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文: 安藤エヌ 編:DIGLE MAGAZINE編集部
アイデンティティを貫き、人生をメロディアスに歌い上げるスターたちの存在は輝かしい。いくら年月が経とうとも、彼らの功績は人々の心に残り続け、今も世界中の人々を勇気づけてやまない。
今回のコラムで紹介するのは、マイノリティを抱え苦しみながらも後世に残る優れた音楽を作り続け、音楽史に燦然とかがやくふたりのスターが描かれた映画と、彼らを知る上で重要なエピソードだ。
歴史に名を刻むスターが見せたありのままの姿を知ることで、より身近にLGBTQ+の存在を感じられるようになる。マイノリティを抱える者が自己肯定を得るきっかけや、多様性を認める社会的な器の形成において、映画や音楽などの芸術がもたらす力は大きい。既に彼らについて熟知しているという人も、そうでない人も、ぜひこの機会に改めて偉大なスターたちにまつわる物語を知ってもらえればと思う。
世界的ロックバンド「QUEEN」のリード・ボーカルにしてパフォーマーのフレディ・マーキュリーを主人公にした伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』。ヒースロー空港でアルバイトをしていた青年時代のフレディは、行きつけのライブハウスでのちにQUEENのメンバーとなるロジャー・テイラー、ブライアン・メイと出会い、そこにジョン・ディーコンも加わり新生バンドを結成する。
はじめは小さなライブハウスからスタートしたバンド活動だったが、次第に人気を得てメジャーシーンへと躍り出る。成功と熱狂の最中で喜びを爆発させるメンバー。しかし名声を得ていく最中でフレディは自身のマイノリティを自覚し、孤独を感じるように――。
伝説のパフォーマー、フレディ・マーキュリーはいかにして世界中から愛されるエンターテイナーとなったのか?その胸の内と、華やかな活躍の裏にあったドラマに迫る。
フレディを語る上で欠かせないのが、彼が同性愛者であったという事実だ。彼はこの事実をHIVウイルスによる免疫不全が招いた肺炎で亡くなる数日前まで世間に公表しなかった。その背景には、当時まだエイズという病気が未知のものとされ、満足な医療体制が敷かれていなかったことによる偏見と差別がある。
エイズ診断の2年前に行われたロサンゼルス・タイムズの世論調査では、アメリカ人の半数以上がHIV感染者を隔離して欲しいと答え、同性愛者の集まるバーの閉鎖を求める人は42%に上った。こうした人々のエイズに対する厳しい目と、未知であるがゆえの恐怖心が引き起こす差別意識がフレディにも向けられていたのだ。
それでもフレディは最後まで音楽を作り続け、病が蝕む身体に鞭を打って歌声を振り絞った。死が間近に迫る中で発表された『The Show Must Go On』では、「ステージに立っている自分は別人みたいだ。仮面をかぶっているかのようにパフォーマンスできた」と語るフレディの鬼気迫る圧巻の歌声が響き渡っている。そしてバンドの名声を不動のものとした名曲『ボヘミアン・ラプソディ』では、こんな歌詞が登場する。
too late, my time has come,
(遅すぎた、ついにこの時が来た)
Sends shivers down my spine
(背筋が震えるよ)
Body’s aching all the time,
(ずっと体も痛んでる)
Goodbye everybody
(じゃあね、皆)
I’ve got to go
(僕は行かなきゃ)
Gotta leave you all behind and face the truth
(皆を置いて現実に目を向けるよ)
『ボヘミアン・ラプソディ』の歌詞は、潜在的な苦痛と悲しみをメタファー的な文脈で表現しているといえる。「人を殺した」という歌詞が登場し、どこか曖昧模糊(あいまいもこ)とした心象風景に浮かぶシルエットに向けて歌われているかのような楽曲からは、忍び寄るエイズの影に怯えながらもひとり恐怖と向き合おうとする姿が感じられる。
フレディの死後、エイズ撲滅のための慈善財団マーキュリー・フェニックス・トラストが設立され、各地でチャリティーイベントが開催されるなど、彼の存在と楽曲が持つ力は確かに世界中の人々におけるエイズへの意識を変えたといってもいい。
フレディ・マーキュリーというひとりの人物が、病の脅威に音楽で立ち向かった――だからこそ『ボヘミアン・ラプソディ』は名作たらしめられているのであり、偉大な人物を象徴する芸術作品として後世にも語り継がれているのだろう。
こちらも『ボヘミアン・ラプソディ』同様、70年代から90年代にかけてのポップス界を長く牽引し、今なお精力的に活動を続けるミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描いた伝記映画だ。両親からの愛を受けられずに育った幼少期に始まり、盟友バーニー・トーピンとの出会い、彼との音楽活動を通して一躍スターダムに駆けのぼる。成功を掴んだのもつかの間、ドラッグや自殺未遂などスキャンダラスな事件を起こし、崩壊と再生の道を歩みながら波乱万丈な人生を送るさまを追っている。
劇中では『ユア・ソング(僕の歌は君の歌)』を筆頭に数々のヒット曲が登場するが、そこにはエルトンが生涯の友とするバーニーとの物語があった。当時、貧しかったふたりはエルトンの実家で共同生活を送っていた。バーニーがコーヒーのシミがついた歌詞をエルトンに渡すと、彼はすぐさま曲のメロディが脳裏に浮かんだという。のちに作詞をバーニー、作曲をエルトンといった体制で楽曲づくりをスタートさせるふたりのこのようなエピソードから、その関係性は実に深みがあり、単なる友愛や恋愛感情に縛られない特別なものであったことが分かる。
エルトンは当時、自身をマネジメントしていた敏腕マネージャーのジョン・リードとも恋仲であった。映画本編では自身の性的指向が友人であるバーニーと異なることや、マイノリティを抱えている上での苦悩により従来しがらみのあった家族や周囲の人間との衝突、孤独からの逃避などが虚飾なく描かれ、前述の『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれたフレディの姿に通じる部分が多く見受けられる。
アルコール・薬物依存症などさまざまな苦難を乗り越え、1970年代には両性愛者であることを告白し、2014年には長年のパートナーであった男性と同性婚をしたエルトン。近年ではチャリティ活動も積極的に行っており、1992年にはエルトン・ジョン・エイズ基金(Elton John AIDS Foundation)を設立し、エイズ問題を訴えるチャリティーコンサートなども頻繁に開催している。
生きざまや音楽を通して世界を震わせ、多くの人々の心を動かしたふたりのスター。LGBTQ+への理解が進んでいく現代に生きる私たちが忘れてはならないのは、これまでの歴史で偏見と差別に立ち向かい、音楽で自己を表現し、芸術へと昇華させた人物への敬意を忘れないことだ。そうした思いこそが世界をより良いものにさせ、豊かで愛に満ちた芸術の土壌を育て上げるのだと信じてやまない。
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