日本が孤立しているー<BiKN shibuya>開催に至った危機感とアジアの連帯がもたらす希望

Column
11月3日(金・祝)に渋谷で初開催されるフェスティバルの<BiKN shibuya(ビーコンシブヤ)>の主催者で〈THISTIME RECORDS〉の代表を務める藤澤慎介氏のインタビューをお届け。アジア各国のイベントやフェスティバルに足繁く通う中で感じた「危機感」と「希望」について伺った。

日本国内の音楽エンターテインメント業界の海外プロモーションに特化したPRエージェンシー・Vegas PR Groupが、日本の音楽業界の現状や将来の在り方を解説するコラム。第5回目は、11月3日(金・祝)に渋谷で初開催されるフェスティバルの<BiKN shibuya(ビーコンシブヤ)>の主催者で〈THISTIME RECORDS〉の代表を務める藤澤慎介氏のインタビューをお届けする。

4月に開催されたアメリカ・カリフォルニア州の<Coachella Valley Music and Arts Festival>に出演したばかりの台湾のバンド・落日飛車Sunset Rollercoasterや2019年の初来日以降、数多く来日公演を行っている韓国のバンドSay Sue Meなど、注目のアーティストが数多く出演する。アジア10都市以上から計35組のアーティストが集まる同フェスティバルは、「日本とアジアの橋渡し」という明確な目的で、他のフェスティバルやイベントと一線を画している。アジア各国のイベントやフェスティバルに足繁く通う中で感じた「危機感」と「希望」について伺った。

20年レーベルを続けて気づいたアジアでのインディーロックの高まりと日本の孤立

ーBiKN shibuyaを開催するに至った経緯を教えてください。

端的に言うと危機感です。元々、〈THISTIME RECORDS〉というレーベルを20年近く運営していて、cinema staffナードマグネットのような「海外のサウンド」に影響された日本のインディーバンドを多く扱っていました。Lucie,Tooというバンドもその一つで、彼女たちがアジアをはじめとする国外のいろんなイベントに呼ばれるにつれ、自分も自然と海外のシーンに目が向くようになりました。その中で、日本のフェスではメインステージに出ないようなロックやオルタナのバンドがかなり人気で、海外のイベントでは大きなステージで演奏していることに気づいたんです。

さらに、日本で「インディー」とされている音楽のジャンルがアジア圏では人気だったということだけでなく、国を超えての交流も活発に行われていることも発見でした。インドネシアの人気アーティストが韓国のフェスに出ていることもあれば、その逆もある。自分のレーベルのアーティストに連れて行ってもらった先で、「アジアの中で一つの大きなまとまりができている」ということに気付かされました。それぞれの国の独立したシーンが点在しているのではないんです。そして、その大きな流れに日本は参加できていない。日本が孤立していると感じ、危機感を覚えました。

ーなるほど。

当時はまだ、その「危機感」と、自分のレーベルが長年サポートしている「ロックバンド」らしいバンドサウンドがアジアのフェスでヘッドライナーを飾るほど市民権を得ている事実への感動とが同居していました。そんな時、コロナ禍の真っ只中でしたが、「日本のアーティストの存在感を高めつつ海外の盛り上がりを日本にも持ち込みたい」という話を長年の友人とする機会があったんです。そして、「ショーケースイベントをやろう」となりました。

ー<BiKN shibuya>は数年越しのイベントだったんですね。

はい。自分たちが関わっている<Shimokitazawa SOUND CRUISING>というサーキットイベントにも海外アーティストを呼んでいますが、多くて5、6組程度でした。しかし、<BiKN shibuya>は初回ということもあり、わかりやすく振り切ったイベントにしないとだめだろうと思い、「インディーロック」という軸を設けて、ライブに定評があるアーティストを20組程度アジアから一気に呼ぶことにしました(笑)。

アジアのフェスで減少傾向にある日本アーティストの出演枠

ー「日本の音楽市場はガラパゴス化している」話はよく聞きますが、<BiKN shibuya>の開催に至った背景にも、足で稼がないとわからない現状があったんですね。

そうなんです。危機感を覚えることは他にもあって、「アジア各国のフェスに出る日本人アーティスト枠が年々減っている」と現地にいる日本人のコーディネーターが嘆くのも近くで聞いていました。例えば、以前はポストロックといえば(toeに代表されるような)日本のバンドで間違いない!と決まっていた枠が、他国のアーティストに取って変わられてしまった。さらに、今でこそアジアのアーティストが日本のイベントやフェスに出ることも増えましたが、以前はそんなことなかった。日本の市場の中で「海外=欧米」という意識が根強く、その意識が変わらない間にアジアの他の国同士での連帯が強まり、日本は取り残されてしまったんだと思います。

「日本に来たい」と言ってくれているアーティストがまだ多いことも今回開催に至った理由です。「ギャラは期待できないけど、日本は物価が安くいいところだから行きたい」というアーティストは多い。実際、中国とはギャラの額が一桁も二桁も違うことも珍しくなく、日程が被ってしまったら到底太刀打ちできない。ギャラが安くてもいいから来たいとアーティストが思ってくれているうちに手を打たないと、いつか手遅れになってしまう。そして、日本のお客さんに来てもらって、「<BiKN shibuya>に出れば日本での人気獲得に繋がる」という仕組みを作れれば、日本に来たいと思うアーティストも続くはず。そんな危機感に似た使命感もありました。

日本のアーティストが海外進出すべき理由

ー一方で、CHAI春ねむりおとぼけビ〜バ〜など国内からも海外で人気のアーティストは増えて来ましたが、日本のアーティストが海外発信するメリットはどこにあると思いますか?

今まで悲観的なことを多く話してしまいましたが、日本は音楽的な土壌もあって音楽人口も多い国です。未だに世界2位のマーケットであることに変わりはないですし、ヒップホップやロックから、アイドルまで本当に多くのジャンルが成立している。例え、日本国内のリスナーにハマらなくても決してアーティスト生命の終わりではない。国が変われば、ブレイクする可能性もある。臆せずにどんどん外に向いていくべきだと思います。

ー先日、渋谷のライブハウスTOKIO TOKYOでShe Her Her Hersのライブを見たら半分以上が中国のお客さんでびっくりしたことを思い出しました。

<BiKN shibuya>に来たお客さんにも同じことを体感してもらえたら嬉しいです。「渋谷にインバウンド客が増えた」話は、誰もが聞いたことがあると思いますが、それ以上のことが近い将来起きる可能性もあると思うんです。TOKIO TOKYO、さらにはO-EAST規模の会場が、日本に住んでいる外国人の方や訪日観光客だけで埋まるかもしれない。実際、<BiKN shibuya>のチケットの3割はインバウンド向けチケットが占めています。日本国内向けのプレイガイドでチケットを購入してくれた外国人のお客さんを含めると、半数以上が日本人じゃないお客さんなんてことが起きても不思議じゃない。

そこでの交流から新しいカルチャーが生まれるかもしれないし、静かな日本のオーディエンスと熱狂的なアジアのオーディエンスが交わったらどんな化学反応が生まれるのか、純粋に見てみたい。自分にとってそれは希望です。

「新しい何かが起きている」ことを実感してもらうためのイベント作り

ー先ほどの危機感と希望は表裏一体なんですね。

「日本のオーディエンスは静か」だとよく言われますが、それすらも変わるかもしれないと思ってます。中国のオーディエンスは熱量がすごくてとても元気なので、日本のオーディエンスも引っ張られるかもしれない。日本にツアーにきた中国のバンドが日本語でMCをしていて、見に来た中国のファンも日本語で応えている。少し前は想像すらできなかった光景が今のライブハウスでは起きています。「新しい何かが起きている」ことをお客さんに肌で感じてもらうにはこれくらいの規模での開催が必要でした。

ーここまで「アジア」にこだわったイベントでCHAIのような日本を代表するアーティストが出ていないのが意外でした。

もちろんCHAIには一番最初にオファーしました。でも、海外ツアー中で日程が合わなかったんです。既に海外で受け入れられている日本のアーティストは、スケジュールの都合でブッキングが難しくなっている。先ほどの日本のアーティストの海外発信の話にも繋がりますが、需要があるならどんどん海外に出ていくべきだと思います。「突発的に海外のイベントに呼ばれてラッキー」みたいな話はなくなっていくのが理想かなと思います。

ー海外ツアーは思い出作りではないと。

藤澤:どんな音楽にも求められる場所が必ずあると思います。それが海外なら「日本は儲からないから海外に行く」くらいの気概で外に出ていくアーティストがいてもいい。アジアの音楽全体が盛り上がれば我々日本の音楽の存在感も自然と増していくのではないでしょうか。

音楽だけでなく、アジア同士の横の繋がりも感じて欲しい

ー遊びに来るお客さんにはどんなことを感じて欲しいですか?

地域ごとの音楽性やお客さんの雰囲気など、いろんな「違い」を楽しんでもらえたらと思います。今回はアジア10都市以上のアーティストが集まります。「インドネシアの音楽ってこんな感じなんだな」という発見もあれば、中国ツアー帰りのThe fin.を見て中国らしさを感じるかもしれないし、The fin.が中国で支持される理由がわかるかもしれない。自分も当日までどんなイベントになるか未知数ですが、純粋に音楽を聴く以外の楽しみ方もきっとあると思います。国境を超えた人の交流が当たり前になった今だからこそ、横の繋がりも感じてもらうことで、この時代らしいイベントになると思います。

ー<BiKN shibuya>の今後の展望を教えてください。

いずれは、「BiKN Taipei」や「BiKN Seoul」のようにアジアの各国でショーケースイベントを開催して日本と海外の販路を確保して行きたいです。お客さんに向けては、それぞれの都市の音楽性やオーディエンスの雰囲気が違うことを可視化して伝える場として育てて行きたいです。そのために、まずはBiKNの読み方を覚えてもらうところから始められればと思います(笑)。

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