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文: 黒田隆太朗 写:Kana Tarumi 編:Mao Oya
蓮沼執太の音楽を聴いていると、より良い未来は純粋なる想像力からしか生まれないのだと感じる。彼が2010年に起こしたフィルハーモニック・ポップ・オーケストラ、蓮沼執太フィル(以降、蓮沼フィル)は、これまで『時が奏でる』、『アントロポセン』と2枚のアルバムを発表。大阪・千日前ユニバースや日比谷野外大音楽堂でのステージを経験する中で、まさしく無二の存在として発展してきた。昨年には総勢26名の蓮沼執太フルフィル名義で『フルフォニー』をリリースし、スパイラルホールで無観客の配信ライブ<#フィルAPIスパイラル>を行うなど、コロナ禍においても彼らは独自の表現を模索し続けている。
「新しいものを作りたい」という不断の挑戦の最新形が、4月23日にBunkamuraオーチャードホールにて開催されるライブ<〇→〇>(読み:まる やじるし まる)である。ひとつ目の◯はライブ会場となるオーチャードホール空間を表し、ふたつ目の◯はインターネットを経由して届けられる、リスナーのパーソナルな場所でのライブ空間を表す。有観客ライブと配信ライブでそれぞれ異なる仕掛けが用意された本公演は、ライブの在り方が変わった2020年以降の社会でこそ生まれた斬新なクリエイションである。現在発表されているゲストはヤン富田 、塩塚モエカ(羊文学)、xiangyuの3人。今後も順次発表されていくアーティスト陣と共に、この日限りの有機的なハーモニーが作られるだろう。今ここにないものにトライし続ける蓮沼執太が抱く、「次」なる表現について話を聞いた。
ー直近では羊文学の塩塚モエカをゲストに迎えた新曲、「HOLIDAY」のリリースがありましたね。
新宿にある駅ビルNEWoManから、クリスマスのキャンペーン音楽を作ってほしいと依頼を受けて制作して行きました。ただ、最初はどうしようかなっていう思いもありました。
ーというのは?
去年、緊急事態宣言になった次の日に渋谷に環境音を録りに行きました。街に人は少なかったんですけど、広告の音楽が大爆音で流れていました。その街の音環境がディストピアみたいだったんです。そういった経験もあり、音楽がBGMとして街の中で流れることに、懐疑的でした。
ーグロテスクな気分を味わったと。
無情でしたね。普段だったら、人が沢山いるのであれば、広告が大きな音で鳴ってもノイズとしてマスキングできるんですけど、あの日は人が少なかったので広告のエコーが渋谷を包んでいました。年々都市の音というものがなくなっていっていると感じるんですけど、ひと気のないセンター街でJ-POPが爆音で流れているのを聴いて、寂しい気持ちになりました。そんな時のオファーだったので、どうしようかな思ったんですよね。
ーなるほど。
なので僕が一人でいわゆるアンビエントのような音楽を作るのもいいかなと思ったんですけど、いや、ここはフィルのメンバーに声をかけるのがいいんじゃないかと思ったんです。それでフィルに集合してください、と伝えました。と言うのも、明るい音楽が良いなって思ったんです。コロナ禍の中で渋谷の交差点で感じた寂しさが大きく残っていたこともあって、少しでも楽しい曲を作りたかったし、活気が出て心躍る様なニュアンスの作品にしたいと思いました。
ーその上で塩塚さんにオファーしたのはどういう理由からですか?
NEWoManからは歌の楽曲にしてほしい、というリクエストもあったので、歌詞を考えていました。新宿を舞台にして抽象的な歌詞になっていきまして、これは僕が歌う曲ではなくて、シンガーに歌っていただいた方が、視点が俯瞰的になって、より社会性を帯びるんじゃないかと思ってきました。自分ではない方の視点を楽曲に入れるという意味でも、塩塚モエカさんに歌唱をお願いしました。オファーのメールをしたら即レスをいただけてうれしかったです。レコーディングもとても楽しく出来ました。NEWoMan用には15分バージョン作り、配信リリースではいわゆるショートバージョンになっています。
ー街で鳴っている音楽を聴いてネガティブな印象を持ったというお話しもありましたし、オファーを断る選択肢もあったと思うんですよね。
ありましたよね。本当にそうだったと思います。ネガティブというよりも、都市で流れる音楽ということに懐疑的になってしまいました。
ーそれでもフィルとして引き受けたのは、16人編成のプロジェクトで創作することによって、今言われた社会性を獲得できるという期待があったから。
そういう部分もありますね。昨年の8月にリリースしたアルバム『フルフォニー』の時もですが、僕一人ではなく人々が集まって「蓮沼フィル」になることによって、みんなで作っている感覚になって、その思考も増えるんですよね。そして、思考が増えることによって、どんどん音楽が社会に寄っていくんです。そうやってとてもプライベートな部分、自分の元から作品が離れていくプロセスが実感としてあります。僕は過去にBGMを作らせていただいた経験がありますが、自分個人の中で完結させてアウトプットさせることも大切ですが、逆に曲にいろんな人の手垢をつけることで、社会性が帯びていくんです。
ー『アントロポセン』や『フルフォニー』を聴いていると、美しい共生を実践しているコミュニティのようにも感じますし、音楽そのものが理想の社会の縮図のように思う時があります。蓮沼さんはご自身のフィルに関して、どういう関係性を見出していますか。
各々が独立して活動をしていく場所、自分の持ち味を素直に出せる関係性であって欲しいと思っています。ただ、そういう社会であればもちろん良いんですけど、社会と音楽はやっぱり違うものですよね。音楽のアンサンブルはその時代の社会の縮図とも言われますが、当然社会はもっと複雑ですよね。でも、蓮沼フィルで作られているような、こういう関係性で音楽が作られることもあるんだ、という実践があることで、それが何かのきっかけになって、聴く人の考え方が変わるきっかけになれば、という気持ちを持っています。
ーなるほど。
どこかで“みんなバラバラでいいんじゃないかな”って思っているんですよね。たとえば、コミューンってあるじゃないですか。ジョン・ケージとマース・カニングハムたちが一緒にニューヨークの田舎に住んで、ケージはきのこ狩りをしたり、作品作りしていくようなコミュニティもありますよね。僕らはメンバーに対して、各々独自のスタイルで生きて欲しいと思っています。僕らは仲間なんだけど、みんなそれぞれ立派に活動しているし、無理に全員で統一するのではなくて、その人がカッコいいと思うことをやって欲しいじゃないですか。セカンドアルバム(『アントロポセン』)の時は、そういう関係性に意識的アプローチをしていきました。
ーというのは?
ファーストアルバム(『時が奏でる』)の時って、フィルとして初めて音源を出したので、みんなどういう状態かわかってなかったんじゃないかな(笑)。僕もプロジェクトが終わったあとすぐにアメリカ・ニューヨークに行く予定だったので、とにかく目の前で起こったことをやっていく、という感じでした。
ーなるほど。
それから半年ほどニューヨークに住んでいて、物理的にも精神的にも余裕が生まれました。その間に「蓮沼フィル」はなんだったのかな?ということも考えたりして。改めて、どういう関係性で音楽が合奏されるのか、社会に対してどのように音楽が現れているのか、など冷静に考えていました。そのひとつの考えの帰結として、セカンドアルバムのようなメンバーとの関係性をコンセプトにアルバムを築くっていうクリエーションになっていったんです。
ーそれからさらに2年ほど経ちますが、現在のフィルはどういう存在であると思いますか。
当然アップデートしています。今はコンセプトとしての「関係性」という面は意識しなくなりました。より音楽的に上のフェーズに行きたいと思ってます。コミュニケーションで音楽を作ることは終わっていて、2019年の<FUJI ROCK FESTIVAL>、野音(<日比谷、時が奏でる>)を終えたくらいからシフトしていました。コミュニケーションではなく、原理的に音楽で勝負していく鋭いものを作っていきたいですね。
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