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文: 安藤エヌ 編:Mao Oya
新型コロナウイルスが未だ猛威をふるう中、アジア人へのヘイトクライム――差別的な思想による犯罪が増加の傾向をたどっている。
発端となっているのは、前アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏が口にした「(コロナウイルスは)チャイニーズウイルスだ」という発言。これにより欧米では未曾有の危機を招いたコロナウイルスの元凶が中国、ひいてはアジア諸国にあるという偏見が生まれ、アジア人を標的にした犯罪が飛躍的に増加の一途に転じたと考えられている。
最近では、米ジョージア州アトランタ周辺のマッサージ店3か所において銃撃事件が発生し、死亡者8人のうち6人がアジア人女性であったことがニュースで取り上げられ、大きな波紋を呼んだ。事件を機にSNSでは著名人が真っ先にアジア人を狙った犯罪に対する反対・抗議声明を上げた。韓国アーティストグループBTSやテニスプレイヤーの大坂なおみ選手、錦織圭選手などが各々の言葉で人種差別への思いを発信している。
アジア人を狙った犯罪に反対するメッセージが「Stop Asian Hate」などのスローガンとなり世界中で広まった現代。今回は、このような背景から映画『ステージ・マザー』に登場したアジア系アメリカ人の女性に対するDV描写に注目したい。「当事者」ではなく「彼らに近しい人物」の視点で描かれた本作から、昨今のアジア人差別を元にして生まれるヘイトクライムへの反対・撲滅運動に紐づけ、作り手側が伝えたかったメッセージを考える。
映画『ステージ・マザー』は、ドラァグクイーンの息子を亡くした保守的なテキサスの田舎町に住む母親が、彼の死をきっかけに息子が身を置いていた世界について知り、差別的なまなざしを改めていくストーリーだ。LGBTQ+当事者である息子について考えを及ばせる主人公の母親視点で展開される物語は、彼らがマイノリティを抱えながらどのようにして生きているか、その苦悩や葛藤を感じながら観ることができ、今までにあったようでなかった「当事者に近しい人物の視点で気づきを得られる」作品となっている。
物語の主軸はLGBTQ+に対する意識に向けられ、ストーリーもあくまでドラァグクイーンである彼らの苦悩や影の落ちる部分にフォーカスされるのだが、主人公メイベリンが息子のいた町を訪れた際、彼の親友であったというアジア系アメリカ人のシエナに出会い、彼女の家に居候する展開となる。やがて彼女に恋人ができるが、相手の男はメイベリンの目を盗んでシエナに暴力をふるい、服従させようとしていた。
アジア系の女性であるシエナがDVを受けるシーンが挿入されるのは、映画の中盤である。セクシャルマイノリティやドラッグ中毒など、全編にわたり社会的なトピックスを盛り込んでいる本作を観てみると、冒頭に記したヘイトクライムの根底にも共通する「差別と偏見」というワードに結びつく。
シエナ、というひとりの女性キャラクターが欧米男性とのパワーバランスにおいて弱者の立場で描かれていることから、「アジア人/女性」というふたつのカテゴリがいかに第三者から差別的に認識されているかを考えてみたい。
アジア人女性はしばしば、欧米の男性から「フェティッシュな対象」として見られる場合がある。非アジア人男性から「きみってすごくセクシーだね」と通りすがりに言われたり、アジア人が登場する古典的な映画作品などに見受けられる――“ゲイシャ” “ドラゴン・レディ”など――ステレオ・タイプ的な人物として認識されるたび、アジア人女性は自分自身のアイデンティティや尊厳を踏みにじられてきた。
また、「アジア人女性は従順で聞き分けがいい」という間違った客体化をされることで、「服従させてもいい、なぜなら彼女たちがそれを望んでいるから」という当事者の声をシャットダウンさせた抑圧的な意識が生まれる。そうしてアジア人女性は、非アジア人男性とのパワーバランスにおいて弱者に据え置かれ、性的な場面においても隷属的に扱われることがしばしば起きるという間違った状況に転じてしまうのだ。
アジア人に対する差別的意識が、長い歴史の中で混濁を極めながらも確固たるものとして今に至るまで定着していることに加え、さらに「女性」というジェンダーが昨今のヘイトクライムをより根深い問題にさせている。
アジア・太平洋諸島系に対する暴力や嫌がらせについて調査している団体『Stop AAPI Hate』調べでは、1年間に報告されたヘイト犯罪のうち女性による報告が68%という大半以上を占めている。前述したアトランタ襲撃事件においても、警察は性的欲求を抑えきれない犯人が抱いていた「ミソジニー」による犯行だとしたが、被害者の多くがアジア人女性だったことから、世界中でアジア人ヘイトによる犯罪だとする批判が続出。「アジア人/女性」というふたつの立場から問題視される事件として発展し、複雑な問題が交差する「インターセクショナリティ」だとする見方も出ている。
「なぜLGBTQ+が主題である映画にアジア系女性への暴力シーンを入れる必要があったのか?」という冒頭の問いに対し、シエナが暴力を受けるシーンは、社会問題化したヘイトクライムという背景ありきで生まれた必要不可欠なシーンだと考える。今起きている実態を多角的に描いた『ステージ・マザー』を観ることは、各所で起きている事件や人々の意識について思考を巡らせるきっかけになるのではないだろうか。
社会という骨組みに蝕む影と混沌、そこに差し込む理解者=アライになるという名の希望を全編にわたり描いた『ステージ・マザー』。本作を通して見た世界にとって、アジア系女性に対する暴力というのは社会に内包されたひとつの巨大な、改善すべき問題なのだということに、映画を観ながら気づいていく。
そして重要なのは、この映画が「当事者」の視点に立つのではなく、「問題について考える立場」として周囲を俯瞰できるように作られているということだ。主人公メイベリンがその目で問題を抱える当事者たちを見つめ、自分自身にできることを考え行動したように、私たちも具体的な行動を起こすために必要な視点に立つことができる。
観客はメイベリンの立場となって、ドラァグクイーンたちの抱えた闇やシエナが置かれた立場について考える。そういった「視点」を与えられる映画を観ることで、私たちもおのずと世界で起きているさまざまな問題に対して能動的に思考し、解決の糸口を探るための行動を起こす動機につながる。自分自身で考え、起こすアクションのきっかけになるために存在するのが、『ステージ・マザー』のような映画なのだ。
アトランタ銃撃事件で浮き彫りとなった、ジェンダー関係と複雑に絡み合ったアジア人に対するヘイトクライム問題。ただ傍観するのではなく、考える、というムーブから主体性のある「声」を上げることが、特定の人物を狙う狡猾なヘイトクライムを撲滅する第一歩である。社会に目を向け、ひとりのアジア人として昨今の差別的感情による痛ましい事件や攻撃的なメッセージを前に「どう考え、自分は何ができるのか」。映画を観ることでその一歩を踏み出す感情を覚え、能動かつ積極的な「世界を構成するひとり」になっていくことが、これからの時代を生きていくために必要なのではないだろうか。
現代において重要かつ深刻な問題を虚飾なく、リアリティに根ざしながら描いた映画を観るという行動が、憎悪に立ち向かう一歩を踏み出す勇気が出なかった人々にとってポジティブな後押しになることを願いたい。
INFOMATION
映画『ステージ・マザー』
公開中
出演:ジャッキー・ウィーヴァ―、ルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー、マイア・テイラー
監督:トム・フィッツジェラルド
原題:STAGE MOTHER 2020/カナダ/93分/PG12
(c) 2019 Stage Mother, LLC All Rights Reserved.
提供:リージェンツ、AMGエンタテインメント
配給:リージェンツ
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