文: 石角友香 編:Miku Jimbo
ローファイなインディーポップテイストのpeanut butters、ポストロックバンドのösterreichi(オストライヒ)と、一見、両極に思えるバンドに参加しつつ、そのことがむしろボーカルとしての声の存在感を際立たせてきた紺野メイ。青く透き通るような浮き世離れした声は若者の屈折を歌っても、声のアートとして楽曲に寄与しても、ずば抜けてその音楽を鮮やかに立ち上げる。peanut buttersは2022年4月に残念ながら脱退したが、6月には初のソロ楽曲「バニラビーンズ」、8月には「Earthbound」、10月には「よだかの時」を配信リリース。そして12月2日にこの3曲を含むミニアルバム『prr me(プルルミー)』をリリースし、シンガーソングライターとして本格的に活動を加速させる。
5曲を通して聴いたとき、改めて感じるのは紺野の声の儚さと、その奥にある決して曲げられない信念のようなものだ。これはもう替え難い天性のバランスで、それさえあればすべて弾き語りでも通用するぐらいの記名性を持つ。その上で曲ごとのバランスをアレンジとエンジニアリングを手がけた三島想平(cinema staff)と作り上げていったのだろう。
1曲目はアコギ1本で環境音も聴こえることから、もしかしたらスタジオではない場所で録音されたのかも知れない「鵜飼い」。寒い国のフォーキーな音楽をイメージさせるアルペジオやフレーズに乗る歌詞の意味は抽象的だが、皮膚感覚や呼吸を意識させる言葉が生々しい。とっさに思ったのは彼女自身もフェイバリットとして時々SNSに挙げているPredawn。穏やかで気高くも、闇がある。続く「Earthbound」がグッとアンサンブルの練られた曲に聴こえるのも曲順通りに運んでいく面白さ。ヒラ歌のリズムは変拍子で、面白いグルーヴを生み出しているが、音圧は薄い。とても明度の高い曲で、歌詞とも相まり昼間の日差しの入る古い診察室がイメージとして浮かぶ。そのシチュエーションが何を意味するのかはわからないが、歌の主人公は《君が いなくなるまえに/教えてあげたい 君の美しいとこ》と歌う。本人も知らない、誰にも言ってもらえないことを伝えなければいけないんだ、という使命感のようなものすら感じさせる不思議な曲だ。これまた具体名を出して恐縮だが、People In The Boxの「さまよう」に感じる“君”への眼差しと思いを想起させた。
おとぎ話のようなサウンドメイクの「バニラビーンズ」はほんの少しの自己嫌悪と、実はそんなことは大したことはないんだ、先に進もうという気持ちがないまぜになった印象。主人公の独り言のようでもあり、明るい曲調とのアンビバレンツそのものを楽しんでしまう。さらに10月に配信リリースされた「よだかの時」は、“今”と言っている瞬間も過去になってしまうのなら考える前に進もうと言われているような気持ちになる。面白いのはプリミティブなリズムが最初はアイリッシュ系に聴こえていたのが、拍を追っているとラテンのそれだったこと。このリズムで踊れるかどうかなんて気にせずに、とりあえず動いてみようと思ってしまう、そんなリズムアレンジそのものにメッセージを感じた。
ラストの「いちご白書」はアルバム随一のユニークでエレクトロニックな1曲。それでいて素朴な印象もある不思議なアレンジだ。“空白のナイフ”という印象的なワードが何度か出てくるのだが、それは二人の間の空白の時間を指すのか、もしくはモラトリアム的な意味合いの無為の時間を指すのか、それとも全く違う意味合いなのかはわからない。だが、壊れそうなのに意志の強い紺野の声には本心を問われているような濁りのなさが常にある。本作のリリースに寄せた本人のコメントによると『prr me』は“tell me”から着想した造語で、自分の作る音楽を自分に問うとき、電話のようだと思ったことがきっかけだそうだ。だから本当のところは紺野自身にしか意味はわからないのかもしれない。だが、意味を超えて音と言葉が聴き手の記憶に触れる感覚が随所にある。声に導かれて、たどり着く先はリスナーの心の中なのかもしれない。
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