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文: 黒田 隆太朗 写:木村篤史
<この国で/オリンピックがもうすぐある>ーーこの言葉はもはや呪いだ。「2020年」を目掛けて行われる、開発にも政策にもウンザリしている人間は少なくないだろう。お祭りを前にしても、どこか上がりきらない気分を拭えない。
いや、オリンピックに限った話ではない。人間はピークへと向かって進んできたつもりが、その実崖っぷちに向かって行進しているだけなのかもしれない…そんな時代の空気に対するリアクションがドレスコーズのアルバム『ジャズ』である。
ジプシー音楽を基調にし、「人類最後の音楽」を掲げて作られたいわくつきのゲイジュツだ。さて、端的に言えば本作における主題は「滅亡の一途を辿っている人類」(もしくは新時代を迎えるにあたり滅びる我々)であり、志磨遼平という作家は時代の写し鏡として本作を作っている。
滅びを前にした最後の喧騒と長閑、それが今の世界の在り様だと彼は歌っている。…思えばゆらゆら帝国だって「ソフトに死んでいる」と歌っていたじゃないか。僕らの時代はここらでお開き、ということなのだろう。『ジャズ』はこの時代のドキュメントである。時代性、普遍性、尖鋭性、そのすべてが揃っている。
ー明らかに素晴らしいアルバムだと思います。言葉の面でも曲の面でもトピックの多い作品ですが、まずは抜群に音が良いです。
やったー! それは嬉しい評価ですね。
ーそうした聴き所の多い作品ですが、まず何故ジプシー音楽を基調にしたアルバムを作ろうと思ったのか、そして何故その作品が『ジャズ』と冠せられたのか、そこから聞かせていただけますか。
僕はエミール・クストリッツァという映画監督が大好きなのですが、作品の中で頻繁に使われるジプシー音楽がとにかく素晴らしくて。その劇中音楽を演奏している楽隊は、監督自身もギタリストとして参加している実在のグループであるということを知り、Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra名義での来日公演を2年ほど前に観に行ったんですね。
それはそれは本当に素晴らしかった。音楽的でありながらショーアップされていて、彼の映画まんまのお祭り騒ぎで。それに感化されて「ドレスコーズでジプシー音楽をやるとどうだろう」と考え始めた頃に、ちょうどクルト・ヴァイルの音楽劇「三文オペラ」(ベルトルト・ブレヒトの戯曲で、クルト・ヴァイルが作曲を手がけた音楽劇。初演は1928年)の音楽監督の依頼がありまして。
ー昨年志磨さんが音楽監督を務めた舞台ですね。
あれもブラスが中心になっていながら、色々な娯楽音楽のミクスチャーとでも言いますか、(初演が行われた)当時生まれて間もないジャズやタンゴといった、様々な音楽がごちゃ混ぜになってできているものですね。
それを割と真面目に半年ほどかけて研究しましたので、自分の興味が完全にヨーロッパの古い管弦楽みたいなものに向かいまして。
いよいよ次はこれ(ジプシー音楽)だなっていうことで、去年末辺りから『ジャズ』の制作に入りました。
ー音楽的には志磨さんのキャリアの中でも挑戦的な作品になっていますが、どういう青写真を持っていましたか。
哀愁のある響きや旋律でありながら、どこか狂騒的でワーっと何かに煽られるように熱狂していくグルーヴに惹かれていることを、クストリッツァのライヴを見た時に感じていました。
そして、これはアルバムのコンセプトにも符合してくる話しなのですが、たとえば江戸時代の「ええじゃないか」のような、ちょっと終末思想のようなものがある中で民衆がから騒ぎをしているようなムードの音楽を作ろうと思っていました。つまり、滅びの音楽というようなイメージですね。
ー何故今そういう作風に惹かれるんですか?
なんでですかね……でも、社会的なムード、時代のムードというものからは、音楽家も画家も詩人も逃れられないものだから。僕が(求めている)というより、今の時代のムードがそうさせたということになりますかね。
ーそれについて詳しく聞かせていただきたいのですが、まずこの音楽には宗教的なエッセンスが多く含まれています。社会のムードを反映した作品を作ろうとした時、作風がそういうものになっていったのはどういう理由からですか。
まず、自分達の意識みたいなものが今、大きくシフトするタイミングを迎えていることは、きっと誰しもが感じていることですよね。
たとえば、社会には大小を含めて様々な問題がありますが、我々市民が互いのことをなるべく思い合って、格差や性差をなくし、誰もストレスを感じずに生きていけるような社会を目指そうという理想に近づいていっている実感は、きっと過去に比べれば多くの人にあるはずなんです。そしてそれは、非常に良いことだと皆感じている。
ーはい。
でも、それは動物として考えるとあまりに穏やか過ぎるというか、弱肉強食の生存競争を否定する動物なんて、歴史上で今の我々ぐらいじゃないかと。
たとえば熱は摩擦なくして生まれないわけで、その摩擦を避けている自分達は、このままゆっくりと熱を失っていくだけの、既に繁栄の盛りを過ぎた種族なんじゃないのかと、そんなことを僕は思ったわけです。
ーなるほど。
それで調べてみると、生物学だとか、社会学の先生達も、我々は今大きなシフトの時を迎えているが、そう遠くないうちに滅びる途上にあるんだとおっしゃっている。やっぱり自分が考えていることはあながちおかしいことではないなと。
かつて僕達は世界の終わりを、大地震であるとか核戦争、あるいは恐ろしい発明をしてしまった自分達への天罰のようなもの、もしくは隕石のようなものが降ってくるといった突然のカタストロフと共に訪れるのだろうと想像していましたけど……もしかすると凄く穏やかに、平和的に老衰するように坂を下っていくんじゃないだろうかと気づいたわけです。
ーそれで<核兵器じゃなくて/天変地異じゃなくて/倫理観と道徳が/ほろびる理由なんてさ>(「もろびとほろびて」)と。
穏やかな滅び……つまり、自分達の道徳心みたいなものが滅びの原因になるのではないかと。もしそうだとしたら、宗教こそが人類最大の発明だったのかもしれないって思ったんです。
慈愛の精神というものを美徳にして僕らはここ何千年とやってきているわけですよね。でも、それを重んじるあまり、進化の袋小路に入ってしまったんじゃないかなと考えるようになりまして。それで今回は宗教的なイメージが、凄く大きなモチーフのひとつになりました。
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