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文: 安藤エヌ 編:DIGLE MAGAZINE編集部
私たちは苦難や逆境に立ち向かったり物事を成し遂げるとき、音楽に助けられることがある。人それぞれ”勝負曲”や”アンセム”のような曲があるように、音楽は豊かな芸術性とイマジネーションによって人を鼓舞したり、救う役割を担ってきた。
頑なだった意志を音楽によって変えられたり、自分を含む周囲の環境を変えるほどのパワーを持つ音楽に出会った時、改めて音楽が人の心に及ぼすものの大きさを実感する。
今回は「音楽の力」を実感できる映画をテーマに、公開されたばかりの最新作『クレッシェンド 音楽の架け橋』、そして現在NetflixやAmazon Prime Videoで配信中で、こちらのコラムでも紹介した『ジュディ 虹の彼方に』を解説。どちらもメロディアスな名曲が人々の心を動かし、変化を与える瞬間やヒューマンドラマに深みを与えるのが魅力の作品なので、鑑賞後にはぜひサウンドトラックを聴いたり、登場した楽曲についてリサーチすることをおすすめしたい。
1月28日(金)に全国公開した『クレッシェンド 音楽の架け橋』は、今この時も敵対が続き、”世界で最も解決が難しい”とされるイスラエル・パレスチナ間の紛争の狭間で生きる若者たちが主人公の作品。中東の障壁を打ち破ろうと1999年に設立された実在の楽団「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」にインスパイアされ、製作された本作は、それぞれの立ち位置で戦いを見つめる若者たち彼らが、和平オーケストラの結成を機に互いを見つめ、時に憎悪と向き合い、時に衝突しながらひとつの音楽を創り上げていく姿を描いている。
敵対関係に身を置く若者たちは、楽団が結成されて間もない頃には互いへの憎悪感情を隠しきれず、いがみ合う毎日を送っていた。真に心がひとつにならなければ、美しい音色は生まれない。彼らを指揮するマエストロのスポルクは様々な試みで、彼らの心をひとつにしようと問いを投げかけ続ける。楽団のメンバーたちは、家族や故郷を壊した相手へのやるせなさと怒りの共存する感情を抱きながらも、次第に理解を示し、共に音楽を創り上げようと歩み寄っていく。
映画のタイトルとなっている「クレッシェンド」は音楽用語で”だんだん強く”という意味。ひとりが奏で出した音が、周囲に広がりだんだんと大きくなっていくさまが平和の象徴となるように、との祈りに似た願いが込められたタイトルになっている。
本作の見どころはなんといってもラストシーンで奏でられる「ボレロ」にある。真摯に相手と向き合い、目を見て、呼吸を合わせなければ、オーケストラの一体感は生まれない。言葉や行動で他者を傷つけたり、無理解の姿勢を貫くことはいくらでもできる。しかし、相手は憎しみを向ける対象ではなくひとりの人間であるのだ、ということを理解し、歩み寄るだけで、生まれる音の柔らかさや美しさは各段に違ってくる。
単に「音楽の力」だけを強調したり安易な伝え方をするのではなく、ラストシーンに至るまでの様々な苦難を虚飾なく描くことで、事態は私たちが思っているよりずっと深刻で、すぐに解決するような問題ではないのだ、ということを伝えている。だからこそラストシーンが伝えるメッセージの重さを感じられるのであり、「音楽の力」をそこで初めて何よりも雄弁に感じられる作品に仕上がっているのだ。
今なお多くの人に愛される名作映画『オズの魔法使』で主人公ドロシーを演じたミュージカル女優ジュディ・ガーランド。本作は彼女が47歳の若さで急逝する半年前の1968年冬に行ったロンドン公演の日々を描いた伝記ドラマとなっている。
美しい容貌と大人顔負けの演技力で一躍子役スターに上り詰めたジュディだったが、華やかな舞台の裏では大人たちのビジネスの道具にされ、痩せ薬を飲まされたり無理なスケジュールを強要されるなど、「本当の自分を誰も見てくれない」哀しき少女時代を過ごしていた。晩年のジュディは過酷だった少女時代に抱えた負の感情を引きずってしまい、睡眠薬や安定薬を飲んでステージに立ったり、結婚と離婚を繰り返し、実子との接し方や距離が上手く掴めないなど、その傷は本人が思う以上に深く大きく残り続け、彼女の人生を惑わせた。
そんな彼女が唯一愛し、大人になっても焦がれ続けたのがスポットライトの当たるステージと音楽だった。舞台に立ち、歌をうたう彼女はまるで別人のようで、多くの観客を虜にした。たとえ舞台袖で震えていようと、意識がもうろうとするまで薬を飲んでいようと、いちどステージに立てば往年のスター”ジュディ・ガーランド”が現れる。魂を揺さぶる歌声を持つ彼女は人々の心のよりどころであり、輝かしい歌姫であったのだ。
本作も前述の『クレッシェンド 音楽の架け橋』と同様、最大の見どころはラストシーンにある。ジュディが『オズの魔法使』の劇中で歌った名曲「Over The Rainbow」を歌うシーンだ。
日本でもなじみ深いこの曲、実はゲイの人々にとってのアンセム的な楽曲であることをご存じだろうか。ジュディは生前、ゲイの人々の思いに寄り添い、彼らの言葉に耳を傾けた人物として知られている。ゲイのファンが多いことが気にならないかと尋ねられて、「全然。私はみんなに歌うから」と答えた、というエピソードもある。彼女が歌う「Over The Rainbow」は、当時を生きたゲイの人々を勇気づけ、その生を肯定する楽曲として深く愛されるに至った。このエピソードは劇中のワンシーンにも描かれており、実際にゲイのカップルが本編に登場する。彼らがラストシーンで描かれる一連の流れの転調に深く関わっているのは注目すべき部分であり、そこに注目して観ることでジュディの音楽に身をささげた人生がいかに他者の人生に影響を及ぼしたかが分かる重要なポイントとなっている。
映画から感じられる「音楽の力」。ここに挙げた2作品だけでなく、ストーリーと音楽が互いの良さを引き出し合い、観客に深い感動をもたらす名作は他にもたくさんある。ぜひそういった映画を観て、日常の中で感性を刺激し、時に視野を広げ学び、潤いのある日々を送ってもらえたらと思う。
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