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文: 黒田 隆太朗 写:木村篤史
スペードが象られたジャケット写真は、前作『ソウルセラー』で描かれていたハートを反転させたものである。本人曰く、エレキギターを鳴らす瞬間は、剣を持っているような感覚になれるとのこと(スペードという言葉の由来は「剣」)。アコースティック・ミニアルバム『ソウルセラー』と対になる、バンドサウンドを軸にした新作『SLASH』がリリースされた。<政府の陰謀>と連呼するインパクトのある「ムー」で幕を開け、中盤にはエネルギッシュなロックナンバーがズラりと並ぶ本作は、同時に「Back to the Past」や「戦士は夢の中」といったノスタルジックな佳曲も揃えている。彼が本作で蘇らせたのは、90年代のバブリーなサウンドだ。長澤がThe Beatlesと出会い、多感な10代を過ごしたその時代の音である。きっと本作は、長澤知之の少年心が炸裂したアルバムであり、同時に追憶のアルバムでもあるとも言えるだろう。音楽に恋をした煌めきの記憶が鳴っている。
ーアコースティックな音色を主軸に作られた『ソウルセラー』と、バンドサウンドをメインに構成された『SLASH』。この二面性はご自身のどんな音楽観から来るものだと思いますか。
ギターを弾き語るところから始めたので、その道の上にアコースティック・サウンドがあるのかな。小さい頃に聖歌隊に入っていたので、賛美歌的なメロディが好きだし、朴訥としたものや童謡のような音楽も好きなんですよね。でも、高校生くらいになってロックバンドを組んだりしていたので、もちろんバンドサウンドも好きで、『SLASH』のほうが遊んでいると言えば遊んでいますね。
ーなるほど。
ただ、やっぱりThe Beatlesが好きだからかな。彼らはいろんなことをやっていましたし、影響は受けています。
ー今でも魅せられているんですね。
ずっと好きですね。昨日ジョン・レノン(John Lennon)の「Grow Old With Me」を、リンゴ・スター(Ringo Starr)がカバーして配信リリースしたんですけど。ポール(Paul McCartney)がベースとコーラスを担当していて、生き残った二人が「一緒に歳を取ろう」とジョンの曲を歌っていたことが凄く素敵で感動しました。なんともいえない希望と愛情がほんわかとあって好きです。
ーなんともいえない希望と愛情、それは長澤さんの曲にも通ずる感触ですね。どんな時に曲ができてくることが多いんですか?
喜怒哀楽がそのまま歌になる感じです。喜んでいる時は喜びを感じる曲を書くし、僕は直情的なので思ったままに作品にしています。日記みたいな感覚で曲を書いてるから、カッコつける必要がない。やりたいことを野性的にやっている部分があって、単純に感情のべんがゆるいのかもしれないけど(笑)。
ー(笑)。
整理整頓された音楽は個人的につまんないんです。人間がそれやる必要ある?って思っちゃうので、僕は生々しいものが好きですね。
ーなるほど。ここからは新作について伺わせてください。作品としては対になるものだと公表されていますが、タイトルは前作とは印象が違いますね。
感覚的につけたんですけど、『ソウルセラー』はハートが書かれていて、上下逆にしたらほとんどスペードになるから。そして、スペードって元々剣という意味からきているんんですよ。エレキギターを鳴らす瞬間だったり、フィードバックの音とかバリーンっていう鋭い音は、そういうのを連想させるものだと思ったので。今作はバンドサウンドでジャキン!としているからスラッシュ!みたいな(笑)。
ーなるほど(笑)。少年心をくすぐる感じはありますね。
そうそう、フォルムもカッコいいしね。
ー音楽的には、ルーツとは別にこの一年くらいでよく聴いていた音楽はありますか。
最近、この歳になってようやくグランジロックを聴き始めて、こんなバンドいるんだって思いながらStone Temple PilotsやJane’s Addiction、Alice in Chainsを聴いていました。
ー今まで聴いてこなかったというのが意外です。
スマパン(The Smashing Pumpkins)はずっと大好きなんだけど、グランジはよく知らなかったんですよね(笑)。聴いてみたらメロディアスだし、グランジって下手なイメージがあったんですけどStone Temple Pilotsは上手いですね。
ー何故今になってそうした音にシンパシーを感じるようになったんですか?
YouTubeでビリー・コーガン(Billy Corgan)が「1979」を弾き語りしている動画があったんですよ。彼が嬉しそうに弾き語りしている姿に凄くキュンとして、オススメで出てくる曲を聴いているうちに、よく考えたらグランジって聴いてなかったなって思って。そこから漁り始めました。
ー「90’s Sky」にはブリットポップっぽさをちょっと感じたのですが、長澤さんの中では何かイメージがありましたか。
そのまんまなんだけど、90年代っぽくしようと思いました(笑)。最近はよく今井美樹を聴いていて、80年代後半から90年代初期のJ-POPにある、DX7が使われているようなチープなシンセサイザーの音とか、ゲートリバーヴの音がかかったドラムとか、ああいうバブリーな音楽に惹かれています。
ーじゃあ当時の記憶がこの曲には反映されている?
うん、90年代の風景ですね。自分が見てたもの、好きだったものを鳴らそうと思いました。「世界は変わる」では、キーボードの山本健太くんにしつこく「90年代初期っぽい、凄く商業的なJ-POPっぽい音を出して」と伝えて(笑)。そういう気分が今作にはありました。
ー90年代っていうのは、長澤さんにとってどんな時代でしたか。
The Beatlesに出会ったのも90年代ですし、それこそブリットポップも聴いてました。ラジオに流れてきたものに感化されて、ウキウキしていた時代ですね。凄くロマンチックな時期というか、ドリーミーな時期。時代が変わって社会的な音楽のあり方も全然違うので、別に過去がよかったなって思うことはないんですけど。今の僕が惹かれている音はあの時代のどこかバブリーな感じで、当時のことを思い出しながら曲を書いていました。