OPNの音楽が物語と並走する。クライム映画『グッド・タイム』|EDITOR'S SELECT 006

Column

文: Kou Ishimaru 

編集部メンバーが今オススメしたいもの、興味のあるものについて語る連載企画。今回は映画『グッド・タイム』について。

第6回:映画『グッド・タイム』 by 石丸

初めてEDITOR’s SELECTを書くにあたって、優柔不断な自分は何を題材にするか迷いに迷った。遂に締め切り日前日。スマホから発せられる体に悪そうな灯りと周囲の暗闇の対比が夜の深さを物語り、順番待ちに並ぶ朝の気配をすぐ背後に感じて焦る。重いまぶたに抵抗して、iPhone片手に思い浮かぶテーマを整理していると、自分の親指は意識とは関係なく、見えざる手によってNETFLIXのアイコンに連れられ、最近再生した動画欄に並ぶ『グッド・タイム』を押した。

『グッド・タイム』は、2017年に公開されたクライム映画。『神様なんかくそくらえ(2014年)』や直近だと『アンカット・ダイヤモンド(2019年)』で記憶に新しいジョシュア&ベニー・サブディ兄弟が監督、『トワイライト』のロバート・パティンソンが主役として悪行重ねる男を演じ、常に優しさと不器用さをまき散らしながらヒリヒリと内面を晒す名演を果たした。

『グッド・タイム』DVD発売中
© 2017 Hercules Film Investments, SARL

あらすじはと言うと、NYを舞台に主人公である兄・コニー(ロバート・パティンソン)とベニー・サブディ自身が演じる弟ニックが銀行強盗をした後、ニックだけ捕まって投獄されてしまい、コニーが弟を保釈させるために奔走する姿を約1時間半に収めた物語だ。

弟は知的障害を持っており、最下層に生きるコニーは弟への愛ゆえに二人で暮らす牧場を買う資金を集めようとするのだが、方法が強盗しか思いつかず、弟を巻き込んで犯罪に手を染めてしまう。施設からニックを唐突に連れ出し、間髪いれず目だし帽を被ったシーンでは半笑いで「いや、いきなり盗みかい」とつっこみたくもなったが、この映画に出てくるキャラクターは、後に出てくる者も含めてほとんどが貧困層にいることを忘れてはいけない。

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© 2017 Hercules Film Investments, SARL

この映画は何と言っても音楽が最高だ。最新作の『アンカット・ダイヤモンド』と同じく、全編のサウンドトラックをOPN(ワンオートリックス・ポイントネヴァー)が手掛けており、このサウンドトラックが風を切るようにして、物語に体感速度を加える重要な役割をしている。

ループで繰り返されるシンセのシーケンスが唸る上で、それを無視するかのように伸びやかでシリアスなリードフレーズが展開される様は、格差やコミュニティ同士の溝が拡大して生活が分断された今の社会、そしてそういったカオスを写しているようにも見える。80年代のSFを思わせる酩酊的なシンセの蛇行が、どこか現実から離れたネオンな色調を彷彿させ、行き当たりばったりで行動し常に状況が悪転していくコニーと共に物語の中を並走していく。

話が脱線するが、『アンカット・ダイヤモンド』では、今まさに新譜がチャートを席巻している最中のシンガー・The Weekndが本人役で出演していたり、ロバートパティントンが2017年まで付き合っていた元カノがFKA Twigsだったりと、このサフディ兄弟監督周りでは音楽シーンを賑わすミュージシャンの話題が尽きない。映像と音楽の在り方の根本が揺らいでいる今、映画の中で現行の音が鳴っていることは、一種の意思表示としても好感が持てるし信頼できる。

話を戻そう。コニーは利己的で罪深く、周りを巻き込みながらどうしようもない選択ばかりをしていくのだが、明確な悪意を持って他人を貶めるようなことはしない。不器用さの中に垣間見える繊細さ、優しさや澄んだ瞳からは妙な説得力を感じるし、彼本人の悪の部分よりも、彼をそうさせた背景の方が気になってしまう。

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© 2017 Hercules Film Investments, SARL

舞台であるNYの路上は遠く離れた世界だと割り切ってしまえば、コニーに共感できる瞬間は多くないだろう。しかし、自分のバンドの曲がプレイリストに載ることで再生数が大きく回ったり、リモートワークが可能なバイトをしているからこそ偶然コロナ禍でも財布がやせ細らないように、自分の今の生活が社会に影響を受けた上で成り立っているのは確かだし、当たり前のように行っている日々のチョイスが傾いた構造に加担してしまうことも自覚している。そういった瞬間の積み重ねが、実際にはコニーの生きる世界が遠くのものではなく、こちらとひとつ繋がった世界での出来事であることを強調するのだ。

社会派ドラマなのかブラックコメディなのか、笑えるのか笑えないのか絶妙なラインをすり抜け、見るものを引き込んでゆく『グッド・タイム』。このカオスは、もはやその人が置かれた背景がそこに住む人間のレイヤーに漏出し、当人の生き方にすら影響してしまうことが明らかになってきた2020年にフィットしており、今味わうべき作品であることは間違いないだろう。

INFORMATION

映画「グッド・タイム」

監督・脚本:ジョシュア&ベニー・サフディ兄弟

出演:ロバート・パティンソン、ベニー・サフディ、ジェニファー・ジェイソン・リー、バーカッド・アブディ、バディ・デュレス

配給:ファインフィルムズ

2017年/アメリカ/カラー/英語/100分/原題:GOOD TIME

画像提供:株式会社ファインフィルムズ
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© 2017 Hercules Film Investments, SARL

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