作品の中で曖昧になる現実と虚構。Momがフィルムデジャターで気づいた“距離を詰められる”感覚とは

Column

文: Mom  編:riko ito 

毎月テーマを設けてインタビューやコラム、プレイリストを掲載していく特集企画。2023年11月は“good story, good music”をテーマに、アーティストやクリエイターたちがどんな物語やカルチャーから影響を受け、自身の創作へと昇華しているのかを深掘りしていく。今回の記事では、シンガー・ソングライター/トラックメイカーのMomに“音楽と物語”というテーマのもと、映画や小説、音楽の作り手と受け手の間に生じる“距離”の変化について執筆してもらった。

テクノロジーと距離

引っ越しのバタバタによってテレビの電源が点かなくなってしまった。重い腰を上げて近所の家電量販店を物色しに行くのだが、画面の大きさやデザイン以上の判断基準を持ち合わせていない。思い返せば液晶テレビが出始めの頃、その“薄さ”について熱心に取り沙汰されていた記憶があるけれど、あれは一体何だったのだろう。テレビを側面から見る瞬間など無いじゃないか。売り場にはフルハイビジョン、4K、8Kなどの触込みと共に商品がずらりと並べられており、画面には美麗さの一切が生かされることのない初代・水戸黄門が映し出されている。電機屋特有の落ち着かなさを全身で浴びながら手も足も出ない状態でぼーっと突っ立っていたところ「何かお探しですか」と付近にいた店員が声をかけて来た。僕は「こういうの全然分かんないすね〜」というスタンスで今の状況や予算など伝える。紹介されたのは聞き馴染みのあるモデルの古い型のやつで、“フィルムデジャダー”なる機能をやたら強調してくる。説明は今一つピンと来なかったが、値下げされていたし見た目もサイズもちょうど良さそうだからと購入を決めた。

家に帰り早速電源を入れると、ひな壇系のバラエティがやっていて、同時に強烈な違和感を覚える。人間の動作がいやに滑らかなのだ。どうやらフィルムデジャダーというのは映像のコマ数を増やす補間機能らしい。地上波の番組はおろか、映画的情緒を担う大事な24コマも強制的に60コマに引き伸ばされてしまう。コマ数が増えることで映像としては見やすいものになるのかもしれないが、この現実離れしたヌルッと感がどうにも納得いかない。こんな調子で四六時中フィルムデジャダーの違和感について考えているうちに、映像とは即ち“距離”なのでは?という意識が芽生え始める。

ショーン・ベイカー監督の映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』では、ディズニー・ワールド・リゾート近隣のモーテルで生活する貧困層の人々が描かれ、作品のラストはiPhoneで撮影されたと思しき印象的なカットで終わる。シチュエーションから察するに制作上の都合なのだろうけれど、iPhoneのカメラが活写する代替不可能な日常感みたいなものが妙に生々しくて、僕の世界と連続性のある物語だということを急に突き付けられたようでドキッとしてしまった(新作『レッド・ロケット』も素晴らしかった!)。

そういえば、ビー・ガン監督の映画『凱里ブルース』でも、全編に渡り緻密な映像表現が連なっていく中で明らかにラフっぽいカットがあったのだが、あれもiPhone撮影なんじゃないかと睨んでいる。ビー・ガン作品に漂う悲哀と可笑しみのようなものがダイレクトに感じられる素晴らしいシーンだ。

フィルムデジャダーは映像に含まれるさまざまな距離を、押し並べて均質的なヌルヌル世界に落とし込んでしまう非常に厄介な機能だ。これでは貞子も本領発揮できないだろう。

さて、一応音楽で身を立てている人間としては、楽器やビート、声やリズムなんかでも距離の変化を感じたりする。中でも分かりやすいのは言葉じゃなかろうか。僕は曲中で出し抜けに《This is Mom》と自分の名を表明するのが好きだ。これはヒップホップ的振舞いを踏襲してやっていることだが、歌の中で歌い手の存在が突如現れる瞬間というのは、聴き手がその歌と無関係ではいられなくなるような感じがしてとてもスリリングだと思うのだ。

フランスの作家ミシェル・ウエルベックは、小説の中で自身の存在を頻繁にちらつかせる。『地図と領土』ではウエルベックが本人役でがっつり出てくるし、『プラットフォーム』に至っては主人公の名がミシェルである。この悪態をついたようにもチャーミングにも感じられる態度が、作品の虚実をぐちゃぐちゃにして、物語におけるフラストレーションや痛みをより一層リアルで鋭利なものにしていると思う。

つまるところ僕らは、物語の中で描かれる虚構の世界に少し気を許しすぎているのかもしれない。僕はねこぢるの漫画が好きなのだが、一見すると愛らしい絵柄のねこぢるたちが妙に実在感のあるキャラクターや悪意の発露と共に今いる現実世界を侵食してくるあの恐ろしさ。例の“距離を詰められる”感覚の正体は、あらゆる文明的な表現形態に対する一種の安堵であり、驕りのようなものかもしれない。そして、そいつが覆される瞬間の痛快さも同時に知っているのだ。

なんだか話の収拾がつかなくなってきた。フィルムデジャダー恐るべし。これからもテクノロジーの趨勢と音楽資本の渦の中、もがきながらやっていくしかないんだろうな。好奇心だけはどうにか絶やさず頑張ります。こんな結びでどうでしょう。This is Momでした。距離、縮まった?

RELEASE INFORMATION

Mom 6th album『悲しい出来事 -THE OVERKILL-』

2023年11月8日リリース
Label:ClubDetox

Tracklist:
1. ごめんね
2. 雑稿 pt.1
3. ミッシングストリート
4. 涙 (cut back)
5. 僕はもうあなたにはなれないだろう
6. 生活のレトリック
7. オーバーキル!!
8. 猫が飼いたい
9. 実験
10. ロストチャイルド
11. 鏡の街、直線の虹
12. YOUNG LUST / ARCHIVES
13. かつての鳥たち
14. マクドナルドのコーヒー
15. 透明になるまで
16. 回転するイノセンス
17. 雑稿 pt.2
18. バッドデイズ・オンファイヤー
19. ラストシーン
20. この時間における殺人者
21. 悲しい出来事
22. さようなら、サイエンスフィクション
23. 今日のニュースとこれからの計画
24. 物質404
25. OFFLINE

▼各種ストリーミングURL
https://linkco.re/qabfzhsq
▼CD購入URL
https://clubdetox.stores.jp/items/651f5f1ddacada012aef8b99

EVENT INFORMATION

Mom and The Interviewers GIG #1 YOUNG LUST

2023年12月14日(木)at 渋谷・Spotify O-nest

OPEN 19:00/START 19:30
チケット:ADV ¥3,500(税込、All standing、1D代別)

※SOLD OUT

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Mom(マム)

現行の海外ヒップホップシーンとの同時代性を強く感じさせるサウンドコラージュやリズムアプローチを取り入れつつ、日本人の琴線に触れるメロディラインや遊び心のあるリリックでオリジナリティを発揮するシンガーソングライター/トラックメイカー。音源制作のみならず、アートワークやMVの監修もこなし、隅々にまで感度の高さを覗かせる。

2018年より活動を本格化させ、同年11月に初の全国流通盤『PLAYGROUND』をリリース。2021年春には、自身2度目のタッグとなったAppleのTVCM「Macの向こうから」シリーズに、3rdアルバム『21st Century Cultboi Ride a Sk8board』収録の「あかるいみらい」が起用され大きな話題となった。

独自のセンスがクリエーターやアーティストから支持され、NHK番組の音楽制作や、ゴスペラーズ、サニーデイ・サービス、ももいろクローバーZへの楽曲提供などその活動は多岐に渡る。また、チュッパチャプスやVANSをはじめ企業ブランドとのコラボレーションも行うなど、精力的に活動を行っている。
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