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文: 保坂隆純 編:久野麻衣
「トラックメイカー」という和製英語が浸透し、DTMをひとつのテーマにしたアニメが放送されるなど、ここ日本でも徐々に音楽を制作するクリエイターへの注目が増しているように思える。そんな中、“クリエイターが主役の音楽”を掲げるプロジェクト・xpxpが始動した。
6月末にリリースした1stシングル「ARI (feat. Yui Mugino)」は、メロウなR&Bでありながら、フューチャー・ベース〜EDM的なビルドアップを取り入れつつも重心低めな音構成、幻想的なボイス・サンプルなど、先鋭的な要素をウェルメイドなポップ・ソングとして昇華。耳の早いリスナーを中心に、じわじわとその認知を拡大させている。
今回はそんなxpxpの首謀者、Ryo Itoにインタビューを敢行。果たして、国内のメインストリームでも活躍していたキャリアを有する辣腕クリエイター、Ryo Itoが目指すものとは。その核心に迫る。
――xpxpの立ち上げについて教えて下さい。そもそも、「クリエイターが主役の音楽」というコンセプトを掲げるにあたって、何かきっかけなどはあったのでしょうか。
楽曲提供という仕事はもちろん楽しいし、やりがいもあるのですが、最終的には自分の作りたい音楽を作れないというか。自分の得意としているサウンドを理解してくれている、求めているアーティストさんからお声がけ頂くことが多いとはいえ、やはり最後はアーティストさんの作品になる。もちろんプロとして、先方の要望に応えて、都度調整していくことも苦ではないんですけど、それをやってきたことによって、ある想いが顔をのぞかせてきたんでしょうね。自分たちが最後まで面倒を見て、自由に自分たちがやりたい音楽をできる場所を作りたいって。
クリエイター自身が自分の作品を発表して、しっかりと流通に乗せて、ちゃんとした成果を上げるということが、まだまだ日本では例がない気がして。
――なるほど。
もちろん僕のようなクリエイターって、元々バンドをやっていたり、アーティスト活動を行っていた人も多くて。みんなある程度そういった気持ちは持っていると思うんです。ただ、そういった「昔できなかったようなことを今やろう」っていう感じではなく、今の時代に合わせて、一番尖った形でできればなと考えています。
――プロジェクトの主なメンバーとして名前が挙がっているTomoLowさん、barboraさん、Yui Muginoさんとはどのような間柄だったのでしょうか。
彼らは今までも一緒に楽曲制作をしてきたクリエイター仲間で、xpxpをやろうと思ったときに最初に声をかけました。固定メンバーってやっていくというよりは、作品毎に色々なクリエイターを巻き込んでいこうかなと考えています。
元々TomoLowと「ARI」にフィーチャーしているYui Muginoと僕は、それぞれここ2年くらい一緒に楽曲制作を行うことが多くて。台湾やLA、カナダなどにライティングしに一緒に行っています。3人で作った楽曲も色々なアーティストに歌ってもらっているし、例えば最近話題になった曲だとmiletの「us」はTomoLowとYui Muginoが制作した曲ですね。
――では、プロジェクトの名前の由来は?
これも見切り発車的部分が大きくて(笑)。名前に関しては、カッコいい音楽でちゃんと結果を残せさえすれば、どんな名前でもカッコよく感じるだろっていう考えで。正体不明な感じ、記号的なニュアンス、あとは文字面ですかね。深い意味は持たせていないです。
――tofubeatsさんや中田ヤスタカさんなど、近年ではクリエイター/プロデューサーがアーティストとして活動していくケースも目立ってきました。xpxpはそういった活動スタイルとは異なると思いますか?
そうですね。あくまでも作品、特定のクリエイター・アーティストということではなくクリエイティブに注目してもらいたいので、今のところは特定の顔を前面に押し出すことはしないと思います。そこが違いかもしれませんね。別に覆面でやっていこうというつもりはないのですが、ビジュアルも僕がカッコいいと思うものがあればいいなと。
ただ、さっきも言った通りこのプロジェクトは見切り発車な部分が多いので、楽曲にしてもビジュアルにしても、周りの反応を見つつその都度柔軟に変わっていければなと思っています。もちろん僕が持つ軸だけはブレないようにコントロールするつもりですが。
――日本では顔を出さない、もしくは特定のビジュアル・イメージを持たずにアーティスト活動するということは、ファン・ベースを築くにあたって不利になるように思います。その点はどのように考えていますか?
海外のクリエイターや音楽産業の人たちと話していると、確かに日本はアーティストにしかスポットが当てられてないなっていうことを痛感しますね。テレビなどでもクレジット名が表記されてなかったり、作品=アーティストっていう見え方が当たり前になっている。一方、欧米をはじめとした海外ではクリエイターにファンが付くことも少なくない。そしてそこからアーティスト活動にシフトしていくパターンもあります。僕もそういったアーティストが好きなんです。
例えばMeghan Trainorが他のアーティストのために書いた曲なのに、それを聴いたプロデューサーが「これは君自身が歌った方がいい」って言って、結果ヒットする、みたいな。そういったストーリーが好きです。Bebe Rexha、Halsey、Zara Larssonなど、アーティストとして活躍しながら、他アーティストへの楽曲提供も行うタイプの人に惹かれるんです。
このプロジェクトは日本だけを視野に入れているわけではないので、「よくわからないけど日本のクリエイターがおもしろいことをやっている」っていう風な見え方で色々な国のリスナーへ発信することができれば、ファンを増やしていけるんじゃないかなって考えています。自分たちなら、世界で通用する水準のポップスを作れるという自信もありますし。
――そういった点も踏まえて、1stシングル「ARI (feat. Yui Mugino)」をリリースしてみての所感はいかがでしょうか。
最初は僕らしか発信源がないので、もちろん日本がメインではあるのですが、少しずつ海外でも聴かれるようになってきている実感はあります。最初に伸びたのが台湾で、徐々に英語圏でも数字が伸びてきています。周囲からも歌声やトラック、リリックの内容など、クリエイティブの面ではとても評価してもらえることが多くて。やっぱりきっかけさえあれば聴いてくれるんだなっていうのと、自分たちが純粋に良いなと思える作品をしっかりと作れば、国境を越えて刺さってくれる人はいるんだなっていうことを感じました。
――「ARI」は“Girl Crush”(女性が女性に憧れることを意味する言葉)をテーマとした1曲ですが、このテーマはどのようにして生まれたのでしょうか。
TomoLowとYui Muginoをスタジオに呼んで、いつもだったら「今日は〇〇というアーティスト向けの曲を作ろう。コンセプトは〇〇で〜」っていう話からスタートするのですが、今回は「自分たちの音楽を作ろう。制限は何もない」っていうところからスタートしました。“Girl Crush”っていうテーマは僕が出したんですけど、それも3人で話していくうちに生まれてきたもので。クリエイターを主役にしたいという思いがあったので、憧れのアーティストに曲を提供するっていうストーリーが思い浮かんで。憧れの存在に楽曲提供できるという嬉しさ、栄光もある反面、自分の作品が他者のものになっていくという恐怖もある。そういう話を描きたいなと。
本当はあまりネタバレする気はなかったのですが、「ARI」っていうのはAriana Grandeをイメージしていて。主人公の女性はSSWとして活動もしているけど、今回Ariana Grandeに楽曲を提供することになった。それに対するジェラシーや羨望といったクリエイターならではの葛藤を表現したつもりです。Yui Muginoには僕のスマホに書き溜めたアイデアノートを渡しつつ、「Ariana Grandeに対するメッセージ」「自分のクリエイター・SSWとしての等身大の気持ち」みたいな内容を表現してほしいとリクエストしてちゃんと悩んでもらいましたね(笑)。
――トラック面、サウンド面はいかがでしょうか。
セッションなので、今言ったような作業が行われている傍ら、主にTomoLowがビートを組んでいきました。僕が挙げた「Ariana Grande」っていうワードから着想を得ていて、2人にディレクションするというよりは、僕が投げたコンセプトに対して、2人がそれぞれ玉を投げ返してくれる。それに対して僕も「じゃあこうしよう」「ここはこうじゃない?」っていう感じで意見を出していく。そんな感じで制作は進行しました。
――制作はスームズに?
3、4時間のセッションである程度曲を完成させてからは、それぞれ持ち帰って結構悩んだんじゃないかな。やっぱり自分たちの作品だからっていう良い緊張感、責任感もあるし。パッと取り掛かって、3日後にはできたっていう感じではないです。
でも、これからはどんどんスピーディーに仕上げられるんじゃないかなという感覚はあります。クリエイターが楽しく作るっていうことがポイントで、それを引き出せばいいって気付いたので、彼らがカッコいいと思えるイメージを共有できれば一気にたどり着けられるはず。
――「世界で通用する水準のポップスを」という話が出ましたが、やはり意識するのは北米を中心としたR&B、もしくはヒップホップでしょうか。
アジアやヨーロッパ、もしくはアフリカであろうと、どこで聴かれてもいいとは思っています。ただ、別にそこまで強く意識しているわけではないですが、最終的にわかりやすい目標というと、やはり北米で評価されるということにはなってしまいますよね。でも、一番意識しているのは、シンプルに「すげー多くの人に聴かれる」っていうことです(笑)。海外では当たり前なのであまり大きな声で言うのも嫌なのですが、クリエイターがカッコいいものを作って、それをたくさんの人が聴いてくれる。そしてその作品を作ったクリエイターが世界中のリスナーから評価される。そんな世の中になってくれたらいいなと思っています。
――個人的に、「ARI」には少しオリエンタルな要素も感じられました。これは意図的でしょうか。
意識しました。世界水準のサウンドを作りたいといっても、別に僕らが日本人であることを隠す必要はない。英語のポップスを作ってるからといって、アメリカ人になりすます気はもちろんないですし。むしろ世界のフィールドで戦うなら、自分のアイデンティティや強みを最大限出さないと。別に和太鼓や三味線を何の文脈もなく取り入れるということではないですが、自分の中から湧き出るような日本っぽさ、アジアっぽさは隠したくないですね。
――世界中のクリエイターと仕事をしてきたRyo Itoさんは、日本のクリエイターの傾向、特徴をどのように捉えていますか。
スキルが高い人は沢山いる。あとは良くも悪くも島国的だなと。海外からの影響も受けつつ、国内で独自の進化、発展を遂げてるというか。そこは唯一無二の魅力になる反面、海外との同時代性が出しにくい。もっとオープン・マインドになれれば、より高いレベルに到達できるのに、個人的には「もったいないな」とずっと思っています。
――そういったガラパゴスな一面というのは、クリエイターと音楽業界、両方に深く根ざす問題ですよね。
そう思います。Spotifyが中々上陸しなかったことも象徴的ですけど、やはり「新しいものが入ってこない方がいい」と考える人が少なくない。さっきも言った通り、日本独自の素晴らしい側面もいっぱいあるんです。でも、そろそろ海外とコミットしてもいいんじゃない? って思いますね。
――確かに。
ただ、既存の業界や大きい会社の中からそれを変えていくのが大変なことも知っています。だからこそ、僕らのような小さくてインディペンデントな存在が、もし世界で評価されたら。大げさに言ってしまえばビルボード・チャートのトップに輝いたり、グラミー受賞したりしたら、これまでの凝り固まった慣習はぶっ飛ぶと思います。日本の音楽業界中の掌がパタパタを返る瞬間を目のあたりにするのを楽しみにしています(笑)。
――xpxpとしての今後の動きについてはどのように考えていますか?
今は自分たちが良いと思える作品を発表していければと考えています。それを海外のリスナーにどうやってリーチさせるのかっていうことも、日々勉強しながら試行錯誤しています。例えばストリーミング・サービスでのPR方法など、まだ日本では方法論が確立していないし、仕組みもできていないけど、海外からの情報やノウハウをいち早く取り入れて実行できるチームにしたい。
あとはやっぱり作品をコンスタントに発表するのが大事だと思うので、この先2年くらいは積極的に動いていきたいな。
――次の作品もすでに取り掛かっていたり?
はい。まさに今日、LAでセッションが行われいて、すでに歌詞のアイデアやコンセプトは向こうに投げているので、あとでオンラインでセッションに参加する予定です。
今後も色々なクリエイター、アーティストとコラボしていきたいと考えているのですが、日本だとメジャーで活躍しているアーティストは、色々な制約などで難しかったりする。事務所やメーカーがアーティストを大切にしすぎるというか、逆にいうとアーティストに自主性を持たせないというか。アーティストもインディペンデントなマインドを持つことで、もっと自由と責任をもって活動できるはず。そういう部分もこれからひっくり返していけたらなって考えています。
あとリミックスはどんどんやっていこうと思っていて、世界ではリミックスこそがブレイクの切っ掛けになっているし、クリエイター同士のコミニケーションツールにもなる。一発目として「ARI」のRyosuke “Dr.R” Sakai Remixをリリースしました。DOCはちゃんみな、milet、AK-69、Poppyなどプロデュースする、いま日本で一番カッコイイ音出すクリエイター。これを皮切りに、多くのプロデューサーがリミックスに参加できる環境も作っていきたいと思っています。我こそはってプロデューサーがいたら、ぜひ連絡ください!
INFORMATION
xpxp
『ARI(feat. Yui Mugino) Ryosuke “Dr.R” Sakai Remix』