なのか、私のことを好きでいてくれている人なのか、みんなが私のことを嫌いな人なのか……そういうことって、たしかめようがないんですよね。一人ひとりに聞いて回ることなんてできないし。この恐怖感は、ソロならではのものなのかな、とも思うんですけど。
-確かに、バンドだと少なくともメンバーは同じ目線で傍にいますもんね。
特に日本人って、ライブでも感情をあんまり出さないじゃないですか。表情にも出ないし、よく聴いているフリして寝ている人もいるし(笑)。だから怖いし、孤独でもあるんですけど、最近はどういう状況であれ、お客さんのことを「もしかしたら友達かもしれない」と思うようにしていて。普段、どんなに仲がいい友達だって、「私はあなたのことをこう思っている」なんて核心的なことを言い合ったりしないですよね。そう考えると、私とお客さんだってそんなことを話すことはないんだけど、でも、そこにある見えない絆をどうやって見えるものにするか、どうやって信じ合うか……そういうところを、もっと音楽を通して体現していきたいなと思うようになってきています。
-「人類みな兄弟」という感覚を、大比良さんは“信じている”といえますかね? それとも、“信じたい”と思っている状態なのか。
私はたぶん、それを信じているほうだと思います。今までも信じることができてきたと思うんですけど……でも、よく考えてみると、自信がなくなるときもありますね。考えて考えて、何周も考えすぎて、よくわからなくなってしまうというか。
-よくわからなくなる?
最近よく思うんですけど、私のコンプレックスって、わりと恵まれて生きてきたことにあるような気がしていて。これまでの自分の人生に、これといったエピソードがないんですよ。そこにつまらなさを感じてしまって、無理やり悩みを探そうとしてしまうところがあるんです。人間って、自分が窮地に追いやられないとなにも考えないじゃないですか。すごく平和な中で生きていると、「自分はなんでこんな気持ちなんだろう?」なんて考えないと思うんですよ。
-生きていくために考える必要がないですもんね。
でも、すごく寂しかったり辛かったり悔しかったりしたら、それを紛らわせようとしながらも、なんとかその感情を誰かに伝えようとしたりすると思うんです。それが怒りであっても、エネルギーに変わる。そういうエネルギーを持った音楽って世の中に沢山あると思うんですけど、そういう音楽と自分の音楽を比べてみると、「私ってすごく平凡な人間なんじゃないか?」って不安になるんです。
-それは極端な話、「自分には歌うべきことがないんじゃないか?」というような不安とも言えますかね。
そうですね。私はそもそも、言葉にすること自体が苦手なんですよ。言葉にするって、すごく決定的なことじゃないですか。自分のすべてが表に出てしまいそうな気がする。だから言葉がない音楽も大好きだし、ギターの響きだけで「ああ、いいなあ」と思えるような曲を作りたいとも思うんだけど、それだと、周りには太刀打ちできないというか……。みんなもっといろんなことを考えながら生きてきているのに、自分はこれまでの人生で、考えを深めるタイミングが少なかったのかもしれない。そういう心配というか、恐怖というか。そういうものがあるんです。
-なるほど。
もちろん、そんな自分でも自分なりに、「なんだか居場所がないな」と思う瞬間があったり、「なんだか馴染み切らないな」ということがあったり、上手く自分の気持ちを伝えられないな、素直になれないなっていう小さい悩みがいっぱいあって、平凡なりに病んだりしてきて。それゆえに中学生の頃からずっと、音楽は自分の居場所であり続けてきたし、今だって、音楽をやっているときが私は一番「無」になれるんですよね。でも、世の中にはもっとすごい経験をしている人たちがいるし、それを音楽にしている人たちもいるんだよなと思うと、不安になるというか……。
-だから、恵まれて生きてきたことがコンプレックスになってしまう。
私、いつも矛盾しているんですよ。悩みがないことに悩んでいるというか。「もっと悩まずに生きていきたい」と思いながらも、ずっと悩んでいるし、悩むことが意外と好きでもあって。もう、ぐちゃぐちゃなんです(笑)。
-(笑)でも、そこがすごくリアルですよね。
この10年くらいで、こういうぐちゃぐちゃな気持ちになることは増えたなと思います。友達でもかっこいい音を作っている人は増えたし、改めて、自分の居場所を確認するというか、「自分はどういう音楽を作るべきか?」ということを考えることが増えてきたんだと思いますね。
-その答えはきっと、作品を作り続けることで出していくものなのでしょうね。
そうなんですよね。今思うのは、100人の人間がいたら、100人それぞれが違って当然で。でも悩まない人はいない。感情は皆同じように持っている。だからこそ、どれだけ平凡だったり、どれだけ特殊に悩んでいたりしても、共感できる人はどこかにいるし、最後には、どんな悩みもひとつに結びつくような気もするんです。それが音楽をやることや聴くことで解決するわけじゃないんだけど、「まあ、いっか」と思えたりする。それが音楽なのかなって思ったりしますね。
-先ほど、「昔と比べて、ファンの方々との距離が縮まっている」と仰っていましたけど、今よりももっと距離があった頃、大比良さんはどんなふうに向き合っていたと思いますか?
よく考えると、「距離がある」ということは、ライブであれば前提としてお客さんが「いる」ということなんですよね。音楽を始めた頃は、ライブにお客さんがなかなか来てくれないことに寂しさを感じていたので、距離もなにもなかったような気もします。もちろん、ライブにずっと来てくれる人も、どこか遠くで聴いてくれている人も少なからずいてくれたと思うんですけど、20歳くらいの頃は、それすらあんまり実感できていなかったというか。でも今、昔に比べたらそれが実感できてきている。「ライブにお客さんがいる、聴いてくれている人がいる、ファンの人がいる」ということ自体に本当にありがたさを感じます。
-そういう中で、「人類みな兄弟」という感覚も生まれてきた?
そうですね。バンドをやっていた頃はミュージシャン友達もあまりできず、無我夢中でバンドを転がすことを楽しんでいるだけだった気がするのですが、大比良瑞希としてソロ活動をするようになってからは、自然と少しずつプライベートでも、仕事関係でも、コミュニティが広がってきて。段々と、「自分がひとりで夢を叶えて幸せになるよりも、誰かと一緒に幸せになったほうがいいよな」とちゃんと思えるようになってきました。というか、誰かを幸せにできなければ、音楽を作っている意味がないなというか…。
私は今まで社員になったこともなく、組織の一員として働いた経験がないのですが、だからこそ「この先、どういうふうに生きていこう?」と思ったときに、ひとりでは絶対に生きていけないなと思うんですよ。それは、こうやってソロ活動をやっているからこそ、より思うことでもあると思うんですけど、ちょっとしたことで関わった人だって、自分にとってはチームの一員のように思えてくるんですよね。
-僕も組織に所属せずフリーで活動している身なので、今の大比良さんのお話はすごく共感できます。ひとりで活動していると、「なんでもひとりでやれる人」と思われがちだけど、むしろ逆で、世界中に寄りかかって生きているようなものなんですよね(笑)。
そうなんですよね。この2~3年くらいは特に、そういうことを思いながらやってきたような気がします。
-今、大比良さんはご自身のファンコミュティ「MIZU MIZU CLUB」を運営されていますが、ご自身にとってどんな場所になっていますか?
こうやって音楽活動をしていくに当たって、「なんで音楽をやっているんだろう?」ということは考えざるを得ないと思うんです。それはミュージシャンだからというより、どんな仕事の人もそうだと思うんですけどね。「なんで自分はこの仕事をやっているんだろう?」って考えると思う。
-そうですね。
私の場合、買いたい服を買って、食べたいものを食べるためにお金を稼ぎたいだけなら、音楽だけじゃなくてもいいと思うんです。でも、「じゃあ、なんで音楽をやっているんだろう?」と考えたときに、もちろん”好き”は大前提ですが、趣味でなくて仕事としてやるっと決めた途端、自分ひとりでは知ることができない気がするんですよ。自分が、自分以外の人に対して何ができるのか、自分の音楽がどんな役に立っているのか……そういうことを自分自身感じられていたら、とても健康的でいいサイクルができると思うんですよ。
-「何故、自分が音楽をやるのか?」ということの理由を知るには、他者の存在が必要である、ということですか?
はい。ずいぶん自分勝手な話なんですが…(笑) 。自分ひとりで完結できることなら、趣味でも続けていけると思うけど、私が音楽を趣味以上にしたかったのは、「私と私の音楽を必要としてくれる人」を確かめてみたかったのかもしれません。自分の居場所は、音楽に限らず、他人との関わりの中で見えてくることってあると思うんですよね。
-なるほど。
そういう意味で、ファンクラブは私がたくさん与えてもらっている場所だなと思います。自信と勇気をもらえる最大の場所というか。私のファンクラブに入ってくれる人がいるということは、私自身の爆発力にも繫がることなんです。私にとってファンクラブは「家」みたいな場所かもしれないです。
-実際に、ファンの方とのコミュニケーションで印象的だったことはありますか?
毎回、ブログにリアクションをしてくれる人がいるんです。もちろん、SNSにくれたコメントを見ることや、エゴサすることでも自分への感想を見ることはできますけど、ファンクラブだと、もっと距離の近いところでお互いが認識できている状態で会話ができる。音楽の好みが近いっていう共通点もあるから、私が「WEEKLY SONG」というおススメの音楽を紹介するコーナーに音楽を挙げると、ファンの人も最近聴いている曲を私に向けて紹介してくれたりするんです。そうやってコミュニティがどんどん面白くなっていくのは楽しいです。
-双方向に発展していくというか。
そう。それに、ファンクラブでしか出せない自分というのもあって。世の中に出すものって、ある程度はちゃんとパッケージしないと怖いじゃないですか。「ラララ~」って歌っているだけのものをiPhoneで録った音源なんて、どれだけメロディがよくてもそのまま世の中に出す勇気、私はありません(笑)。でも、ファンクラブ内だったら、それをそのまま聴いてもらおうと思えるし、文章なんかも力を入れずに書くことができる。それは、すでに私のことを知ってくれている安心感や、クローズドな場所だからこそ楽しめている部分はありますね。
-今日のお話は、すごく大比良さんの音楽の深層の部分を垣間見ることができた気がしたんですけど、大比良さんは本質的に人を求めているというか、音楽が人に届くこと、音楽がコミュニティを生んでいくことに大きな希望や理想を持っている方なんだなと、改めて思いました。
そうなのかもしれませんね。制作過程や自分と向き合う孤独の果てに、喜びも悲しみも全部一緒に分かちあいたいんです、本当はすごく寂しがりやなので…(笑)。
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