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文: 安藤エヌ 編:DIGLE MAGAZINE編集部
去る4月に第93回アカデミー賞の発表が行われ、『ノマドランド』ほか次々と受賞作品が発表されるなか、長編アニメーション映画賞と作曲賞を『ソウルフル・ワールド』が受賞した。
本作はディズニーピクサーが製作し、監督は『カールじいさんの空飛ぶ家』を手掛けたピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーであるピート・ドクターが務めた。NYのジャズシーンを切り取った音楽と、人間が生まれる前の世界を描いた斬新なデザインとストーリーが両部門で高く評価され、受賞に至った。
Story
主人公は亡き父親がミュージシャンであるジョー・ガードナー。夢はジャズピアニストになることだった彼だが、現実は中学校の音楽教師をしており、冴えない日々を送っていた。そんな時、カルテットでピアノを弾かないかと誘われ、喜びを爆発させるジョー。浮かれて街を歩いていたところ、マンホールへ落下し、人間が生まれる前の世界へ迷い込んでしまう。そこではみな”ソウル(魂)“の姿で、ジョーもソウルになったまま地上の世界へ戻る方法を探すことになる。
人間になる前、名前のない新しいソウルが全員受ける講習「ユーセミナー」でジョーが出会った22番と呼ばれるソウルは、何百年も”生まれる”ことを拒み続けてきた厄介者のソウルだった。生きる意味は音楽だと思い続けるジョーと、生きる意味を見つけられない22番。ふたりの出会いが、やがて小さな奇跡を起こす。
本作は人間の原始的な形を”ソウル”すなわち魂の状態として描き、生きる上での喜びである”きらめき”について知る物語となっている。そこに交差するエッセンスとして盛り込まれているのが、ジャズ・ミュージックだ。父親に連れて行かれたジャズバーで、生まれて初めて聴いたジャズピアノに感銘を受け歩み出した人生の意義を「音楽を奏でること」だと決定づけている主人公のジョー。物語が進むにつれ、生きる意味を持つことに執着していた彼に変化が起きる。それこそがこの映画の最も伝えたい根幹の部分であることは言うまでもないのだが、その変化にはむろん、22番との邂逅と触れ合いが大きく関わってくる。
22番が地上の世界へ降り立ち、初めて”ソウル”の形ではない、肉体を帯びた姿で体験することは驚きと喜びに満ちていた。ピザの匂い、飴の甘さ、音楽が心に染み入る感覚――。ジョーの友人や母親と接していくうち、彼女は彼らとの交流を「ジャズってる」と形容するようになる。これには心がうきうきする、ノっているという状態を表しているほかにも、ジャズとは即興とアドリブの音楽であることから、人々との会話から生まれる予測しえない感情の起伏を表現してみせた言葉とも捉えることができる。
この言葉を聞いて、ジョーは「音楽と生活は交わらない」と否定する。ジャズと日常のコミュニケーションは交差しない、と。はたして本当にそうだろうか。22番の言ったこの言葉は、音楽は言葉になりうる、逆にいえば言葉は音楽に似ている、ということを実にうまく言い得ているのではないか。即興でピアノを弾くように、人々は人生を生き、ほかの誰かと関わりながら、生きる喜びを見出しているのではないか、と。
このようにして、本作は”ジャズ”と”人生”という2つの軸を交差させて物語を紡いでいる。ジョーはジャズが生きがいであること、そんな彼が22番とともに人生を見つめなおすこと。どちらの軸にも芯の通ったストーリーがあり、その一見性質の違うものたちが交わることにより生まれた『ソウルフル・ワールド』という物語は、いまだかつて誰も観たことのない斬新さをもってして観客の魂に訴えかけてくる。人間に生まれてきたからには誰しもが考える普遍のテーマ「生きる意味とは何か」という問いを。
ピクサーが描き出すものは決して単純なものだけではない。以前『リメンバー・ミー』を観たとき、そこに描かれた”2度目の死”という概念に度肝を抜かれたことがある。死者は生者から完全に忘れ去られたとき、2度目の死が訪れ、死者の世界から消えるという概念を真っ向から描いたピクサーに、クリエイターとしての並々ならぬ気概を見た。監督のリー・アンクリッチ監督が、死者の日を行う文化のあるメキシコに降り立って実際に現地人から聞いた話を元に描かれたというこのエピソードは、国によって異なる独自の死生観を見事に活写しながら、改めて死に対する考えを及ばせるきっかけになる鋭い描写となっている。
本作『ソウルフル・ワールド』にも、哲学的な描写がある。それは迷子のソウルと呼ばれ、人生を見失ってしまったソウルたちが黒い塊となって砂漠をさまよう、というものだ。
迷子のソウルはそれを救済する役割を担う者によって地上に還され、己を苦しめていた強迫観念から解き放たれる。筆者はこのシーンを見た時、前述の”2度目の死”を観たときと同じように、ピクサーの磨かれぬいた表現力と飽くなき発想への追求をそこに見た。子どもにも理解できる世界観を徹底しながらも、こういった描写を間に挟み思考の余地を与えてくることこそが、クリエイティブ精神の行く先に在るものなのだと感じた。
迷子のソウルを観た子どもは、その姿にどこかおぞましいイメージだけを抱いて、そこに込められた本質にはまだ気づけないかもしれない。しかし大人になって、実際に生きることに懐疑的になったとき、ふと昔観た映画のシーンを思いだす。そうして回想され、思考されるものとして作品を残すことの功績を今一度称えたくなるのが、ピクサーというクリエイティブチームの生み出す作品なのだ。
情動を呼び起こすシーンには最高の技術をもってして取り組むことに定評のあるピクサー作品だが、作中で22番が地上の世界で舞い落ちる落ち葉を手にした時のシーンの美しさたるや、筆舌に尽くしがたいほどである。夕映えの街並みがかがやくなか、ジャズバーの前に腰を下ろした22番の手に落ちてくるのは1枚の落ち葉。彼女はそれを見て、辺りを見渡し、語らう人々を見て柔らかくほほ笑む。この瞬間、彼女は「生きる意味とは、何かを成し遂げることではない。ただ生きるだけで、それだけで素晴らしい」ということに気づく。そしてそれはジョーにも伝わっていき、生きる意味に固執していた彼の生き方を変えていくことになる。
この落ち葉にはのちに重要な役割を果たすのだが――映画終盤になって事態が転じる、とあるシーンで――、モノに織り込まれた意味を効果的に使い、フェーズを経て美しく物語を結末に誘う手腕には毎度驚かされる。結末を迎えるにつれて観客の心に呼び起こさせる情動こそ、この映画の伝えたいメッセージなのだということが、本作を限りなく完璧に、素晴らしいものとして成立させているのではないかと感じる。
美しいものは人の心を打つ、とは、当たり前のようなことだが実際にやってみようとすると実に難しい。ましてやひとつの作品にして証明してみせるには相当の労力と時間を要する。そうした努力に裏付けされた”たしかに美しい、説得力のある物語”こそが、真に人を心から感動させるのだということをまたしても作品として示してみせたピクサーに、立ち上がって称賛の拍手を贈りたい。
未見の方にはぜひ本編を観て、この映画に溢れた優しくも力強いメッセージを存分に感じていただくとして、現在Disney+では本編の前日譚となる『22番vs人間の世界』というショートアニメが配信されている。こちらを観ればより本編が言わんとしていたメッセージについて考えを巡らせられるようなストーリーとなっているので、ぜひ本編鑑賞後の余韻を味わいながら重ねて観ていただきたい。
INFOMATION
映画『ソウルフル・ワールド』
2020年12月5日(金)
Disney+にてアメリカ合衆国と日本で配信© 2020 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
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