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Rude-αの音楽が反骨心から誰かの夢に変わるまで | Newave Japan #44

Newave Japan

文: 斎藤加織  写:後藤倫人 

DIGLEオススメ若手アーティストのインタビュー企画『Newave Japan』。44回目は沖縄出身、22歳の最注目ラッパー、Rude-α。自身の音楽ルーツから、自身の価値観を形成するきっかけとなった印象的な出来事や人との出会い、そしてRude-αが見据える10年後、20年後の未来までの話を伺いました。

地元沖縄から得た音楽の原体験

ー最初に、音楽に触れたきっかけを教えてください。

僕が最初に音楽っていうものを認識したのがORANGE RANGEです。母親が好きだった影響で聴き始めて、初めて自分でCDを買って夢中で聴いていました。僕は沖縄市のコザという場所で育ったんですけど、彼らも沖縄出身でその辺りでライブをしていた人たちなんですよ。

ーやっぱり地元のアーティストはみんな応援したいっていう気持ちで聴いていたんですかね?

それはあると思います。沖縄の人って仲間意識がすごい強くて。例えば、東京で沖縄の人と会うと「沖縄の人なの?連絡先交換しようよ」ってなるくらい。甲子園とかもですけど、毎年応援がすごくて。みんな仕事サボって試合見るから、車が道路から無くなるんですよ(笑)。それくらいみんな地元が好きだし、応援すると思います。

ーほかにどんな音楽を聴いていましたか?

小学校くらいまではJ-POPとか、普通に流行ってるものを聴いていました。ドラマで使われた曲が一番耳に残ってます。他には、おばあちゃんちにあったElvis Presleyのレコードも聴いてました。

ーPresleyを聴いてみてどうでしたか?

意味もわからず聴いてましたね。コザっていう場所は一番アメリカの文化を受けている街でもあるので、洋楽は身近にあったんですけど、僕は小学5年生からバスケを始めてNBAの試合をよく観ていたので、試合で流れている曲をきっかけに初めて洋楽に興味を持ちました。ジャンルもアーティスト名も分からなかったけど、ただかっこいいと思って洋楽のCDを借りて聴いていましたね。

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ー“アメリカの文化を受けている街”ってどんな感じなんでしょうか?

雰囲気が独特ですよね。立ち飲みバー、ダーツバー、ガラス貼りで中が丸見えなショーケースがいっぱいあって海外にいるみたいな感覚です。夜になると、クラブを行ったり来たりして普通に遊んでました。

ー「危ないから行っちゃダメ」とは言われなかったんですか(笑)?

ないです(笑)。僕が小学生の頃は、ダーツバーとかはまだ流行ってなくて、アメリカの服屋が多かったので今でいうWestsideっていうスタイルのダボダボな服を買ったりしてました。あとは自転車のタイヤを家の近くの電柱にハンガーで括りつけてバスケットリングにしてバスケしたりして。本当にスラムの少年みたいな遊び方をしていた子供でしたね(笑)。

ー本格的に洋楽を聴き出したのはいつからでしたか?

中学生の頃に、音楽の授業で「We are the world」の映像を見せられたんですよ。それがめちゃくちゃ衝撃的で。そこからMichael JacksonLionel RichieCyndi Lauperを聴くようになりました。

ー学校の先生がきっかけだったんですね。Michael Jackson然り、洋楽は往年の名曲を中心に聴いていたのでしょうか?

僕はJ-POPも洋楽も聴いていたんですけど、そのときは少女時代KARABIG BANGとかK-POPが直撃していたときでもあって。当時は中学生だったので、綺麗な女の子が足を出して踊ってるのを見て、すごいいけないものを見てしまっているような感覚で最初は衝撃でした(笑)。

ー音源聴くとファンクっぽい曲がハマっているように聴こえたので、その辺りもよく聴いていたのかなと思ったんですが。

ファンク、ソウル、R&Bはめちゃくちゃ好きでした。高校1年生の時にダンスを始めた頃からブラックミュージックにのめりこんでいきましたね。Earth, Wind & FireCameoJames BrownTower of Powerとかを聴いていました。

ー高校生になったタイミングでどんどん渋いほうに行くんですね。

高校1年生のころに行ってた服屋にレコードが何枚か置かれていて、そこで店のおじさんに「本物の音楽だから。70年代の男はこれ聴いて女口説いてたんだ。」ってBarry Whiteの「Just the way you are」のレコードを手渡されたんです。最初は意味わからないなって思いながら聴いてたんですけど、だんだん気に入ってきて。一週間ぐらい経った後にお礼もかねてそのお店に行ったら潰れてて(笑)。どうやらおじさんが偽物の洋服を売っていたらしく。本物の音楽教えてくれた人が偽物の洋服売ってたんですよ(笑)。でもあの音楽との出会いがあったから今の自分がいるなって思います。

ー最初は良さがわからなくても何回も聴いたんですね。

昔の音楽って聴いているうちに、だんだん聴いてる自分に酔いしれてくる、みたいなところが入り口となって良いなって感じるようになると思うんですよ。最近久しぶりに思い出の「Just the way you are」を聴いたらエモい気持ちになりましたね

次ページ:反骨精神がラップの原動力に

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Rude-α
1997年2月8日生まれ。22歳。沖縄県沖縄市出身。
沖縄市の多様な人種、多様な音楽の中で育つ。
高校1年生の時からストリートダンスを始め、各種ダンスバトルやイべントに出演。
高校2年生の時にはじめたラップをきっかけに音楽活動をスタート。
翌年、第6回全国高校生ラップ選手権に出場し準優勝。
2015年6月、1st EP「098 ORCHESTRA」リリース。
沖縄限定発売ながら2000枚完売、同EP収録曲「co co ga okinawa」MVは、200万再生を超える。
2016年4月から東京に拠点を移動。同年9月、DALLJUB STEP CLUBのドラマーGOTOと、ドラムとラップだけの新曲「19」を発表。
2017年からはバンド編成でのライブ活動をスタート。
自主企画ライブイベント"TEEDA"を立ち上げ、DATS、Lucky Tapes、SUSHIBOYS、ゆるふわギャング、Michael Kaneko、踊Foot Worksなど幅広いジャンルのアーティストと共演。
2018年2月、東京上京後初の新作EP "20"をリリースし、
iTunesヒップホップアルバムチャートで初登場1位を獲得。
3月にはアメリカ・オースティンで行われている音楽フェスSXSW、そして全米7都市
を廻るSXSWジャパンツアーに参加し、初の海外ライブを敢行した。
2019年5月29日、メジャーデビューEP『22』でメジャーデビューが決定している。

Twitter:https://twitter.com/5leep3alker
Instagram:https://www.instagram.com/5leep3alker/
Official:https://www.rude-alpha.com/

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