音楽をよすがに自分を再起させていく。iPhoneで作詞作曲を行なう気鋭のシンガー“ワタナベ・メイ”の原点|early Reflection

Interview

文: 田山雄士  写:山﨑 優祐  編:Miku Jimbo 

ポニーキャニオンとDIGLE MAGAZINEが新世代アーティストを発掘・サポートするプロジェクト『early Reflection』。2023年9月度ピックアップアーティストはワタナベ・メイが登場。

iPhoneで楽曲制作を行なう20歳のシンガーソングライター、ワタナベ・メイ

R&Bやソウルをはじめ、インディポップ、昭和歌謡など、さまざまな音楽からの影響を受けて育った彼女は、19歳でアーティストとしての活動をスタート。大学でアートを専攻し、レコード店でアルバイトをする中、音楽活動に勤しむ注目の新人アーティストだ。

そんなワタナベ・メイが、10月4日に新曲「眩暈」を配信リリースした。ミックスエンジニアには、TENDREShin Sakiuratonunらの作品を手がける佐藤慎太郎を迎え、歌い回しやコーラスの重ね具合もクールな、聴くほどにクセになるナンバーに仕上げている。

今回は当日が初のインタビュー取材だったという彼女に、ルーツとなった音楽、曲作りを始めた時期の話、新曲の「眩暈」、そして11月1日リリースのEP『光』についてなど、じっくりと話を聞いた。

40年代の歌モノ、60年代のアメリカンポップスなどに触れてきた子どもの頃

—音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。

キリスト教系の幼稚園で聖歌隊に入っていたんですけど、そこで自分の歌を先生や保護者の方たちが褒めてくれたのが最初のきっかけですね。のちにドライブをしてたとき、父がかけていた60年代のアメリカンポップスのコンピレーションアルバムを聴いて、音楽ってすごく楽しいものなんだなと気づきました。それが小学校に入ったくらいかな。だんだんと自らパソコンで検索してディグるようになっていって。

—最初に興味を持ったのが、邦楽ではなく洋楽なんですね。

はい。The Ronettes(ザ・ロネッツ)、The Four Seasons(フォー・シーズンズ)、Roy Orbison(ロイ・オービソン)、Sam Cooke(サム・クック)とか。もちろん、The Beatles(ザ・ビートルズ)も好きになりました。両親が音楽好きなんですけど、家や車でかけている音楽がほとんど洋楽で。ソウル、ジャズ、クラシック、ボサノバなんかも生まれたときから聴いていた感じです。

—そのコンピのどこがツボだったんでしょう?

踊れる感じの楽しいオケに、歌いたくなるメロディが乗っているのが心地よかったんじゃないかなと。たとえば、チェッカーズのような80年代の日本のアイドルにもリバイバル的に反映されていたことが多いんですけど、昭和歌謡とかの元になったのって、きっと60年代のアメリカンポップスだと思うんです。

—ちゃんと歴史に沿って聴かれているから、自然と系譜がわかるんでしょうね。その後はどんなアーティストを好きになっていきましたか?

60年代のアメリカンポップスから始まって、次はなんだったっけな。あっ、そうだ! タワレコか何かに連れて行ってもらったとき、「古い時代の曲をもっと聴いてみよう」と思ったんです。試しに手に取った40年代のクリスマスソングを集めた3枚組のコンピがすごくいいアルバムで、オーケストラをバックに歌っているような、ジャズを基調にした歌モノなんですけど、すごく雰囲気がある感じの曲が多くて。そういう音楽を好きになりました。父のスマホの中に入っていたAllen Toussaint(アラン・トゥーサン)とEsperanza Spalding(エスペランサ)のアルバムをずっと聴いていた時期もあります。

—小学生でその感じはとても大人っぽいなと思います。

そうですかね(笑)。小6くらいのときには、両親のどっちかが買ってきた山下達郎さんのベストアルバム『OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~』を延々とリピートしてました。そこから竹内まりやさん、大貫妙子さんにハマったり。もちろん、西野カナさん、家入レオさんとか、流行っていた音楽も聴きつつ、という感じで。Superflyさんが好きになって、iTunesでアルバムを買ってもらったこともあります。そのあとに宇多田ヒカルさんや椎名林檎さんが好きになる、みたいな。ざっくり言うと、そんな流れです。

—曲作りを始めたのは中学生の頃で、不登校がひとつの転機になったそうですが、差し支えなければこのあたりの話も聞かせていただけると嬉しいです。

中1の夏くらいに学校に行かなくなって、1年以上ほとんど家で過ごしていました。メンタルをやられて内向的になっていたんですけど、このままの感じで生きていきたくはないなと。そこで自分の存在意義というか、アイデンティティについて考えたら、やっぱり音楽が好きだなと改めて気づいたんです。聴くのも歌うのも好きだし、7歳からやっていたバイオリンを弾くことも好きだったので、音楽を人生の軸にしたらいいんじゃないかなと思ったんですよね。

—学校でうまくいかないことがあったりしたんですか?

別にいじめがあったとかじゃないし、小学校のときからわりと真面目なタイプで、生徒会の役員をやっていたりもしたんですけど、通っていた中学校はわりと殺伐としていて、先生たちにもあまり優しさが感じられず、「ここにいても意味がないな」と思うようになっていったんですよね。

—ちょっと合わない感じだなと。

そうなんです。で、中2のときに両親に相談して、車で30分くらいかかる場所にあったボイトレのスクールみたいなところに通わせてもらえたのが大きかったですね。「ワタナベさんの歌ってすごくいいね」とか「声がいいよね」とか言ってもらえたりした結果、自分の心が外に向いていったので。そこから曲のカバーなどをするうちに、ギターで弾き語りをしてみたいなと意欲的に思い始めるっていう。数ヶ月でコードを覚えたあとは、弾き語りで曲作りをするようになりました。

—徐々に道が開けていったんですね。

音楽というものをよすがにして、自分を再起させていくみたいな。中学の頃はそんな感じでした。

音楽に助けられた結果として今がある――ワタナベ・メイの芯

—Instagramではクラシックギターを弾いている写真を投稿されていましたけど、あのスタイルになったのはいつですか?

最初はフォークギター(スチール弦のアコギ)だったんですけど、高2くらいのときになんか飽きてきたなと思って(笑)。他の何かを取り入れたらもっと表現の幅が広がるかもしれないと考えていた中、ちょうど学校でスペイン語の授業を選択していたから、Natalia Lafourcade(ナタリア・ラフォルカデ)とか、メキシコやスペイン語圏のナチュラルな音楽を聴く機会が増えていたんです。それでだんだんクラシックギターに惹かれるように。

—じゃあ、そのタイミングで購入されて。

両親に話したら「自分がいいと思うなら、それで曲作りをしてみなよ」と賛成してくれて、決して安価なものではないんですが、ありがたいことに買ってもらえたんです。ネックが太いので楽器屋の店員さんには「ムズいかもよ」と言われたんですけど、バイオリンの経験から左手の広がりは鍛えられている自負があったので、無事に克服してなんとか弾けるようになりました。そのギターをずっと使っています。

—バイオリンは今も弾かれるんですか?

弾きます。高校のときは弦楽合奏部でバイオリンをやっていました。軽音楽部も兼部して、そっちはコピーバンドでボーカル担当です。

—バンドもやっていたんですね。ちなみに、どんなコピーを?

東京事変、椎名林檎さん、Maroon 5(マルーン5)とか。ギターの子が好きだったので、ボカロやアニメの曲もやりました。

—ルーツが幅広いですね。本格的にアーティスト活動を始めようと思ったのがいつ頃だったのかも気になります。

高3のときがコロナ禍の始まりで、受験勉強を自宅待機でやっていた世代だから、息抜きもしづらかったんですね。勉強ばかりしていても嫌気が差すし、飽きたらスマホでGarageBandを開いて曲を作っては2時間くらいでやめて、また勉強してみたいなことを、2020年の間はずっとやっていました。その中で「誰かに聴いてもらいたいな」というクオリティのものが2曲ほどできたので、「もしかしたらアーティストとしてやっていけるかも」と初めて思ったんです。

—そこからは?

大学に入って、SNSに楽曲を載せたりもしつつ、レーベルの方に会ってお話をする機会もありました。そこで必ず「なんでアーティストになりたいの?」と質問されたので、「なんでだろう?」と考えるうちに、やっぱり不登校を経験したとき、音楽に助けられたこと、その結果として今があることが私の芯なんだなと、だからなりたいんだなとわかったんです。おぼろげな確信と誰かに聴いてもらいたい曲もあったので、2022年11月にまずは自分で配信してみようと思って、「漂白」という曲をリリースして活動をスタートさせました。

—アートもお好きだそうですが、そっちの道を選ばなかったのは、音楽に助けられた経験が大きいからなんですね。

そうです。美術を観るのは好きなんですけど、作ったり売ったりするのは違うなと思っていて。でも、音楽は自分で作れるし、それを聴いてもらいたい気持ちもあるから。

—ワタナベさんはiPhoneで楽曲制作をされるんですよね。さっきGarageBandの話が出ましたけど、使うようになったのは高校生の頃ですか?

高2のときに、バンドのメンバーから「演劇部の大会用の曲を作ってくれない?」とお願いされたんです。ピアノと歌とギターを重ねないといけなくて、これはGarageBandでやるしかないなと。そもそも家に初めてiPadが届いた小学生の頃、画面の中にGarageBandを見つけて、幼いながらに「あっ、これを使えば録音できるんだ」となんとなくわかったんですよね。バイオリンをやっていて楽譜は読めたので、音楽の教科書を見ながら遊びでちょっと打ち込んだこともありました。

—具体的にどんな感じで作詞・作曲を?

GarageBandを開いて、場合によりますけど、ベースラインが思いついたときはベースから打ち込んでいきます。「このベースだったらこのコードだな」「このビートかな」という感じで進める。コードが先のときもありますね。まず、ビートやベース、キーボード、ピアノ、コードで曲の雰囲気を決めて、それをループさせて聴いているうちにメロディが浮かんで、「このメロディだったらこの歌詞かな」みたいな手順です。だいたいできたら全体を見渡して、変えたいポイントがまた出てきたり。少しずつブラッシュアップして、曲になっていくイメージです。

新曲「眩暈」で描かれた現代のディストピア

—新曲の「眩暈」に込めたテーマは?

コロナ禍を経験した上での考えとして、大切な人や好きな人と一緒にいる自分の幸せな空間、そしてその外側にある非常に冷たい社会みたいな構図があるなと感じたんです。自分たちが幸せだなと思っていても、ちょっと周りを見たらやっぱり社会って冷たいんだよなという捉え方。だから《綿色の海》とか《錆色の土》とか、現実じゃないっぽい、健全じゃなさそうな、ディストピア的な、あまり幸福ではない世界にいる2人の目線で歌詞を作りました。掴みどころがない感じもありつつ、胸に刺さるものはあるんじゃないかと。

—どういうときに社会の冷たさを感じましたか?

高校生活はすごく楽しかったんですけど、いきなりそれがコロナ禍でなくなってしまって…友達とも会えないし、家族も自分の親としか会えなかった。誰もが隔たりを覚えた時期だったと思うんですけど、外の世界ではみんなが監視し合っていて、「マスクをしていないとダメだ」とか「咳をしていたらダメだ」とか「あれは不適切だ」みたいな視線がいろいろあったし、やっぱり優しいだけじゃない、幸せだけじゃない世界だなという感覚がずっとありました。

—《誰も彼も 見て見ぬ振りをする道の真ん中で》とか《青みがかったこの世界で》とか、ちょっと寂しそうな目線が随所で伝わってきます。

コロナ禍での想いが反映されて、こういうニュアンスになった感じです。

—《綿色の海》《錆色の土》もそうですし、《銀の雨》《君の翠》など、色の表現が数多く出てくるのも特徴的だなと思いました。

無意識だったんですけど、けっこう入ってますね(笑)。“世界の名作アート◯選”みたいな本をパラパラ見ることもあるんですけど、もしかしたら曲を作るときに自分がインプットした色の感じとかが歌詞に表れているのかもしれないですね。

—自分の曲や歌詞の特徴って、どういうところだと思いますか?

曲調はわりと幻想的なのかな。歌詞は身の回りで起きた出来事をストレートに描いたりするんじゃなくて、自分が考えたこととか日々感じていることが元になっている、あえて抽象的に表現したようなアプローチだと思いますね。

—確かに。

見たときや聴いたときに自分で想像できる余白があったほうがいいなと私は思っていて。誰々が何をしたとか、リアルな事柄を1から10まで説明するんじゃなく、想像の種になるようなことだけを歌詞の中に残せたら。

—コーラスもインパクトがあります。

わりと重ねたがるタイプですね。いろんな歌や声に縦の広がりがあるほうが好きなので。自分の声を加工して、1オクターブ下げて、音色をいじったり。アクセント的にいろんな仕掛けを入れたくなります。

—Aメロの入り《雲の上で》《夢の中で》の歌い方とか、のっけからアクセントの付け方が独特です。いい感じでズレが生まれてくるような心地よさもありますね。

これも意識的ではなく、自分がいいと思って歌っただけなんですけど、聴いてくださる方にそう言っていただけるのは嬉しいです。

—11月には1st EP『光』の配信リリースも予定されています。どんな作品になりそうですか?

初のEPなので、私の音楽の世界を知るきっかけ、端緒と位置づけた作品です。心理学の講義で、人間が世界を捉える方法として、光という電磁波が屈折・反射したものを目で読み取って、頭の中で見ている像を、見えている世界を構築すると聞いたんです。それで「光が世界を捉えるためのきっかけ、手がかりみたいなもの」というアイデアを以前から温めていて、このタイミングで使うのはとてもいいんじゃないかと思って『光』というタイトルを付けました。

—ライブ活動はまだそんなにたくさんやっていないんですよね。

今のところ、2023年の5月に2回。イベントで弾き語り出演しただけですね。演奏前は緊張したんですけど、いざ始まってみたら、お客さんもすごく温かくてノッてくれる方もいたので楽しかったです。オケを流して歌うとか、生バンドでやるとか、弾き語り以外の形態でもやってみたいなと思ってます。

—他に今後やってみたいことはありますか?

今はもはやCDやレコードだけじゃない、ストリーミングの時代なので、どんな曲でも世界中の人に聴いてもらえるチャンスがあるじゃないですか。だからこそ、日本語を大事にするとか、日本を感じさせる要素があるとか、日本に生まれたワタナベ・メイじゃないとできないことをやっていきたいですね。あとはグローバルを意識した活動もしたい。SDGsなどこれからの社会についても考えないといけない。社会活動的なことも自然にやれるアーティストでありたいです。

RELEASE INFORMATION

Digital Single「眩暈」
10月4日(水)リリース
RAINBOW ENTERTAINMENT

Digital EP『光』
11月1日(水)リリース
RAINBOW ENTERTAINMENT

収録曲
1. 眩暈
2. Begonia
3. サニーサイド

early Reflection

early Reflectionは、ポニーキャニオンが提供するPR型配信サービス。全世界に楽曲を配信するとともに、ストリーミングサービスのプレイリストへのサブミットや、ラジオ局への音源送付、WEBメディアへのニュースリリースなどのプロモーションもサポート。また、希望するアーティストには著作権の登録や管理も行います。
マンスリーピックアップに選出されたアーティストには、DIGLE MAGAZINEでの動画インタビューなど独自のプロモーションも実施しています。

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ワタナベ・メイ

iPhoneで楽曲制作を行う20歳のシンガーソングライター。

R&B/ソウルをはじめ、インディポップや昭和歌謡など様々な音楽からの影響を受けて育つ。不登校をきっかけに中学生の頃から曲作りを始め、19歳でアーティストとしての活動を開始。現在は音楽活動の傍ら、大学でアートを専攻し、レコード店でアルバイトをしている。

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