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若者が映像作品を倍速視聴することが社会現象化している。配信サイトの台頭により、ユーザーは旧作から最新作まであらゆる映画を制限のない時間帯・場所で観ることが可能になった。それによって出現した映画の倍速・ながら見・短尺化は、コンテンツ過多な現代を表す現象として興味深いトピックスだ。
倍速視聴は時間の短縮になり、それによって空いた時間を別の余暇に充てたり、より多くの作品を網羅できる。例えば、Youtubeの美容チャンネルやゲーム実況は情報コンテンツとしての側面が大きく、早送りで観ても有益な情報を拾うことが可能だ。また、映画やドラマ、アニメを配信サイトなどで一気見する際に、時間がないときには早送りで観ることで、タイムリーな話題についていくことができる。
こうしたスピーディーな視聴は現代人のニーズに合っていると思うが、こうしたことによって、映像ならではの魅力を見落としてしまうことがあるように感じる。特に1作品を視聴するのにまとまった時間を要することが多い映画は、本来のスピードで観ることで余韻や情緒の深みをより得られるのではないだろうか。中でもセリフが少ない作品は、映像の余白や表情、音楽から読み取れる感情やストーリーがあり、忙しい日常の中で余韻や情緒を感じる橋掛かりとなることがある。
本記事では、時間の趣を感じられる作品を紹介し、その魅力を伝えたいと思う。
映画『時をかける少女』は、筒井康隆原作の同名作品を細田守監督が映画化し、不可逆な「時間」の重要性を描いた青春SF作品だ。
突然の出来事により、過去へとタイムスリップできる「タイムリープ」という能力を手にした女子高生の紺野真琴。最初は遊び半分で能力を使っていたが、級友の間宮千昭が隠していたある真実を知って事態が変わり始める。「もう二度と戻れない過去」という主題をエモーショナルに描いた、日本のアニメーション映画界を代表する細田守監督の代名詞ともいえる名作だ。
能力を手にして何度も過去へ戻る真琴だが、時間を巻き戻す重大さに気づいた彼女を見た時、観客は映画を通して描かれた「人生におけるかけがえのない時間」の存在に気づく。ネットで観る映画は真琴の能力と同じく、何度も巻き戻せるし、最初から観返すこともできる。しかし、劇場という空間で観る映画というのは1度きりであり、リアルタイムで進んでいく映画は巻き戻せない。
「今という一瞬」は青春におけるメインテーマでもあるのだが、あえてここでは「時間の大切さ」というものに置き換えて、今を生きるすべての現代人に差し出したい。筆者はこの映画を夏に観て以来、その刹那的なきらめきを肌で感じられるようになった。夏という季節が持つノスタルジーと懐かしさが、作品のテーマをより強いものにする。誰しもが知っている物寂しさ、二度と戻れないという懐かしさを、時の移ろいとともに巡ってくる短い季節にもういちど思い出してもらえたらと思う。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケイシー・アフレックと『キャロル』のルーニー・マーラが共演した作品。幽霊となった男が残された妻を見守る姿を描いた本作で特筆すべきなのは、ミニマルな世界観とそれを助長する長回しシーンの多さだ。
それは人物を小さく映す引きの構図や、人物と適度な距離感をもってしばしば見受けられる。なかでも印象的なのは、夫を失った妻のMがキッチンでパイを食べるシーンだ。何かに取りつかれたように人目を憚らずパイを貪るM。彼女に寄り添うような画角での長回しが数分続き、最後はトイレに駆け込み嘔吐するシーンで終わる。
この突飛ともいえる長回しシーンを観て感じるのは、監督が本作を通して人生にたゆたう「時間」を表現したかったのではないかということだ。余計なカットを施さないことによって、劇中の時間の流れ方が観客と同期され、経過によってもたらされる余白を「体験」する。そうしている間に、観客はさまざまな思いを巡らせる。場面カットなどの加工を最小限にとどめ、茫漠とした「時間」の概念をミクロなレンズで写し取っているのが『A GHOST STORY』という作品なのだ。
他作品に類を見ない、斬新なアプローチで感じる92分の重み。劇場に足を運び本作を鑑賞したとき、あまりに静かすぎて空調の低く唸っている音が聞こえたことを今でも鮮明に思い出す。静謐の保たれたスクリーンで観る人の命の営みは、観客に穏やかながらも価値観を揺るがす思考を与えてくれるに違いない。
オムニバス映画の名手であるジム・ジャームッシュが『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』以来4年ぶりに手がけた『パターソン』は、バス運転手パターソンの何気ない日常を切り取ったヒューマンドラマである。
彼と妻のローラ、そして犬のマービンが過ごす毎日はさまざまな行為がルーチン化されていて、朝は必ずローラにキスをしてから起き、仕事の支度をする。取るに足らない日々に潜む些細な幸福とほんの少しの驚き、そして単調ながらも均整の取れている生活のリズムを穏やかなタッチで描いているのが本作の魅力だ。
彼は変わり映えのしない日常の中できらめくものたちを切り取り、詩にしてメモ帳に書き留めることをルーチンのひとつとしている。
詩を書くことによって生まれる穏やかな時を愛し、時に他者と対話するパターソンの姿から感じるのは、「時間的なゆとり、いわば余白を愛することが人生を豊かにする」ということだ。
詩が生み出す言葉と言葉の間の余韻は、現代人の中に眠っている情感を呼び起こす。たとえ劇的な出来事が起こらずとも、飽きるような繰り返しの毎日であっても、ふとした時間に愛すべきものが顔を出してきてくれる。
この映画を観るのにおすすめのタイミングは、朝の起きがけ、もしくは夜眠りにつく前だ。1日の始まりや終わりに観ることによって、主人公パターソンが送る日々を追体験しているような気持ちになれる。そこに温かい飲み物やペット、愛する人が傍にいればもっといい。
忙しない毎日をこなす自分に贈るプレゼントのような本作を観て、穏やかに流れる時間に身を任せ、「時間ってこんなにゆっくり流れているんだ」と気づく。そんな日はきっと、失いかけていた気持ちを取り戻すかけがえのないものになるに違いない。
たとえば道を歩いているとき、どこからか花の匂いがしてくる。通りすがりの人が笑顔で家族や友人と話している。青空が遠くまで澄み渡っている。日常を過ごしていて胸がこそばゆくなるような気持ちは、時間の中に生きている「歓び」であり、私たちが確かに「今」をリアルタイムで生きているからこそ感じられるものだと思っている。新生活が始まり忙しくなるこれからの時期にぜひ、時間と映像を楽しむ映画で心を癒してほしい。
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