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止まるところを知らなかった2023年のライブシーンが落ち着き、ライブハウスやクラブのカウントダウンイベントのフライヤーを吟味しながら、年の瀬を感じる季節。飛躍的にライブイベントが増えた2023年は、どんなに早耳のリスナーでもその全てを網羅するのは難しかっただろう。筆者自身、知らずに見逃して後悔したライブがいくつかある。
2023年は、日本を含むアジア圏内のアーティストの往来が目立った1年だった。かつて「来日公演」といえば、アメリカやイギリスなど欧米アーティストによるものが中心だったが、その意識が変わったという人も多いのではないだろうか。まずは、日本からアジアのイベントに出演したアーティストについて振り返ってみたい。
香港の音楽フェスティバル<Clockenflap>は、3日間にわたって開催される<SUMMER SONIC>のような都市型のイベントで、アクセスのしやすさとジャンルを横断したラインナップが人気のフェスティバル。コロナ禍の中止期間が明け、4年ぶりとなった今年は3月と12月の2回にわたって開催された。出演した全9組の国内アーティストのうち、12月開催分でYOASOBIがヘッドライナーを務めたことが大きな話題になったが、Arctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)がヘッドライナーとして出演した3月開催分にmilet、羊文学、CHAI、MONOが出演したことが今年のトレンドを予感させるニュースだったように思える。日本で新型コロナウイルスが5類に変更されたのは5月。イベント参加、ひいては海外旅行の是非が未だに個人の判断によって分かれていた当時の世の中で「日本のアーティストもアジアのフェスに出る」ことを意識づけたターニングポイントだった。
さらに、<Clockenflap>への出演は「海外のフェスに出演した」という既成事実を作るためだけの出来事ではなかったことにも言及したい。サウンドチェックからDaft Punk(ダフト・パンク)の「Get Lucky」を演奏して集まったオーディエンスを踊らせていたCHAI。2度のアメリカツアーを経験し、ライブバンドとしての貫禄を十分に発揮していた。「You’re neo kawaii!」とステージから全方向のオーディエンスに向かって叫び、代表曲「N.E.O.」へと畳み掛ける本編の終盤の演出は圧巻だった。かつてイギリス領だった香港という土地のあらゆる人種の観客が集まった空間で「ありのままを肯定する日本語の曲」が受け入れられていること。欧米のアーティストでなくてもYouTubeで見る<Glastonbury Festival>のような一体感のあるライブが可能だと希望を感じさせる瞬間で、筆者も思わず涙ぐんでしまった。SNSやサブスクが発達し、言語を問わずアーティストとファンが複数の接点を持てるようになった末に満を持して海外公演を迎えることができた結果だろう。
他にも、おとぼけビ~バ~や水曜日のカンパネラらがインドネシア・ジャカルタで開催されたフェスティバル<Joyland Festival>に、AwichやJP THE WAVYなどがタイで開催された<Rolling Loud Thailand>に出演したりと、ジャンルに限らず日本のアーティストがアジアのフェスに出た事例が多くある一方で、多数のアジア諸国のアーティストが日本で公演を行ったことも今年の特徴だ。
9月の最終週に軽井沢で初開催された<EPOCHS 〜Music & Art Collective〜>には中国・北京からDOUDOU from 福禄寿FloruitShow(フロルイトゥショウ)、タイのYONLAPA(ヨンラパ)、インドネシアのWhite Shoes & the Couples Company(ホワイト・シューズ・アンド・ザ・カップルズ・カンパニー)など全4組のアーティストがアジアから参加した。シティポップのレジェンド・大貫妙子も出演した同フェスで、シティポップとその影響を公言しているアジアのアーティストの共演が実現した希少性に加えて、YONLAPAのボーカル・Noi Naaは出演を記念してSTUTSとのコラボレーション楽曲「Two Kites」をリリースした。共演を超えて、共作までも果たして新しいレベルでの交流が生まれている。
この1年を通して、<EPOCHS>のようなフェスや単独公演などでの来日公演は多く見受けられたが、2023年のアジアでの音楽シーンの交流を語る上で見逃せないのは、11月に開催されたイベント<BiKN shibuya>だろう。<Coachella>に出演した台湾のバンド・落日飛車(Sunset Rollercoaster)や中国のインディーロックのベテラン・Carsick Cars(カーシック・カーズ)、日本からはCody・Lee(李) やOGRE YOU ASSHOLEなど、アジア各国から40組近いアーティストが集結し、渋谷のSpotify O-EASTなど6会場でイベントが行われた。“アジアアーティストのショーケース”という明確なコンセプトを持った同イベントは、<森、道、市場>や<GREENROOM FESTIVAL>などの定番から新規のものまで大小様々なフェスが開催された1年のなかで、特に存在感を示していた。主催者の藤澤氏がDIGLE MAG掲載のインタビュー記事でも語っているが、「日本がアジアの中で孤立している」という危機感から開催に至ったという経緯を裏付けている。来年以降の開催にも意欲的で、日本発信の新たなコミュニティが形成されようとしている。
フェスティバル単位のみならず、アーティスト単位でのアジアとの交流も盛んだった。コロナ禍の雰囲気が色濃く残っていた2022年からDos Monosや青葉市子らが海外での公演を行っていたが、今年の特筆すべきはThe fin.が1年で2度、中国ツアーを敢行したことだろう。
今年の6月に12公演に及ぶ中国ツアーを開催し、全公演ソールドアウトの大盛況で終えたThe fin.。それからまもなくの10月には1000人規模の会場や初めての都市での日程を含む8都市9公演の<China Tour Part 2>を開催した。親日家として知られるNoel Gallagher(ノエル・ギャラガー)の2023年のジャパンツアーでさえ4年ぶりだったのだから、The fin.の中国での人気ぶりとそれに応えようとするバンドの明確な姿勢が読み取れる。
The fin.が実直な海外公演でその人気をより強固なものにした一方、YOASOBIはこの上ないタイミングでの初アジアツアーでアジアのファンとの関係性を確立した。「夜に駆ける」以降の断続的なヒット曲で注目を集め続け、今年リリースした「アイドル」でさらにその人気に火がついた。SNSを席巻し、十分に認知を獲得したタイミングで香港の<Clockenflap>のヘッドライン公演を含むアジアツアーを開催。チケットは一瞬でソールドアウトとなった。海外で受容される音楽のジャンルに傾向はないが、「積極的に現地で公演を行っている」ことは共通項として挙げられる。アジアに限らず欧米圏での評価も高い青葉市子も2022年から継続的に海外での公演を続けている。SNSやサブスクで生まれた接点をライブというオフラインの空間に繋げているのだ。気軽にライブができない海外だからこそ、現地のファンが実際に好きなアーティストのライブを見れる場を設けることで、ファンの熱量を可視化し、その熱量が新しいファンへと伝播する好循環が生まれている。ファン一人一人の熱量はデジタルプラットフォームでの指標では測れない。
日本とアジアのアーティストの双方向の往来は来年以降も続くと考えられる。今年以上に活発になることさえ容易に想像でき、ファンの交流も盛んになるだろう。現に、中国本土で根強い人気を誇るバンドShe Her Her Hersの渋谷でのライブで、中国のファンが半分以上占めていてMCもほとんど中国語だったということを経験したことがある。このような状況が続けば、「インドネシアのアーティスト」や「シンガポールのバンド」という表現は、ただのマーケティング要素でしかなく、国やジャンルに囚われずにいろんなオーディエンスに聴かれる可能性が十分にある。そんな時、YONLAPAのボーカル・Noi NaaとSTUTSや、タイのバンド・ FORD TRIO(フォード・トリオ)とHelsinki Lambda Clubのように、親和性の高いアーティスト同士のコラボ曲の制作が、新しいファン獲得に繋がるかもしれない。アーティストの往来が盛んになった先の未来に、コラボ曲制作が活発になる展開を2024年には期待したい。
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