どこにいたってもう私は私だった。惠 愛由(BROTHER SUN SISTER MOON)が描く自分らしさとは?

Column

文: 惠 愛由(BROTHER SUN SISTER MOON)  編:riko ito 

毎月テーマを設けてインタビューやコラム、プレイリストを掲載していく特集企画。2024年3月は“One and Only ―誰にも真似できない表現―をテーマのもと、唯一無二の表現を続けるアーティストたちに登場してもらい、その根源となっているものを探っていく。今回の記事では、BROTHER SUN SISTER MOONの惠 愛由(Ba. / Vo.)に、“自分の個性を作り上げるために大切にしていること”や”自分らしさ”をテーマにコラムを執筆してもらった。

“信じる”とはきれいだなって思うこと、それを恥じないこと

AM11:53、二日酔い。コンビニでスムージーを買って公園まで歩く。最近、よく忘れる。忘却は心地がいいし、忘れるから怖がらずに何度でもできることがある。だけど昨日、あの人がベランダでどんな顔をしてたか、もう少しちゃんと見ているんだった。もっとちゃんと、あそこに立っていればよかった。うーん。でもまあ、とひとりごち、ピンクのストローをずずとすする。 

こないだ、年下の友だちが「あゆさんはキッズなんです」と言った。そこが好きなんです。そういうその人の子どものような頬、声の調子を再生しながら、どっちが、と今さら笑う。でも、ちょっとわかる、それって世界のこと好きみたいなことじゃない? それならたしかにそうだ、とも。私は、世界のこと好きだと思う。たぶんだいぶ。そういえばいつか、こう言われたこともあった。あゆちゃんは信じてるよね。あれ、なんかどっちも同じことかも。キッズ、信じる、信じてる。 

三月だというのに、あまりに風が強くて肩をすくめる。思い出すこと。記憶はいつも頼りないものだけど、思い出すことは好きだ。小さい頃、教会に通っていた。プロテスタントの教会で、とても寛容な空気のただよう、坂の上に建つ白い洋館だった。自然豊かな場所だったから、私はほとんど遊びにいっているつもり。裏の雑木林でカブトムシを採ったり、草むらの中で花を見たり。生っているざくろやきんかんを勝手にむしって食べたり、拾われてきた犬と一緒にいたり。でも、礼拝で歌われるワーシップソングを聴くと、いつも涙が出た。身体の中にある水が音に押されてせり上がり、顔にあいた穴からこんこんと湧き出るみたいに。あれはどうにも、理由のつかない涙だった。

教会にはいろんな人がいて、突然現れて空き部屋に住み始めたかと思えば、ある日静かにいなくなることもあった。元ヤクザのおっちゃんや、ホームレスだったNさん。学校や会社が苦しい人、家族が怖い人。ただ聖書を学びたい人、歴史や言語に興味がある人。自分のかたちを確かめるために来る人。  
そこにいるさまざまな人の出自について、子どもの私には誰も説明なんてしなかった。だから、ただ一緒にいて、昼ご飯を食べたり、どうでもいい話をしたり、楽器を弾いたり、草から作ったお茶のような色の水を並べたジューススタンドに招き、飲むふりをしてもらったりするのが楽しかった。 

教会で覚えたことに、祈りがあった。

手放したいとき、誰かを思うとき。もう打つ手はないのだと感じるとき。私は今でも祈る。それは、歌を歌っているときの気持ちにも少し似ている。(あ、そうか、ゴスペルは 祈りなのだ。自分が小さな者であるのを赦すことが祈りの本質だとすれば、わからないけど、歌うことは受け入れることと何かつながっているような気がする)。

と、ここまで考えて、はっと時計を見る。
PM12:21。なんとなくこの場所でたまに会う猫の姿を探すけれど、今日もいないらしい。元気でいるといいけど。
戻ろう、と立ち上がって、歩き始める。なんかきっと、私はいつまでもうぶで、あらゆることに慣れないだろう。でも、だからすぐ泣けるのかも。感動するから。そのことは、恥じないから。ああ、もしかすると、信じるってそういうことなのかもしれない、きれいだなって思うこと、それを恥じないこと。

最近わかったけれど、どこにいたってもう私は私だった。走り出すと、目が乾いて光景がかすむ、水があれば飛び込んで、息がつづくところまで泳いでいく、ぷはと顔を上げたとき、ここがどこだかわからない、私は思わずふりかえる、岸辺にはあなたがいるだろうか? あなたにいてほしい、きっとそこにいて、手を振って、私は手を振りかえすから。もうすぐ、春が来る。

PROFILE

惠 愛由(めぐみ あゆ)

1996年生まれ、水瓶座。BROTHER SUN SISTER MOONのベースとボーカルを担当。Podcast「Call If You Need Me」を配信するほか、文筆や翻訳業も。訳書に『99%のためのフェミニズム宣言』(人文書院)など。

BROTHER SUN SISTER MOON(ブラザー・サン・シスター・ムーン)

2017年大阪にて結成。惠翔兵(Vo. / Gt.)を中心に、惠愛由(Vo. / Ba.)、岡田優佑(Dr.) の3人が作詞や作曲、演奏パートを適材適所でフレキシブルに担当。

形式にとらわれない自由な創造力が生み出すサウンドスケープ、エヴァーグリーンな輝きに満ちたメロディが日本国内外のリスナーから注目を集める。

2021年10月に1stフルアルバム『Holden』をリリース。ゲストミュージシャンにはGRAPEVINEやサニーデイ・サービスで活躍する高野勲、Gateballersから濱野夏椰が参加。2022年には仏レーベル〈Kitsuné Musique〉よりシングル「Fake My Heart」をリリースした。

INFORMATION

ZINE『Call If You Need Me: feminism, sexuality, care』

発行:惠愛由、井上花月
価格:¥2,000(税込)
発売日:2023年12月18日

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