文: 久野麻衣 写:Kazma Kobayashi
EDMが世界の大きなトレンドとなり、音楽フェスでも主要ステージでパフォーマンスを披露するようになっていくことで、その魅せ方も大事なクリエイティブの要素となってきた。そういった流れの中でVid Thё KidというDJ&ヴォーカルユニットが生まれるのはとても自然なことだったと思う。生歌とベースミュージックの融合は大きなステージでこそ、その力を発揮する。着実に大きなステージへと歩みを進める彼らに、そのルーツや目指すべきものについて話を聞いた。
ー結成の経緯を教えてください。
IBuKi:
僕は宮崎出身で高校卒業と同時に上京してきたんですが、その頃エンターテイメント集団を作りたかったんです。その為にはまずボーカルが必要だと思ってTwitterで探していたところ、Kylieが高校の文化祭で歌っている動画を見つけたんです。アカペラでKaty Perry の「Roar」を歌っていたんですけど、“これは絶対将来やばくなる”と思って声をかけたんですよ。上手かったし、その度胸がすごいと思って。Kylie:
最初声かけてもらったとき、東京でIBuKiがイベントをやるからそこで歌ってほしいって言われたんです。でも、イベント後はTwitterは繋がっているけど特に連絡はとってなかったんですよね。IBuKi:
Kylieが留学いったから余計にね。Kylie:
それで期間があいちゃったんですけど、急に連絡がきて…。IBuKi:
そこでKökiに出会ったんです。元々は友達の繋がりで間接的に知っていたんですけど、去年の1月くらいからInstagramのストーリーに曲をアップしているのを見て、Kylieと合わせたらやばいのができるなと思って「会いたいです」って連絡して。Kökiとはその時が初対面でした。それでKylieに「やばいトラックメーカーがいるから」って話をして、3人で会って一緒にやっていこうということになりました。ーでは出会ってまだ間もないんですね。
Köki:
全員会って1年くらいですね。ー出会って間もない3人がユニットとして活動を進められているのは、音楽的な背景が噛み合っているのかなと思うのですが、みなさんそれぞれの音楽的ルーツを教えていただけますか?
Köki:
僕は子供のころはJ-POPをずっと聴いていたんですけど、高校を卒業してからメタルやハードロックにハマって、海外の古いものから新譜まで片っ端から聴きました。ーどんなアーティストがお好きでしたか?
Rage Against the MachineやNickelback、FALL OUT BOY、 Bullet for My Valentine、Marilyn Manson、Linkin Parkとかですね。
ーそこからなぜダンスミュージックに?
Köki:
だんだん飽きてきたというか、聴くのが作業になってきちゃって。バンドの音楽は大体ギター、ベース、ドラム、ボーカルと構成が決まってるじゃないですか。ギターの歪ませ方やリズムの取り方で好みが決まることが分かって、つまらなくなってしまって。その時にレーベルに入ってA&Rの仕事をし始めて、ダンスミュージックを聴く機会が増えたんですけど、次から次へと聴いたことのない、知らない音が出てくることがとても新鮮で。そこからダンスミュージックやヒップホップを聴きはじめました。ーそこから作ってみようと思ったきっかけは何だったのでしょう?
Köki:
レーベルで働いている時、目の前で曲を作る過程を見ていたのでダンスミュージックの作り方はなんとなくわかっていたんです。これなら自分でもできそうだと思って事務所にあった古いiMacで作り始めました。やり方がわかった状態で始められたのは大きかったですね。ー元々の楽器経験は?
Köki:
楽器は全然弾けないです。なので自分のやり方は多分めちゃくちゃだと思います(笑)。曲作りを始めたのはヒップホップが先だったんです。ヒップホップはだいたい1個のリフを展開していくので、これだったら作れそうだなって思って。ーヒップホップで参考にしたアーティストは?
Köki:
Lil Uzi Vert、DJ Mustard、Mike Will Made-It、Metro Boominとか、その辺を片っ端から聴いていましたね。ーIBuKiさんはどうですか?
IBuKi:
僕は父親がディスコに通っていて、家でも洋楽が流れているような環境だったので、自然と洋楽が身についてました。小学4年生の頃に父親が海外出張のお土産で洋楽のミックスCDを買ってきてくれたんですけど、そこにはFlo Ridaの「Low」やFergieの「Fergalicious」が入っていたんです。そのMVを見てみたら、すごくパーティー感あって“こういうのやりたい!”って思って。それから自分で色々と掘って聴くようになりました。ー小学生でそのパーティー感に憧れるのはすごいですね。
Köki:
とんだマセガキですよ(笑)。ーそこからどんな音楽を聴いていたんですか?
IBuKi:
ビルボードのトップ100に入るようなアメリカのメジャーシーンを追っていました。そうしていくうちにDJをやりたいと思うようになって、高校3年生の頃にDJを始めて、文化祭で初めて人前でプレイしました。田舎だったのでクラブミュージックの概念なんてありませんでしたけど、トラップやダブステップを流したらみんな盛り上がってくれていました。ーDJは誰かに教わったんですか?
IBuKi:
最初は地元でDJをやっている人に繋ぎ方を教えてもらいました。それからEDMを聴くようになって、Hardwellのプレイとセットリストを見ながら曲の種類や繋ぎ方を学んで、再現できるように練習していたんです。マッシュアップの方法もHardwellから学びましたね。ーKylieさんはどうですか?
Kylie:
私はずっと4歳上のお姉ちゃんに憧れていて、ファッションや音楽もお姉ちゃんにすごく影響を受けてきたんです。お姉ちゃんが洋楽を好きになったタイミングで私も一緒に聴くようになって、当時流行ってたJustin Bieber、Avril Lavigne、Katy Perryをよく聴いてました。英語は理解できなかったけど海外シンガーのノリが好きだったんです。Kylie:
あとKaty Perryの「California Gurls」のMVの世界観がすごく好きで、こんな風に世界観を表現できるようになりたいと思ったんです。強く影響を受けたアーティストは特にいませんが、きっかけを作ってくれた人はAvril LavigneとKaty Perryですね。ー留学したのは海外の音楽が好きだったからですか?
Kylie:
音楽をやっていくなら英語で歌いたいし、英語を勉強しておいて損はないかなと思って、高校3年生の間はカナダで過ごして英語を習得しました。ー向こうでは音楽活動をしていたんですか?
Kylie:
カナダで初めてボイストレーニングに行ったんです。そこでは英語で歌う際の発音についてたくさん指導してもらいました。帰国してからもボイストレーニングは受けましたが、日本は表現技術についての指導が多いんですよね。ーなるほど。他にも帰国後は何か活動されていたんですか?
Kylie:
バンドを組んだり、アコギで弾き語りのライブをしていました。私もアメリカのトップチャートに入るような音楽が好きだったので、その時流行ってたものをカバーしたり。ダンスミュージックは音が多いから明るい曲に聴こえるけど、しっとり歌えば切なく聴こえるし、ガラッと聴こえ方が変わるところが好きだったんです。TAG;
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