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文: Mao Ohya 写:Taku Urata
「私は自分自身の意見や見解に関しては、あまりシェアしないタイプでした。たくさんの情報にアクセスできる時代の中、なぜ社会で役に立つことができないと感じたのか理解できませんでした。世界を変えるために私に何ができるかは、常に私にとっての疑問です。この曲は、自分の無知に対する欲求不満を表現するために創りました。他の方にも共感してもらえると嬉しいです。」
新曲「Oh, Bleeding Hearts?」の発表とともに、コメントを寄せたena moriは自分の内なる感情と向き合い、それを音楽を通してさらけ出している。彼女のポップ・ミュージックには一つ一つの言葉、その表現にも力強さと重みがあり、聴くものを捉えて離さない。率直に綴られた歌詞、クセになるサウンドで独自のポップを作りげ、リスナーに明るく寄り添う彼女だが、その裏側にはフィリピンと日本をルーツに持つ彼女の孤独や寂しさが色濃く滲んでいる。
2019年にフィリピン・マニラ拠点のレーベル〈OFFSHORE MUSIC〉に所属しているena moriは、今年の<ゴールデン・インディー・ミュージック・アワード>のアジア・ソングライター賞にRina Sawayama、Rich Brian(リッチ・ブライアン)とともにノミネートされ、ポップ・ミュージックを変える新気鋭アーティストとして、活躍の幅を広げている。今回は取材ではルーツをまとめたプレイリストを元に、これまで影響を受けたアーティストを紐解きながら、彼女の人生を辿った。
ー今回、enaさんに制作していただいた「ルーツとなるプレイリスト」を軸にお話をお伺いしたいと思います。選曲された楽曲はエレクトロポップ・アーティストが多く、enaさんの音楽性と共鳴しているように感じたのですが、ポップ・ミュージックの制作を始めたきっかけはありますか?
元々6歳の頃からクラシックピアノを習っていて、コンクール出たり真剣にやっていた時期があったんですけど、その時に息抜きになるのがポップスだったんです。10歳ぐらいの時からポップスや洋楽を聴き始めて、「こんなサウンドがあるんだ」って驚きました。それで、ポップスを作ってみたいな思って、作り始めたのがきっかけです。
ーこのプレイリストの中で、10歳の頃から聴いていた楽曲はありますか?
たまたま聴いていたCDの中にBjörk(ビョーク)が入っていて、Björkだと知らずに聴いていました。小さい頃は良さがわからなかったんですけど、年齢を重ねていくうちに、凄く偉大な人だったんだなって気づきました。
ープレイリストに入っている楽曲は年代がバラバラですよね。「Army Of Me」は1995年で「Earth Intruders」は2007年。
頭の片隅でBjörkっていう存在は知ってたんですけど、「Army Of Me」のミュージック・ビデオをたまたま観てから「あれ、好きかも」みたいな感じになって。そこから色々掘り下げてみたら「ヤバイ、なんで聴いてなかったんだろう」っていうショックと同時に、彼女の人間離れしたセンスがすごく気になりました。
「Earth Intruders」はサウンド・プロダクションが印象的で、足音から始まるんですけど、この足音とリリックと全てがオーバーじゃないというか、足りなくもないけど多くもない、ただ色んなことが起こっているっていうのが凄いかっこいいって思って。「TALK! TALK!」ではシネマティックで想像できるような曲が作りたくて、色々なサウンドを入れているんですけど、この曲から影響を受けています。
ーGeorgia(ジョージア)の「Ray Guns」も「TALK! TALK!」に通ずるものがあると思いました。
Georgiaは私が去年リリースしたEP『ena mori』とは、違う新しさや新鮮さを求めてい時に、たまたま『Seeking Thrills』を聴いんですけど、それ以降、このアルバムからインスパイアされた曲が増えていると思います。
ー「Ray Guns」と「Started Out」を選曲した理由はありますか?
「Ray Guns」と「Started Out」はGeorgiaを発見するきっかけになった曲です。Georgiaはまだあまり知られてないアーティストなんですけど、音楽業界ではとてもファンが多いのでBCCラジオとかにも出演していて、まだまだ伸び筋があるというか。彼女もプロデューサーで1人で制作をしているんですけど、このアルバムを作るのは大変だったろうなと思いつつ、コンプロマイズしていないサウンドに憧れてます。
ーNicky & The Dove(ニキ・アンド・ザ・ドーヴ)もコンプロマイズされてないサウンドが印象的ですよね。
Nicky & The Doveは私が悲しかったときに、聴いていました。大学を卒業して本格的に音楽一筋でやっていくって決めてたんですけど、やっぱり音楽っていうのは厳しい世界で。私はコンプロマイズができないので、ポップスを書いていても聴いてくれる人が少ないって、音楽が嫌いになりそうなぐらい落ち込む時期があったんです。でも、その時にNicky & The Doveと出会って、この人たちは何十年もアンダーグララウンドな音楽を続けている方達なんですけど、ファンがとても多くてツアーもしているんです。今の流行りを取り入れるんじゃなくて、自分が好きな音を貫き通しているところに刺激を受けました。
ーなるほど。Nicky & The Doveもenaのサウンドもエレクトロの要素を強く感じますが、enaさんにとってエレクトロの良さってどんなところですか?
始めはクラッシクを習っていたので、エレクトロと全く関係ない楽器を使ってポップスを書き始めたんですけど、シンセサイザーや電子楽器に出会って、こんなに可能性が広がるんだなっていう感動があったんですよね。それで、エレクトロがいいなって思いました。
ー電子楽器で制作を始めたのはいつ頃なんでしょうか。
16、17歳ぐらいの時から、DMTやパソコンを使って始めました。シンセサイザーを使い始めたのは18歳です。ずっと頭の片隅にシンセサイザーはあったんですけど、私は機械に疎かったので、使ってみて自分の好きな音が作れなかったら、心折れるだろうみたいに思ってたんですよね。でも、大学に入るぐらいに、もういいやって。結果、やっぱりすごく心が折れました(笑)。
ーそのチャレンジ精神は、enaさんの作るサウンドやリリックにも反映されていると思います。enaさんは、シリアスなテーマをカラフルに表現していると思うのですが、ポップへと昇華させる上で、何を意識しながら曲作りをしていますか?
私は文章で自分の気持ちを伝えるのがとっても苦手なんです。話したりするのも苦手な方なんですけど、曲にすると考えがまとまって、伝えることができるんです。それで、リリースするんだったら、自分の気持ちを歌った自分だけの音楽じゃなくて、みんなの音楽にしたいっていうのは思っていて。私と同じように悩んでいる人達のことを想像しながら制作しています。
ー共感してもらいたいっていうのもある?
共感というよりは「自分は1人じゃない、同じ人もいるんだ」って思ってもらえることが、私のとってのゴールですね。
ープレイリストの中でLorde(ロード)やHAIM(ハイム)の曲を選曲していらっしゃるんですけど、どちらもメッセージ性の強い曲が多いですよね。
HAIMは「Want You Back」っていう曲が出た時がすごく印象的で、ちょうど大学の卒論でソロ活動を始めたばかりだったんですけど、恥じることなく堂々と表現をしているHAIMを見て、私もやらないとって影響を受けました。
Lordeもソロで頑張っていくきっかけになったアーティストです。Lordeはリリックの書き方が信じられないくらい上手いというか、聴いた瞬間に映像が浮かび上がるんですよね。私もそういう音楽を作りたいなって。まだまだ学び中なんですけど、Lordeはやっぱり憧れですね。
ーLordeは2017年のアルバム『Melodrama』から2曲選んでいますね。この2曲を選ばれた理由はありますか?
あれはもう、本当に素晴らしいアルバムで。「Green Light」は何か新しいものを加えつつ、とってもキャッチーで頭に残るし、さっきお話したように映像が浮かび上がる曲で、こういうアーティストになりたいなって思った曲です。「Homemade Dynamite」は、この時Lordeはすごく人気だったと思うんですけど、そういうときにあえて、今まで聴いたことのないような曲を出すっていうのがとっても奇抜だと思いました。売れてくると保守的な音楽性になってしまう人もいると思うんですけど、これを聴いたときに「やっぱりLordeはLordeなんだな」って感じた思入れのある曲だったので選びました。
ーLordeのリリックにインスピレーションを受けたりも?
ほとんどそうですね。元々あんまりリリック派ではなかったんですけど、Lordeの曲を聴いて、言葉ってこんなにも映像が頭に浮かぶんだなっていう衝撃を受けました。だからLordeのリリックは私にとって神様みたいな感じです。
ーそれをいうと、AURORA(オーロラ)の「Queendom」もメッセージ性の強い曲ですよね。
彼女に関してはもう全てが良いんですよね(笑)。持っているもの全てを音楽に注いでるように見えますし、すごく変人なんですけど、自分を隠さないんですよね。とても尊敬しているアーティストです。
ーMUNA(ムーナ)もリリックから、鋭いメッセージを感じますよね。
彼女たちは書くトピックがとっても面白いというか。政治的なこともありますし、プレイリストにも入れている「I Know A Place」っていう曲があって、それは彼女たちのセクシュアリティについて話している曲なんですけど、セクシュアリティについて悩んでいない人でも、自分のことのように感じることができる、誰でも共感できる曲なんです。サウンドも彼女たちが全て作っていて、それもかっこいいなって思ってます。
ーenaさんのリリックにもメッセージの力強さを感じているのですが、リリックを制作するときに、どんなことをトピックにしますか?
私の曲のほとんどは、自分が不安に思っているや、抱えている悩みとか、自信のなさです。あと他人を観察して、その人はどういう風に考えているんだろうって、物事を見るのが好きなんですよね。例えば、私の曲に「Walk Away」という曲があるんですけど、これはストーカーの女の子について書いていて、ストーカーの女の子がどうしてそういうことをしたいと思ったのか、私はどこに共感できるのかっていうのを想像したかったんですよね。だから、すべて自分のことではなくて、自分を他人に置き換えて書いたりしてます。なんでストーカーの曲を書きたいと思ったのかは、わからないんですけど。
ー自分では考えつかないようなことだから、想像したくなったのかもしれないですね。ストーカーの女の子の気持ちを想像してみて、共感できる部分はありましたか?
共感できたのは1人になる不安から、人を追い詰めるぐらい一緒にいたいっていう気持ちですね。私も1人はいいんですけど、独りぼっちになるのは嫌で。その独りぼっちの気持ちというか、誰も共感してくれない気持ちや、誰かと一緒にいないと自分が失われちゃうような恐怖はすごくわかります。
ーそれはenaさんがこれまでの人生で経験したこと、例えばアイデンティティ・クライシスを感じる瞬間があったから、近いものを感じることができたんでしょうか。
そうですね。フィリピンと日本のミックスだと、私の名前はカタカナなので、日本にいると周りと名前が違うし、逆にフィリピンにいると顔が違うしみたいな、偏見の目で見られることはよくありました。小さい頃は本当にコンプレックスだったんですけど、でも、そのおかげで一つの場所じゃなくて、色んなところからインスピレーションを受けて、自分の曲を作っていけるんだろうなって、今は前向きに考えられるようになりました。
ー辛く悲しい過去や、ネガティブな感情を乗り越えられたからこそ、人の気持ちを理解することができるのかもしれないですね。
自分の辛さは誰もわかってくれないんだろうなって、中学の時とかは自分の気持ちをオープンにしてなかったんですけど、今はSNSやネットで調べれば情報がすぐに出てきて、世界には色んな人がいるっていうのが、目に見える時代になったので、私の曲を配信すれば、そういう人たちに届くんだろうなって思ってます。それをバネにして、自分だけじゃなく、人のためにも音楽を作り上げたいっていうのがモットーですね。
ー先日リリースされた「Oh, Bleeding Hearts?」はパーソナルなことについて歌っていますが、リリースまでの経緯を教えていただけますか?
この曲の基本的なアイディアはずっとあったんですけど、なかなか制作が進まず、そうしている内にパンデミックになってしまって。世界がガラリと変わってから、ある日ニュースを見ていた時に「いやというほど情報が手に入る中で、何で私はこんなにも無知で、どうして未だにに何もできていないのか」って、自分のふがいなさを感じたんです。その時に改めてこの曲の良さがわかって、元々あったアイディアから作り直してリリースしようと思いました。
ーなるほど。
人の助けになる方法は、沢山あると思うんです。だから、“私には何ができるんだろう?”って、自分に対して質問することから始めればいいよねって。そんな気持ちを込めて作った曲です。
ーenaさんのリリックは「私も頑張ってるから、頑張ろうよ」って、無理やり応援するとかじゃなくて、「私は今こんな感じだよ」って隠さずに自分の気持ちを素直に伝えているのが、すごく素敵だなと思います。
前向きな音楽は好きなんですけど、私が音楽を聴く時の90%は前向きじゃないんですよね。それで、リスナーの方の中には私みたいな人もいるんじゃないかなって思って。だから、音楽を聴くことで自分が抱えている嫌な気持ちを晴らすというか、自分を解放するためのツールになってほしいって思ってます。
ーネガティブな感情を受け止められるのは、ありのままの自分を大切にできているからだと思います。enaさんが自分らしくいるために、心がけていることってありますか?
InstagramやTwitterをあまり見ないようにしています。プロモーションをしなければいけないので、どうしても使うこともあるんですけど、なるべく自分の時間を大切にしていますね。昔から自分と向き合うのが好きじゃないんですけど、そういう時間を逆に大切にするというか、一人になる時間を大切にすることで、今よりも自分のことを理解して、自分らしさを失わないでいられる気がします。
ー焦点を自分に当てると、おのずと見えてくることがありますよね。
そうですね。自分はこの音楽の世界にいて、どんな貢献ができるのか?上手い人がたくさんいる中で、自分はどうやって貢献していけるのか?って考えると、嫌なところも見つかるんですけど、嫌なところも自分なんだなって受け止めると、それがより自分らしくしてくれると思います。
Stylist by Lee Eli
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