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文: 久野麻衣 写:遥南 碧
バンドでの技巧的かつ情熱的なイメージが印象的だったKie Katagiがソロアーティストとして求めた表現には、一人の女性としての生き方が映し出されていた。32歳になった彼女のソロ2作目『Synesthesia』は30歳前後のリアルが詰まっている。環境や肉体的、精神的にも30歳前後の女性に起こる変化は大きい。その変化を受け入れ自分を肯定することの大切さに気づくことが、この年代の女性の一つの命題なのではないだろうか。様々に移り変わる音の変化とそこに見える景色の変化は、きっと同じように日々の変化や生き方に悩み、苦しむ人に寄り添ってくれる。今作の制作に至るまで、そして制作の過程で、彼女が感じたことを知ることで、よりその音色や景色がリアルに浮かんでくるはずだ。
ー今回は前作から3年の時間が空いていますが、このスパンで作品を出すということは最初から決めてたんですか?
もう一枚出したいという気持ちはあったんですけど、jizueが常に制作やライブで忙しくて、あっという間に時間が経ってました。ずっとレーベルの方が「もう1枚出しましょう」って言ってくださっていて、昨年「“女性性”に特化した事がやりたい」という気持ちが高まっていた時に、その話を改めてしてくださったんです。そうやって背中を押してくれる人がいて、向かうべき流れにゆるやかにのっかるっていうのが私の今までの人生な気がします。
ーこの3年でバンドもメジャーデビューしたりと変化したと思いますが、自分自身の中で変わったなって思うことはありますか?
私は今32歳なんですけど、jizueを始めた19歳の頃はもっと気性の激しいところもあったと思います。でも、30歳を超えると周りが母になったり、女性のステージってそれぞれにすごく変わるじゃないですか?自分自身も内面的にも肉体的にも結構びっくりするような変化がここ数年起きていて。そのおかげで少し柔らかくなったり、物事のとらえ方が変わったなと感じています。
それに反比例してjizueは割と男くさい、プログレやハード(ロック的)な方向の音楽も増えてきたので、今の私にしか作れない音楽を残したいなって思うことはありました。
ー前作は「30歳になる前に一つ作品を出したかった」とおっしゃってましたよね。
ジャケットを描いてくれてるsilsilさんという大阪のペインターの女の子との出会いがすごく大きいです。大阪の駅で買い物中にアパレルショップの外壁にsilsilさんの大きい画が飾ってあったのを見て、ほんとに息が止まるというか、「凄い!」と絵のエネルギーに引き込まれて。横に書いてあったプロフィールから共通の知り合いを探して繋げてもらって、すぐ当時やっていたラジオのゲストに来てもらいました。
ーそこから前作、今作とジャケットのイラストを手がけてもらうことになったんですね。
silsilさんの作品のテーマは「色気」なんです。セクシャルな意味だけじゃなくて、生命力や物事からあふれるエネルギーを全部「色気」という言い方をしていて。彼女と一緒に音楽を作れたら面白いだろうなって思ったんです。自分の音に色を感じることがよくあるので、色彩と音楽がリンクすればいいなって。
ー前作のピンク色のジャケットは華やかで表情豊かに演奏するKieさんのイメージにぴったりでした。
そんな風に音と他の感覚とリンクすることは皆沢山あると思っていて、今回のアルバムのタイトル『Synesthesia』もそこから来ています。日本語では「共感覚」と言われていて、一つの刺激から他の五感が呼び起こされる知覚現象を意味してるんですけど、「共感覚」ってお持ちですか?
ー残念ながら私はないですね。
私も残念ながらないです(笑)。音に対してはちょっとあるんですけど、silsilさんはそれをすごく持ってるんですよ。数字を見たら色が湧くし、文字を見たら風景や匂いを感じたりするらしく「みんなそうだと思ってた」って言ってました。私自身、視覚と聴覚の関係について大学の卒業論文で書いたくらいとても興味のあるテーマで、silsilさんとならもっと面白く掘り下げられると思い、この作品を作る時のテーマにしました。
ーKieさんのソロ活動はsilsilさんの存在がかなり大きいんですね。
silsilさんとライブペイントする時って私が即興で音を鳴らして、それに合わせてsilsilさんが真っ白な何もないキャンバスに色を乗せていく、というパートが毎回あるんですけど、弾いてる間にキャンパスの中で茎が伸びてきて蕾になって、気が付いたら花になってる、というように物語が進んでいくんですよ。更にその花が女性の顔になったり、海になったりと、1時間のライブの中でその場にいないと味わえないドラマがあるんです。それって1本の映画みたいだなって毎回思っていて、今回のアルバムを一枚通して聴いたときに、そんな風に感じてもらえたらいいなと思って制作しました。
ー今作にはどんなストーリーや展開があるんですか?
私の制作ノートを見ると、二人でやったライブ中のペイントを思い出しながら描いたイメージがあって。「何もないところ」「芽生え」「花が開く」「女性性が湧く」という花が咲くことと女性の一生をリンクさせたイメージなんです。アルバムが完成した時に一緒に再現ライブができたらいいなっていうのも初めから考えていました。
ー今回も様々な方が参加されていますが、色んな方と作品を作ってみていかがでしたか?
素晴らしいミュージシャンの方々のお陰で、自分の描いた曲の世界観をより具体的に表現できたり、思ってもいなかったアイデアを頂いて面白い方向に進んだりと、共有しながら更に広げて頂いたと思っています。
例えば、小田朋美さんとの曲は「花が開いていく」というイメージでデモを作ったんですけど、初め何も伝えずに音源を送って「この曲どんなイメージが湧きますか?」と訊いたら「咲く感じ、開く感じがしますよね」って言われて。音楽だけで、プレイヤー同士でその感覚を共有できたのが嬉しかったです。そこから制作していく過程で、アルバムのジャケットを青テーマにする事になったり、小田さんのクールさや二人の演奏の掛け合わさる温度感から月のイメージが浮かんだので、“月が咲く”=「Bloomoon」というタイトルになりました。
ー今作のジャケットを青にしようと決めたのはなぜですか?
1曲目のテーマである「何もないところ」っていうのは「水中」のことなんです。“水から生まれるエネルギー”というか、太古に生命が生まれたところでもあるので、水の中から始めたいなってなんとなく思っていて、青テーマということだけお伝えしたのですがsilsilさんもそのイメージを共有してくれていました。
ー最初の水の音はそのイメージからだったんですね。
この1年間、silsilさんとインスタライブでライブペイント×ピアノを何回かしていて。持ち時間5分で、夏だったらテーマを「ひまわり」「クラゲ」とかにして。それを繰り返してたおかげで感覚の共有が凄く高まって、ジャケットも「それ!」っていうのが一度で来てすごくスムーズでした。
ー他にはトリオのメンバーとして千葉広樹さんと石若駿さんも参加されていますよね。お二人の参加はどのように決まったんですか?
私、人と音楽をするときに強く来られると萎縮してしまうところがあって。なので、音楽的に素晴らしいエネルギーを持った人で、且つ、人間同士のコミュニケーションがしなやかにとれて、「一緒にいいものを作りましょ」って言ってくれる人が良いなって思っていて。トリオで演奏するのが初めてだったのでいろんな方に誰がいいか相談していたら、相談した方全員に「ウッドベースは千葉さんがいいと思うよ」って言われて、スガダイロートリオのときに1度現場でご一緒してて「あのベースの方素晴らしかった!」って思い出したんです。しかも、一番最後にミュージシャンではない、音楽が好きな祇園の仲良いママとご飯食べにいって、そこでもベーシストの相談をしたら、そのママが「千葉くんって知ってる?」って言い出して。「今話してたの千葉さんの話やん~!」って(笑)。そういう出来事もあって凄く縁のある人だったので、千葉さんには絶対にお願いしたいと思ったんです。
そこからドラマーは誰にするか千葉さんと話した時に「石若君がいいね」って二人ですぐに名前が出てきたので彼にお願いしました。
ーお二人とのトリオ編成はいかがでしたか?
石若君はアカデミックな基礎が本当にしっかりありつつも、二回同じことはできない天才ジャズメンタイプのプレイヤーで、私とは全然タイプが違うんですけど、とにかく何してもかっこいいんで「これでいいですか?」って言われたら「なんでもいいです!」という感じでした(笑)。常に新しいアンテナを張ってサウンドもとてもこだわっておられる印象です。
千葉さんは全体を考えて音を出してくださるタイプの方で、私より俯瞰したところから全体を考えてくださっていて「ここってどう合わそう?」「ここはどういうアプローチで次に流れよう?」とアイデアもたくさんくださって。音にもすごくエネルギーがあって、自分のエネルギーを出しながらもちゃんと音を真ん中に集めようとしてくださるプレイヤーなので、限られた時間でしたがたくさん勉強させていただきながらいいものが作れたと思います。
ー3人での楽曲の制作はどのように進めていたんですか?
「Color bath」は私がピアノのパートを全部作って、あとはお任せしました。“音を浴びる、飛んでくる”っていう曲のイメージと“ここから絵が始まる”っていうイメージだけ伝えて後はスタジオで合わせながら作っていきました。
「Go on」はある程度打ち込みのデモで全体のイメージを作っていったのですが、合わせて行くうちに全然違う形になって。その結果、表現したい意味合いにより近づいた良い形に仕上がったので、お二人の力に本当に感謝です。
ー椎名林檎さんの「丸の内サディスティック」カバーはどんな理由でチョイスされたんですか?
自分が影響を受けてきたアーティストって90年代の女性アーティストが多くて。YUKIさん、Charaさん、UAさん、椎名林檎さん…自分が“こんな女性になりたい”“音楽でこんな風に人の心を動かせたり寄り添えるなんてすごい”って思った原点は多分そこで。だから前作ではCharaさんのカバーを入れていて、その流れで自然と今回もカバーを一曲入れる方向で、椎名林檎さんの曲を選らばせていただきました。
ー単純に曲として好きだったということですか?
そうですね。この曲をよく聴いていた10代の頃ってストイックにクラシックの勉強をしていた時期で、でも聴いている音楽と実際自分が弾いている音楽が違う事にもどかしさも感じていたことを思い出して。当時バッハのインヴェンションなどを弾いていたのですが、多声音楽の面白さなど分かるようになったのは大人になってからで、大好きな曲のアレンジにそんな要素も取り入れられたらと思い、メロディの他に右手と左手を駆使してずっと同じリフがあるというアレンジにしました。
ーアレンジはNABOWAの景山奏さんですよね。
そうです。ピアノのアレンジを作って送ったら奏君がめちゃくちゃいいトラックを上げてくれて「100点!いや1000点!」というやり取りですぐに方向性が決まって(笑)。奏君は同じレーベルなのでバンドの話ができたり、あとは韻シストのTAKUさんの大ファンという共通点があったり(笑)、好きな音楽やお笑いのリンクを送りあったりとプライベートでもすごく仲良くしてもらっています。
ーKieさんから見て奏さんはどんな方ですか?
奏君はリアクションがめっちゃ上手で、一緒にしゃべってたら「私めっちゃ面白い人になったんじゃないか?!」って思うくらい笑ってくれるんですよ(笑)。会話もそうですが、音楽をする上でも同じで、相手とちゃんと向き合って、思いやったり相手が何をしたいか汲み取る能力が長けてる人だと思います。相手の意図を汲み取った上で自分の思い描くビートやサウンドを感覚でのせていくことが出来るので、トラックメーカーとしての素質も素晴らしいし、ギタリストとしてもエモーショナルで歌のある大好きなプレイをする人です。
ー最後の「Akegure」は他の方が参加されていない、Kieさんお一人の曲なんですね。
去年は32年間生きてきて一番激動やったんじゃないかなという年で。手放すものも多かったし、自分の力ではどうにも抗えないような出来事も多くて、その都度どうしたいか、自分自身で決めて進めて行かないといけない中で制作だったので結構苦しくて…。
「Akegure(明け暮)」っていうのはそのタイミングでとても尊敬している作家の方に教えてもらった言葉なのですが、夜がだんだん明るくなっていく過程で夜明けの前に一瞬真っ暗になる瞬間のことなんです。だから「きっと今は“明け暮”でここから明けていくから、大丈夫だよ」って自分に言い聞かせてるような曲です(笑)。
ーそういった自分の感情はやっぱり演奏に影響が出てると思いますか?
個人的にこの曲は「浄化ソング」と呼んでいて(笑)。この曲を録ってるときに、制作期間中の辛かった気持ちが全部昇華された感覚があって。重なっている声も私の声なんですけど、歌いながら声と一緒に自分の中から色んな感情が全部出ていく感じがして、すっきり次に行こうって思えるようになってました。そういう過程も含めて、一個自分の中で印象深い、大事なアルバムになったなって思います。
ーまさに自己浄化ですね。
そんな2018年、ソロの現場もjizueの現場もほぼ毎回来てくださっているファンの方がいて毎回差し入れとお手紙をくださって。その心のこもった手紙にいつも「救われました」って書いてくれたんですよね。自分的には苦しい日々をなんとか走ってる中で、私の音楽でそんな風に思ってくれる人がいることに、自分が音楽で役割をなにか全うできているような気持ちになって逆に救われました。そのタイミングでソロの2枚目を作りましょうっていう話だったので、そういう人に向けた“届く音楽”を作りたいなって思たんですよね。
ー30歳前後ってやっぱり女性にとって一つの大きな区切りというか、みんな同じような悩みや苦しみをそれぞれ感じて生きているんですよね。
「あの時こうしてたら」「もっと早く勉強してれば」みたいな過去に対する“たられば”や、それぞれに変化していく周りに対して焦る気持ちは本当に必要なくて、たくさんの選択の積み重ねの上に在る自分の今を、肯定的に捉えたいな、と。全部が糧になって繋がってるというこの気持ちは、この歳になったから実感できるのかな。そういう年頃ですよね(笑)。
あとは、歳を重ねるほどに沢山の人との関わりの中で生きているというか、この作品を作る過程でも本当に人に支えられているんだなと感じました。事務所、レーベルスタッフはもちろん、メンバー選びの時にも多くのミュージシャンが親身に相談に乗ってくれたりピアノの情報を教えてくれたりと、沢山の人が力を貸してくださって、感謝しかないです。その人たちに背中を押してもらった分も、ちゃんと自分でも進まなきゃっていう気持ちもこの作品に詰まってます。
ー今でしか作れなかった作品ですね。
40歳になったら「あんな時代もあったね」ってなるんだと思います。きっと1年前、数ヶ月前のことですら、振り返ったらそう思うこともあるんですけど、私の今が詰まっている1枚になったと思います。
ーバンドとソロでは何か自分の中で意識を変えたりはしているんですか?
弾くことが楽しい、楽曲の世界を表現したい、伝えたいというスタンスとしては同じかも。でもjizueの時は4人の音がどう重なるかに意識が集中していますね。jizueって4人全員がスーパープレイヤーなわけではないけど、4人の演奏がうまく噛み合った時に一個の大きなキャンプファイヤーをしてるみたいな音のエネルギーを感じる時があって、それがお客さんに届いてる瞬間が分かるんですよね。
ソロは演奏面では一人で心細いこともありますが、他のアーティストの方とその場で即興性や自由度の高い音楽ができたり、silsilさんと一緒にライブができたり、それもとても楽しいです。
ーそういった新しい経験がjizueへ戻った時にフィードバックできたり、広げられる世界もきっとありますよね。
先日初めて今回の楽曲も含めトリオで演奏させてもらうライブがあったのですが、ベースの千葉さんが「もっと大きく音楽を捉えて、線で感じで弾いてみたら」って話してくださって。私は今まで人と演奏する時は特に“正確に弾かなきゃ、点を合わさなきゃ”みたいな気持ちに捉われがちで、その“大きく捉える”というのが今の自分自身の演奏に行き詰まっていた部分を解放してもらえる魔法の言葉のようで。演奏中も音で沢山導いてもらったように思います。
このソロでの活動が自分を磨く場になってjizueにも還元できればいいなと思いますね。
ーjizueの中でKieさんはどんなスタンスなんですか?
私はもともと好奇心が凄くあるので、“好き”の幅がjizueの中で多分一番広いかなと。反対にうちのドラムは好きの幅は狭いけどそのこだわった部分に対する情熱は凄くある人で、真逆の二人がバンドの中に混在していて(笑)。
昔はそんな自分が八方美人みたいで「イケてないよな」って思ってたんですけど、それは捉え方次第で、今は“柔軟”さは強みかな、と思うようになりました。私自身も音楽や生き方に対するスタンスが少しずつ定まってきたのって今の歳に近くなってからですね。
ーそれはソロでの経験があったからこそ見えたものかもしれないですね。ソロアーティストとしてはどんなアーティストでありたいですか?
jizueは今の自分たちを表現する、やりたい音楽をぶつけにいく場所で、ソロでは「私は最近こんな感じですけどあなたはどうですか?」って対話できる場所になれば良いかな。性格的にも、音楽を通して“共有したい”気持ちがすごく大きくて。去年、辛い時期に読んでた本の中に「辛さや痛みは人に共有してもらうことで、安心して手放せる」という一節があって、その言葉にとても救われたので、たくさんもらってきたものを私も人にあげられる側になりたい、そういう音楽を作れればいいなって思ってます。
Kie KatagiさんがDIGLE MAGAZINEの為に「色が見える曲」をテーマにセレクトしてくれたプレイリスト
INFORMATION
Kie Katagi『Synesthesia』
DDCB-12108 | 2019.03.20 Release
CD | Digital | Released by AWDR/LR21. Blue shift
2. Color bath (w/千葉広樹 & 石若駿)
3. Bloomoon (w/小田朋美)
4. 丸の内サディスティック(w/Kanade Kageyama)
5. Mirror touch (w/sigh city)
6. Go on (w/千葉広樹 & 石若駿)
7. Akegure
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