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文: 安藤エヌ 編:Mao Oya
20日、自民党の性的指向・性自認に関する特命委員会は会合を開き、LGBT理解増進法案について意見を交わした。その際「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上、種の保存をしなければならず、LGBTはそれに背くもの」等の意見が出るなどし、法案の了承は見送られた。
こういった発言や法案そのものの脆弱性に対する懸念点を指摘する諸団体が声明を発表し、政治面でのLGBTQ+に対する理解と適切な法案の設置を求めている。よりよい社会を築き上げるために、セクシャルマイノリティへの理解と受容が必要不可欠だが、日本は欧米諸国や他の先進国に比べて体制を整えるスピードが遅れている。また、国内での同性婚も認められていないため、ライフスタイルや社会的な面においても課題が多い。
そんな中、LGBT理解増進法案の会合で発せられた差別的発言に反対する署名が3万筆以上集まった。当事者・そうでない者にかかわらず国に対して声を上げ、早急な対応を要求している人々の存在がいることで少しずつ変わった部分はあるにせよ、未だ差別撤廃の実現には至っていない状況だ。
米では2020年、職場差別を禁止した連邦法は性的指向や性自認にも等しく適用されるとの判決が最高裁により下された。この決定によりLGBTQ+当事者たちは法の下に守られることとなり、セクシャルマイノリティへの社会的な理解において画期的な躍進を遂げた。
こうした欧米の動きに対する昨今の実情を考えてみると、日本は著しく他国から遅れを取っていることがわかる。今、当事者たちが声を上げているなか、現代社会に生きる私たちはどういった考えを抱くべきなのか。LGBTQ+に対し動き出すきっかけを掴むためにはどうすればいいのか。Netflixが配信した映画『ザ・プロム』などを例に出しながら、広い視野でこの問題を見渡すためのまなざしを得ていきたいと思う。
大手配信サイトNetflixが2020年に打ち出した映画『ザ・プロム』。レズビアンの少女が、ガールフレンドとともに学校のプロムに参加しようとしたのをPTAに阻止される。そんな彼女のために落ち目のスターたちが立ち上がり、夢を実現させるために働きかけるというストーリーだ。
ミュージカル調の本作では多数の楽曲が登場するのだが、主人公エマがガールフレンドに語りかける「Dance with you」には、こんな歌詞がある。
“暴動は起こしたくない 先駆者になる気もない シンボルにはなりたくない 教訓になるのもイヤ スケープゴートになりたくない
私の望みは単純なの 何がしたいかというと ただあなたと踊りたい”
従来のLGBTQ+映画では当事者たちが主人公となり、観客にセクシャルマイノリティへの理解と潜在的な差別、偏見への気づきを与えることを目的とした作品がしばしば見受けられる。しかし、本作ではそういった「セクシャルマイノリティの当事者でない人が、当事者の人生に付随する苦しみに”気づいて”ほしい」といった主旨の意見を投げかけるのではなく、「ひとりの人間として、ただ誰かを愛したい」という特別視のされない世界を望む姿が描かれている。過度に注目され、慈悲の心を向けられるのではなく、ひとりの普遍的な人間として扱ってほしいという望みにフォーカスの当たった本作は、当事者たちとそうでない者の人生や在り方を切り離すのではなく、皆が対等である未来を願って打ち出された作品なのだ。
また、エマがネットを通じて当事者たちを励まし、合唱する「Unruly Heart」は、今の時代を生きるLGBTQ+当事者たちへのアンセムとなっている。
“世界が何といおうと この心が私の宝だと”
ストレートに胸を震わす歌詞とエモーショナルな映像は、おそらくどんな難解なテキストよりも若者の心に訴求するメッセージとなるだろう。Netflixが配信という形でデジタルネイティブであるZ世代に向けて放った本作には、これからの社会を担っていく若者に向けての希望と願いが込められている。LGBTQ+を理解するために必要な原動力ときっかけをなかなか持てない若年層に向けて作品をリーチさせることに成功した、実に理想的なモデルだといえよう。
また、別の作品になるが自分が当事者であることを家族や友人に打ち明ける”カミングアウト”がテーマとなっている映画『Love,サイモン 17歳の告白』では、こんなシーンがある。
主人公のサイモンが自身のカミングアウトをイメージする時、”これがもしヘテロ(異性愛者)だったらどうなるだろう”と考える。両親の前で少女が「わたし、男の人が好きなの」と言う。すると彼らは途端に狼狽し、「その話はあとでゆっくりしよう」と震えた声で返す。そんな想像をして、サイモンはおかしくなり笑う。なぜなら、この世界では”異性を愛する”ということは極めて普遍的な現象であると考えられる傾向が強く、娘が男を愛しているという事実で両親が動揺することは起こりえないからだ。
このシーンはコミカルでありながら、LGBTQ+やセクシャルマイノリティに対して考えを巡らせるうえで非常に的を射ているシーンだと感じる。ただカミングアウトの内容が”異性愛”に変わっただけで、思わずくすりと笑ってしまうほどシニカルで滑稽な想像になる、ということ自体が、現代社会に根付いた”誰が、誰を愛することが正しいのか”というバイアスに言及することに成功しているからだ。
異性を愛することが普遍である、というバイアスに無意識に囚われているからこそ、このシーンはコミカルに映るのであり、同性愛こそが普遍だ、と思っていればそうはならない。
普遍とは何か?何が普通で、何が違うのか?そういった問いを想起させるのに長けたシーンであり、本作は全編を通して”カミングアウト”による本人の変化と周囲の様子を真摯に描いている、いわばLGBTQ+映画の入門ともいえる作品だ。前述の『ザ・プロム』と同じように、未来を担っていく観客たちの心に残る作品でありながら、まずは小さなことからでも考え、行動してみようというポジティブな働きかけにつながる作品だといえる。
トランスジェンダーの女性が、性別変更後のパートナーとの結婚において同性婚が認められないことを機に国を相手取って提訴を決めるなど、日本においても現状を変えようとする声が増えてきた。着実に時代は変化し、従来の法律を変えるために人々は動き始めている。そんな今だからこそ、より1人1人がこの社会に生きる――それぞれに違った出自を持ち、性や指向を抱き、多様性に富んだ――人々のことを考え、自分ごととして捉えられる豊かな想像力を持つことが必要ではないか。その目に見えずとも苦しんでいる人々が存在する現状の社会について行動を起こせるようになったならば、誰もが安心して暮らせるような世界の実現が訪れることだろうと信じてやまない。
また、個々がカミングアウトしづらい社会が構築されてしまっている問題についても、個人間の偏見や差別意識が凝り固まり、集団としての概念が肥大化していることに原因があるのではないかと考える。だとしたならば、個人が変化していくことによってその概念は解消される。寛容になる・受け入れるという思考ではなく、同じように生きていく、という意識こそが、自分と他者に線引きをする差別意識をなくしていけるのではないだろうか。
世界は変わってきている。私たちも、変わらなければならない。今がその時だ。映画は、そのための一歩を踏み出す勇気と考える機会を与えてくれる。1人の声が集まって、大勢の声へ。今を生きる1人の若き世代として綴った本コラムが、受け取った読者にとって社会を前進させることを恐れず、日々を生きていくための勇気に変わることを願う。
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