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文: 安藤エヌ
いとおしく忘れられない傷を残した、ひと夏の恋——
フランソワ・オゾン監督が描く、2人の青年が交わした愛の記憶。映画『Summer of 85』が、8月20日(金)より公開される。
短編『サマードレス』(96)や長編第1作『ホームドラマ』(98)が評価され、世界三大映画祭の常連となったオゾン監督。そんな彼が今回メガホンを執ったのは、自身が17歳のときに出会い、深く影響を受けたというエイダン・チェンバース作『Dance on My Grave』(おれの墓で踊れ/徳間書店)の実写化作品。儚いきらめきを放つ美青年2人とともに、自身のソウルに語りかけてきた作品を痛切な恋物語として描き切った。
舞台は1985年夏、フランス・ノルマンディーの海辺。セーリングを楽しもうと沖へ出た16歳の青年・アレックスは、突然の嵐に見舞われ転覆してしまい、通りがかった2歳年上の青年・ダヴィドに助けられる。
出会いを機に惹かれ合う2人だったが、その終わりは突如として訪れる。ダヴィドが不慮の事故により帰らぬ人となってしまうのだ。
「どちらかが先に死んだら、残された方がその墓の上で踊る」。生きる希望を失いながらも、ダヴィドと交わした約束に突き動かされてるアレックス。彼と過ごした記憶をとむらうため、アレックスはダヴィドが眠る墓へと向かうのだった――。
描かれるのは、単に青い海や照りつける太陽のような眩さだけではない。本作では「死」に対する概念や思考が全編にわたり描かれている。主人公のアレックスは冒頭、刑務所内を歩くシーンでこう独白する。
「”死”に惹かれるなんてイカれてる
死体に興味はない
僕が惹かれるのは”死”そのものだ」
彼は古代エジプトの死生観に興味を抱き、やがて”死“の概念に惹かれていった。未知の体験を想像し、夢想するアレックス。そこには一種の快感があった。しかし彼は、ダヴィドの死を目の当たりにし、初めて”死”が持つおそろしさや苦しみを経験することになる。生まれて初めて深く愛した人間がもう戻ってこないという事実に直面し、生と死の二面性に気づくのだ。そんな彼の苦痛をカタルシスとして昇華させたのが、ダヴィドと交わした約束だった。
死者となったダヴィドが眠る墓の上で、一心不乱に踊る。そのことが彼の、永遠に続くかと思えた苦しみを解き放った。
他者からすれば不可解ともとれるそのカタルシスは、周囲に犯罪行為と認識されてしまう。しかるべき報いを受けながらも、約束を果たしたアレックスは生によって形づくられた死を理解する。”死”という青白く光るものに惹かれ、愛する者の死により悲痛をおぼえ、墓の上で踊り自身を解放させる。死と生、という一貫したテーゼが劇中に横たわることで、ただ眩しく瑞々しいだけのバカンス映画ではなく、時には影のさす、奥深い余韻を包含した作品となっている点が見どころだ。
本作のメインビジュアルにも使用されている、2人がバイクに乗り夕暮れの道を走る映像は、ひときわ鮮烈なシーンとして観客の心に刻まれる。ダヴィドがアレックスに話した「スピードの彼方」――目の前にあるけれど追いつけないもの――も印象深い。
ダヴィドは自由であり、博愛主義者であり、誰のものにもならない人物であったが、バイクで疾走する姿というのは、そのことを象徴している。疾走とは、何にもとらわれず彼方まで行くことをさす。彼が自由であることは、バイクで疾走し風を受け、遠くへと行くシーンにも表れているのだ。
そして、彼は自身の抱く自由の象徴であるバイクで事故を起こし、帰らぬ人となってしまう。アレックスと出会い、愛し合ったがゆえの運命。彼は最後まで誰にも心を奪われることのない、自由な存在であったのか?「スピードの彼方」に追いつき、本当の自由を手にしたのか?観客は物語を追いながら、ダヴィドが迎えた結末とその真相について映画に問うこととなる。
死の真相は分からなかったが、その直前に諍いを起こしたことで、アレックスはダヴィドが死んだのを自分のせいだと苦悩する。
「君の望みは僕を独占すること」
自由を求めたダヴィドは、初めての恋に耽溺するアレックスに甘やかな時間の終わりを告げる。
関係が破綻し、自由になった喜びでダヴィドは「疾走」したのか。死者は何も口にしない。しかし、ダヴィドはアレックスに愛され、自身も彼を愛していた。だからこそ”彼を追いかけ、「疾走」した”。アレックスに出会い、初めて自分自身を知ることができたダヴィドは、その愛を受け止めきれなかった。今まで自由を求め続け、誰の胸にも抱かれることがなく、その反面、誰のことも不自由なく抱いてきたから。
たったひとりに愛し抜かれるということを知らなかったダヴィドは、アレックスに愛されることで変わったのだ。2人の諍いというイントロから始まる、真相をヴェールに隠したシークエンスが、私たちに何度も疑問を投げかける。ダヴィドはなぜ死んだのか、と。
この疑問に対する思考が、本作において観客にもたらされる最大の局面であり、また、忘れがたい痛切な記憶としてこの映画を心に留めさせる理由だと感じる。
アレックスのように、愛や死にどうしようもなく惹かれてしまう自分がいることに、観客は気づくことだろう。
本作にはRod Stewartの名曲「Sailing」など80年代を代表するヒットナンバーが登場するが、なかでも筆舌に尽くしがたいほどの余韻を残したのは主題歌のThe Cure「In Between Days」だ。
アレックスにとって新たな人生の船出ともいえるような、ヨットで海へと漕ぎ出すラストシーンのあとに流れるエンドロール。スクリーン右側に映される歌詞の邦訳に注目して観ていただきたい。これまでストーリーを追い、深く酔いしれ、心動かされた観客にはサプライズともいえる、素晴らしい感情の結晶が差し出される。
歌詞を見て、私たち観客は”彼”を思い描き、そんな”彼”を愛したもうひとりの”彼”に再び思いを馳せる。そうして、愛の深さを思い知るのだ。
この映画は愛についての物語であり、それと同時に死と生を知るための物語でもある。複雑な様相を見せるこれらの思考において、美しいフォームで問いを差し出され、ひとつの答え――アレックスというひとりの青年がたどり着いた答え――を、物語の最後に私たちは見ることとなる。
初恋の痛みといとおしさ、死と生の交わる踊り。歓びとわずかなおそれとともに”彼”は未来に向かって生きていく。
『Summer of 85』は狂おしいほどに鮮やかで、翳(かげ)りすらも切なく胸をしめつける株玉のラブストーリーだ。2人の青年が魅せる美しさに、今夏はぜひとも酔いしれてほしい。
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