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文: 久野麻衣
2020年5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警察官による暴行を受けて死亡した事件を発端に、世界中で広まる黒人差別への抗議運動。
自分にできることは何か考え、黒人差別問題について知ろうと思っているならば、このSpotifyプレイリスト『Black Lives Matter』から始めてみてはどうだろうか。ここにある楽曲には差別に苦しんできた人々の歴史、生活、心の動き、様々なものが詰まっている。Bob DylanもJohn Lennonもここには入っていない。黒人としてアメリカ社会で生きる人々のリアルな声を受け止めてみて欲しい。
主にリストに並ぶのは、1950〜60年代にかけての公民権運動、1992年に起きたロサンゼルス暴動、2013年ごろから始まったBlack Lives Matterといった大きなムーブメントと共に生まれた楽曲たち。トップを飾るのは“黒人であることは誇りである”と声高に叫ぶ、James Brownの「Say It Loud – I’m Black And I’m Proud-」だ。多くのアーティストに多大な影響を与えた彼は、公民権運動の象徴としても大きな存在だった。当時の姿はドキュメンタリー映画映画『ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』などでも知ることが出来るので、ぜひチェックして欲しい。
そして、2015年にBlack Lives MatterのアンセムとなったKendrick Lamarの「Alright」が続く。パトカーの上に乗って披露したBETアウォーズでのパフォーマンスが大きな注目を集めたのち、様々な抗議運動の場で歌われることとなった。収録されたアルバム『To Pimp A Butterfly』も高く評価され、多くのメディアがその年のベストアルバムに選出していたが、グラミー賞では主要部門の受賞はなし。グラミーに対して多くの批判が寄せられたことも記憶に新しい。Princeがスピーチで「本や黒人の命と同じようにアルバムは大事なものだ」と話したのもこの年だ。
このプレイリストの楽曲には、同じような人名が出てくることにも注目して欲しい。ほとんどが、今回のように警察官らの不当な暴力によって命を奪われた黒人たちの名前だ。これまでの大きな抗議運動が生まれるきっかけであり、ここにある多くの楽曲の背景には彼らの存在がある。フレディ・グレイ、マイケル・ブラウン、トレイボン・マーティン、オスカー・グラント、ショーン・ベル…あげればキリがないほどの事件があることを改めて思い出す。できるなら、その人名を一つ一つ調べてみて欲しい。同じような事件は間違いなく報道されている以上に起きているはずだ。
彼らは黒人だという事だけで命の危険と隣り合わせの人生を強いられている。1939年にリリースされたBillie Holidayの「Strange Fruit」。“奇妙な果実”とは、木に吊るされた黒人の死体を意味している。D’Angeloは「The Charade」で<欲しかったのは話し合う機会だけだった / 代わりに手に入れたのはチョークで引かれた死体の跡>と綴った。そうやって、現在までに数々の死を描いてきたのだ。それはいつかの自分の姿かもしれないし、大切な人の姿かもしれない。そして、“黒人”と“女性”という二重の抑圧の中に生きた人々が見る景色もしっかりと見つめて欲しい。Beyoncé、Lauryn Hill、Erykah Badu、Solange、Nonameらの活躍は長い歴史からすればごく最近の話だ。
近年で言えば、映像と共に強く印象付けられている作品も多い。ヒロ・ムライによるChildish Gambino「This Is America」の映像は、差別や銃規制など黒人からみる現代のアメリカの姿を見事に表現し、“KINGS”と書かれた著名な黒人男性の写真が次々と映し出されるKosine「Kings」は彼らを讃えながら、その裏にある心の苦しみを訴えている。
また2015年にTIDALで発表されたUsherの「chains」は現実から“目を背けない”ための映像で当時大きな話題となった。その映像はウェブカメラを利用し、視聴者の目の動きを感知。そして画面を見ている状態の時だけ動画が再生されるというものだった。動画内では警察官による不当な暴力で命を落とした被害者の顔写真と事件の背景を伝えている。
長い闘いの歴史と共に歌い継がれる曲も多い。黒人男性の射殺事件が続いた2016年にJay-ZがTAIDALで公開したプレイリスト『Songs For Survival』があるが、このプレイリストと多くの楽曲が共通している。
Nina SimonのカバーであるJazmine Sullivanの「Baltimore」、Daryl Hall & John OatesやNina Simonもカバーした人種差別のないより良い社会を願うThe Five Stairsteps「o-o-h child」、差別に苦しむ人を思い愛のある世界になるよう歌ったStevie Wonder「Love’s In Need Of Love Today」、月面ロケットを引き合いに出したMarvin Gayeの辛辣なメッセージソング「Inner City Blues」など、知っておきべき名曲ばかりだ。
長い歴史の中で、彼らはいつの時代も希望を捨てず歌い続ける。“この社会はいつか変えられる”と信じ、この闘いを諦めることはない。そして、ここにある楽曲がその一助として、彼らの支えとなっているはずだ。プレイリスト終盤、「I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free」でNina Simoneは差別から解放された自由に思いをはせ、「Redemption Song」でBob Marleyは心の奴隷から自らを解放しようと話しかける。そして、最後には「A Change Is Gonna Come」でSam Cookeがいつかきっと変化は訪れると信じて前に進んでいく勇気を与えてくれる。この曲は公民権運動のアンセムだったのだが、差別との闘いが終わるその日まで、きっと歌い続けられるだろう。そんな意味でも、この曲がプレイリストの最後を飾る意味は大きい。
少なくとも世界は少しずつ変わり始めているはずだ。現に、今回の事件を起こした警察官はすでに殺人罪で起訴されている。5、6年前であれば罪に問われることはなかったかもしれない。これまで多くの人々が起こした行動により、人種差別の現実は広まり、さらに多くの人々を動かしてきた。“知ること”は大事なことだ。
このプレイリストは今なお更新され続けているし、Spotify内では新たに『Black History Is Now』と題し、様々な角度から黒人の歴史や音楽を紹介する企画も始まった。彼らの素晴らしい楽曲たちに触れる際、その背景について深く“知ること”、それも世界を変える行動の一つに繋がっていくのではないだろうか。
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