大阪発の新鋭・DeNeel。新作『SYMBOL』に込めた決意と覚悟 |BIG UP! Stars #77

BIG UP! Stars

文: 保坂隆純  写:Hide Watanabe  編:riko ito 

DIGLE MAGAZINEが音楽配信代行サービスをはじめ様々な形でアーティストをサポートしている『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第77回目はDeNeelが登場。

“OSAKA REVIVAL POP”を掲げる4人組、DeNeelが4月20日に2ndミニ・アルバム『SYMBOL』をリリースする。

ファンクやR&Bといったブラック・ミュージックからヘヴィなロックまで、折衷性の高いバンド・サウンドに歌謡曲を彷彿させるフックの効いたメロディ。そしてボーカル・中野エイトの凛とした歌声も相まり、艷やかな魅力で注目を集めているニューカマーだ。

今回のインタビューでは彼らのバックグラウンドから、自らの決意表明でもあるという新作『SYMBOL』の制作背景について語ってもらった。

ファンクやミクスチャーを経て、現在のスタイルに

―メンバーそれぞれの音楽的ルーツを教えて下さい。楽器を始めたきっかけや、そもそも音楽に興味を持つに至った経緯など。

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中野 エイト (Vo.):

僕の場合、中学生までは野球やサッカーなどスポーツばかりやっていたんですけど、家では母が好きな音楽――Billy Joel(ビリー・ジョエル)やEarth, Wind & Fire(アース・ウィンド・アンド・ファイアー)、あと角松敏生さんなどがよくかかっていて、自然と耳にはしていました。ベースをやっていた姉の影響もあって、高校では軽音楽部に入って、甲斐バンドなどをカバーしてましたね。

―その選曲は意外ですね。

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中野 エイト (Vo.):

親の影響で「テレフォン・ノイローゼ」という曲が大好きで。あとは趣味の合う友達がいたことも大きかったです。軽音楽部に入ってからはASIAN KUNG-FU GENERATIONなど、バンド・サウンドをより聴くようになりましたね。

―DeNeelは中野さんと龍野さんが中心になって結成されたとのことですが、そのときお互いの共通項になったのはどのような音楽だったのでしょうか。

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中野 エイト (Vo.):

龍野と一緒に盛り上がったのは、Jamiroquai(ジャミロクワイ)などのアシッド・ジャズ〜R&B、ファンクなどですね。それも結構親の影響が大きいです。

―なるほど。では、浦野さんはいかがですか?

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浦野 リョウヤ (Gt.):

楽器を始めるまではあまり音楽を聴いてなかったんですけど、『少年メリケンサック』という映画を観て、楽器に興味を持って。ヤフオクで1000円のギターとアンプのセットを買いました。それが中学生くらいの頃ですね。
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中野 エイト (Vo.):

やっす! オモチャやん(笑)。
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浦野 リョウヤ (Gt.):

普通のストラトやったよ(笑)。中学生のときは周りに楽器をやっているやつがいなかったので、家で一人で弾いてるだけだったんですけど、高校に上がってからは龍野と同級生になったので、バンドを組んだりしました。

―特にプレイヤーとして憧れる方などはいますか?

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浦野 リョウヤ (Gt.):

布袋さんですね。最初にカバーしたのがBOØWYの曲だったので、そこからずっと憧れています。

―世代としてはだいぶ離れていますよね。

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浦野 リョウヤ (Gt.):

父が好きだったのと、教則本に載っていて。「この曲やってみれば?」って薦めてくれたんです。龍野とバンドをやるようになってからはMaroon 5(マルーン 5)など海外の音楽も聴くようになりました。

―では、龍野さんはいかがでしょう?

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龍野 リョウ (Ba.):

音楽を始めたのは中学1年生のときで、きっかけはビジュアル系バンドですね。当時仲の良かった先輩にthe GazettEのライブ映像を見せてもらったんです。「なんじゃこりゃ」っていう感じですごく影響を受けたので、お年玉を握って中古ショップに行って、ベースを買いました。

―先ほど中野さんが挙げたような音楽には、どのようにして辿り着くのでしょうか。

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龍野 リョウ (Ba.):

それからマキシマム ザ ホルモンRed Hot Chili Peppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)などのミクスチャーにハマって。浦野とは思いっきりミクスチャーなバンドを組んでいたこともあります。それから(Red Hot Chili Peppersのベーシストである)Fleaの影響でファンクも聴くようになり、Jamiroquaiなどに辿り着くという感じです。結構ベーシストあるあるな道のりだと思います(笑)。

―なるほど(笑)。では、最後は日野さん。

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日野 ユウキ (Dr.):

音楽を始めたのは高校で軽音楽部に入ってからですね。元々サッカーをやっていたんですけど、高校からはバスケをやりたくて。最初はバスケ部に入ったんですけど、毎日12キロ走ってから練習するっていうスパルタで。キツくてすぐに辞めちゃったんです(笑)。

―ドラムを選んだ理由などはありますか?

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日野 ユウキ (Dr.):

部活説明のときにドラムを担当していた先輩がカッコよかったのと、昔から音楽の授業で小太鼓とかコンガとか、打楽器しかやってこなかったので、自分はもうドラムしかないかなと。
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中野 エイト (Vo.):

諦めてるやん(笑)。
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日野 ユウキ (Dr.):

太鼓が好きやったから(笑)。

―軽音ではどのようなバンドをカバーしましたか?

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日野 ユウキ (Dr.):

ONE OK ROCKUVERworldなど、今やっている音楽とはかなり違うテイストの曲をやっていました。
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中野 エイト (Vo.):

全然想像つかないわ。

―DeNeelは2017年結成ですが、当時はどのような音楽性を志向していたのでしょうか。

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龍野 リョウ (Ba.):

中野と僕で組んでいたMankind Rhythmsという前身バンドがありまして、そのときはファンク・テイストで、どちらかというと海外の音楽からの影響が色濃く出ていたんです。そこからメンバー・チェンジを経てDeNeelとして再スタートを切って。浦野くんが曲を作るようになったことで、徐々に音楽性が変わっていきました。彼が好きな布袋さんのテイストも出てると思いますし。
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中野 エイト (Vo.):

布袋さんの感じはあるかな?(笑)
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浦野 リョウヤ (Gt.):

ギターのカッティングなどは布袋さんからの影響が出ていると思います。

―浦野さんはいつ頃から作曲を?

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浦野 リョウヤ (Gt.):

高2くらいからですね。最初はiPhoneの『GarageBand』を使って遊び感覚で始めて。DeNeelの前に組んでいたバンドでも作曲を担当していました。

―現在のDeNeelが特徴としている、妖艶な世界観はどのようにして生まれたのでしょう?

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浦野 リョウヤ (Gt.):

聴いてきた音楽に影響されているのかなと思います。L’Arc-en-CielGLAYX JAPAN尾崎豊さんなどをよく聴いていたので、そういったテイストが反映されているのかなって思います。

―バンドとしての制作プロセスはどのような形で進めるのでしょうか。

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浦野 リョウヤ (Gt.):

僕がデモを作って、それに対して各々がフレーズを考えて、スタジオで詰めていくっていう感じです。
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中野 エイト (Vo.):

浦野が作った曲をみんなで編曲するっていうイメージに近いです。

―他のメンバーさんから曲に対してのオーダーなどはありますか?

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浦野 リョウヤ (Gt.):

ほぼないですね。
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龍野 リョウ (Ba.):

結構ストックがあるので、「次はこの曲でいこう」っていう話し合いはありますけど、こちらから「こういう曲がほしい」という話はしないですね。

―浦野さんに大きな信頼を置いているんですね。

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龍野 リョウ (Ba.):

そこはもう、抜群の信頼を置いています。
次ページ:「この先も目指す指標」――自らの“象徴”として掲げる新作

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DIGLE編集部

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