Beat Tape解剖 |ILL-SUGI『WAV MECHANICAL』

Column
音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営するアボかどが、ヒップホップのビートテープを紹介。今回は、フランスやカナダのレーベルからビートテープのリリースをするほか、Dregs Oneとのコラボアルバムの制作など、海外展開を精力的に行うビートメイカーILL-SUGIの最新作『WAV MECHANICAL』を解説。

細野晴臣Yaejiなどもレジデントを務めるUKの人気インターネットラジオ局『NTS Radio』に、2011年から続く『You’ll Soon Know』という長寿番組がある。これは月に一回のペースで放送されるヒップホップやエレクトロニカの番組で、UKでDJとして活動するTim Parkerがホストを担当している。これまでにもgrooveman SpotBudamunkなどがゲスト出演して日本のビートシーンを世界に紹介してきた同番組だが、先日3月17日には神奈川出身のビートメイカーのILL-SUGIが出演。最新ビートテープ『WAV MECHANICAL』収録の「bonita bonita bonita」や「Gold tooth」、「MACHINE TATTO」など14曲をプレイした。

『You’ll Soon Know』のケースに限らず、ILL-SUGIは海外展開を精力的に行うビートメイカーだ。これまでにフランスやカナダといった海外レーベルからのビートテープのリリースのほか、ベイエリアのラッパーのDregs Oneとのコラボアルバムの制作などを行ってきた。

先日の『You’ll Soon Know』では、前半にFly AnakinVince StaplsJay Worthyなどの曲がプレイされ、後半にILL-SUGIの楽曲が放送された。The AlchemistSamiyamといった海外の名アーティストと並んでも遜色のないそのビートは、ILL-SUGIの冴え渡る手腕をしっかりと見せつけていた。そこで今回は、番組でも放送された楽曲も含む先述した最新作『WAV MECHANICAL』について紐解いていく。

ILL-SUGIのスタイルは何の系譜?

ILL-SUGIはサンプリングでビートメイクを行う、いわゆるブーンバップ系のビートメイカーだ。80年代にニューヨークで生まれて90年代に大きく発展したこのスタイルは、西海岸のMadlibやデトロイトのJ Dillaなど他のエリアにも広まって多くの名盤を生み出した。近年はニューヨークのGriseldaやデトロイトのBruiser Brigadeなどが充実した作品をリリースし、高い評価を集めている。一口にブーンバップと言ってもそのスタイルには多彩なものがある。先述したGriseldaはMobb Deepなどの影響を感じさせるストイックなスタイルを得意とし、西海岸のEarl Sweatshirtなどは歪でルーズな作風で人気を集めている。では、ILL-SUGIの作風はブーンバップの中ではどの文脈に当てはまるものだろうか?

<SOWL VILLAGE>のインタビューによると、ILL-SUGIがヒップホップの活動を始めたきっかけはWu-Tang Clanを聴いたことだという。Wu-Tang Clanはニューヨーク出身の大型ラップグループで、マッドなビートを生み出すプロデューサー・RZAを事実上のリーダーとし、Ol’ Dirty Bastardなど個性派・実力派ラッパー陣が所属している。ILL-SUGIは〈Honey Records〉のインタビューでもWu-Tang Clanについて「彼等の活動と音楽で人生変わりました」と語っており、その存在の大きさが伺える。

しかし、同インタビューでは「サウンド面では、月並みですが本当にJaylibのお二人です」とも話している。Jaylibは先述したJ DillaとMadlibによるユニットで、二人は後のEarl Sweatshirtなどにも繋がるよれたグルーヴやローファイな音像などを聴かせてきたアーティストだ。そして二人の作品からは、スムースな曲でもマッドな魅力を備えたILL-SUGIの作風との共通点も発見できる。また、ILL-SUGIのSpotifyのリスナー分布で東京と大阪に次いで多いのはロサンゼルスだ。作風やリスナー層から考えると、ILL-SUGIは大枠で言うとMadlibのような西海岸スタイルのブーンバップアーティストだと言えるだろう。

次ページ:『WAV MECHANICAL』に見るその個性と同時代性

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