文: 神保未来 写:Hide Watanabe 編:riko ito 通訳:Mayu Gen
「インディペンデント音楽」「環境への配慮」「ローカル文化」を軸とした台湾の音楽フェス<浪人祭 VAGABOND Festival>(以下、VAGABOND Festival)。ジャンルを超えた幅広いアーティストが出演するこのイベントが、台湾の音楽や文化を世界に届ける発信地となりつつある。
開催初年度こそ約1,000人の動員だったが、オンラインのプロモーションから現地の演出に至るまで戦略的な改善と工夫を重ね、来場者の口コミも手伝って、次第に規模を拡大。2024年には発売当日にチケットが完売し、累計来場者数が10万人を超えるなど、南台湾を代表するイベントのひとつとなった。
アジアのアーティストを中心としたブッキングも特色で、過去に日本からはxiexie、カネコアヤノ、betcover!!、水曜日のカンパネラ、サニーデイ・サービス、The fin.、DYGLなどが出演している。
そんな<VAGABOND Festival>のブッキングを、30歳の若手であるRanie Chen(陳巧妮)氏が担っている。Ranie氏は日本の音楽シーンにも造詣が深く、「アジアの音楽を世界に発信したい」という想いが、Bitfanの行達也氏、そして渋谷で開催されている音楽フェス<SYNCHRONICITY>と共鳴。このたび、3組のコラボが実現した。
今回は、来日中のRanie氏にインタビューを敢行。コラボの背景を伺うと共に、彼女が注目する台湾/日本のアーティストを選出したプレイリストを作成してもらった。
ー<VAGABOND Festival>と<SYNCHRONICITY>、そしてBitfanがコラボに至った経緯を教えてください。
Ranie Chen:
2023年にxiexieが<VAGABOND Festival>に出演したのがきっかけですね。会場までバンドをアテンドするスタッフが日本語がわからなくて困っていて、私は少しだけ日本語がわかるので、助けを求められてメンバーを案内したんです。そのときに、バンドに帯同していたBitfanの行さんと出会いました。行達也:
Bitfanと<SYNCHRONICITY>が一緒に企画をやることになって、台湾には面白いアーティストがいっぱいいるから「台湾のアーティスト向けのオーディションをBitfanが企画するので、そこから選びませんか?」って話になったんですよ。<SYNCHRONICITY>も、過去に東南アジアや台湾のアーティストをブッキングしていたことがあったので。ーRanieさんがそのように打診したのは、何かシンパシーを感じたから?
Ranie Chen:
私があらかじめ決められた恋人たちへ(以下、あら恋)が好きだってことを、行さんが覚えてくれていて、あら恋と行さんがご一緒したときとかに写真を送ってくださったりしたんです。行達也:
<VAGABOND Festival>がオルタナティブなフェスなので、ブッキングする人もメジャー/インディ問わず幅広い音楽が好きなんだろうなと思っていたんですが…まさか、あら恋が出てくるとは思わないじゃないですか(笑)。すごくビックリしたんです。Ranie Chen:
今までこんなに自分の好みを覚えてくれる人はいなかったので感謝していますし、プライベートで日本に来たときにも、行さんがオシャレなかき氷屋さんに連れて行ってくださって。通常、仕事で会う方はビジネスライクになるけど、行さんとは友達のように話せたんですよね。それに行さんの(仕事の)提案はすごく信頼しているので、ぜひBitfanとコラボしたいなと思いました。ーRanieさんは、どういったきっかけであら恋に惹かれたんですか?
Ranie Chen:
あら恋が8年前に台湾でライブをしたんですけど、そのときにバンド名を見かけて、ネーミングがすごく綺麗だなと思って、チケットを買って観に行ったんです。そこからハマりました。しかもあら恋は歌詞がない曲がほとんどで、日本語がわからなくてもメロディだけでアーティストが伝えたい理念を理解できる。それに、たくさんの楽器を使っているところも魅力的だなと思いました。ーもともと日本の音楽は好きだったんですか?
Ranie Chen:
台湾は親日の人が多くて、私自身も日本のドラマやアニメをたくさん観ていたので、そこからたくさんの日本の音楽を聴き始めました。たとえば『ゆとりですがなにか』『ブラッシュアップライフ』とか。『ゆとりですがなにか』の主題歌は感覚ピエロの「拝啓、いつかの君へ」なんですが、昔担当していたフェスで感覚ピエロを招待したこともあります。ーRanieさんから見て、日本の音楽の魅力はなんでしょうか?
Ranie Chen:
日本の音楽はすごく細かく仕上がっていると思います。それから、あら恋もそうですが、いわゆる“日本っぽさ”を感じさせるメロディが入っているなって。まるで日本の文化がそのまま映画のワンシーンのようにメロディに出てくるというか…だから聴きごたえがあっていいなと思いますね。日本の音楽を聴くことで、自分の人生についてもいろいろ考えさせられましたね。ー“細かく仕上がっている”というのは?
Ranie Chen:
音楽を作る上で、既定路線の“売れるメロディ”や“売れるリズム”ってあるじゃないですか。でも日本の音楽は、既定の作り方をするにしても、その中に自分のオリジナルの要素も入れているんです。あら恋なら日本の楽器を入れたりしますし、単純に「売れたい」と思うだけじゃなくて、自分たちの伝えたい理念が入っている部分がすごく“細かい”と思っています。台湾のインディシーンでは、みんな一斉に「流行っている作り方をしよう」という傾向があるんです。でも日本のインディーズはそれぞれのアーティストに作りたいものがあって、それが(シーン全体に)広がっているので素晴らしいなと思います。だから多様なジャンルがありますし、みんながいろんなチャレンジをしているところもいいなと思います。ー今回のプレイリストは、<SYNCHRONICITY>の出演者および台湾のアーティストから、Ranieさんが注目する方をピックアップしていただきました。音楽性が幅広いラインナップになりましたね。
Ranie Chen:
世代を問わずいろんな方に若手のアーティストを聴いてもらいたくて、今回のプレイリストを作りました。そうした想いは<SYNCHRONICITY>も持っていると思いますね。ー邦楽で言うと、ANORAK!や雪国といった気鋭のアーティストを選んでいるのも印象的でした。
Ranie Chen:
<SYNCHRONICITY>と<VAGABOND Festival>はアーティストを選ぶセンスが近いなと思いました。若い世代だけじゃなくて、歳を重ねてからも音楽を聴いている人たちにも刺さるようなセレクトをしているなって。ー台湾のアーティストはいかがでしょうか?
Ranie Chen:
<SYNCHRONICITY>側に注目してほしいっていう思いと、一方で台湾のファンにもこれからを期待してほしいという意味を込めて選びました。那我懂你意思了(I Got You)のように一回解散して復活したバンドもいるし、緩緩(Huan Huan)のようにこれから海外に進出しそうなアーティストもいますね。ーSpotifyで楽曲が配信されていなかったため、プレイリストには入れられませんでしたが、台湾のヒップホップアーティスト・Sobyも選んでいただきました。
Ranie Chen:
そうですね。とても新人なので、Spotifyの配信はまだで。今音源があがっているのはYouTubeだけです。20歳でデビューしたばかりなんですけど、Nujabes「Luv (sic)」をカバーしたりしています。台湾華語でラップをしてはいるんですが、メロディだけ聴いてくれたら歌詞がわからなくても魅力を感じられると思いますね。ー今年の<SYNCHRONICITY>には、プレイリストにも入っているHuan Huanに加え、台湾のシンガーソングライターである柯智棠(Kowen)さんも出演しました。この2組の魅力もぜひ伺いたいです。
Ranie Chen:
Huan Huanは、ポップス、プログレッシブ、ロックンロールなどさまざまな音楽の要素を感じさせているのが面白いですね。Kowenさんは私自身、1stアルバムが出たときからファンだったので、<SYNCHRONICITY>のオーディションに応募していて驚きました。2013年にKingstonのUSBメモリのCMソングに「It was May」という曲が起用されたんですけど、この曲が全英詞で、初めて聴いたときはまさか台湾のアーティストが歌っているとは思っていなかったんです。その流れでKowenさんの歌の上手さにハマりましたね。マネジメントや制作会社も台湾では規模が大きいところなので、他のインディーズのアーティストとは違ってて。でも、日本のリスナーに他とは毛色が違う台湾のアーティストも知ってほしいなと思いましたね。ー5月には<VAGABOND Festival>への出演をかけた日本アーティスト向けのオーディションが開催されます。どのようなアーティストに応募してきてほしいですか?
Ranie Chen:
今回のコラボが実現した背景には、<VAGABOND Festival>も<SYNCHRONICITY>も、海外に進出したいという思いがあったからなんです。なので、ジャンルや曲調というよりも、海外に興味のあるアーティストにたくさん応募してほしいですね。行達也:
それで言うと、2023年にxiexieが<VAGABOND Festival>に出て、次の日にそこから新幹線で2時間かかる台北のRevolverっていうライブハウスでライブをしたんです。日本にいるときは、Revolver公演のチケットは全然売れてなかったんですけど、<VAGABOND Festival>の演奏を観た人たちが次の日に来てくれたり、口コミもあったりして、チケットがソールドアウトしたんですよ。Ranie Chen:
台湾のリスナーはギリギリまでチケットを買わないんですよね(笑)。でも、フェスに関しては祭りみたいな認識なのか、そこで聴いていいなと思うアーティストがいたら、チケットを即購入するんです。それは個人的にも不思議だと思う現象ですね。ー素晴らしい理念ですね。
Ranie Chen:
でも、台湾の音楽業界の中には「フェスが音楽業界のマーケットを破壊している」と思っている人がいるんですよ。行達也:
“壊す”というのは?Ranie Chen:
台湾の音楽マーケットは日本と違って狭いので、リスナーがフェスのチケットを買うと、CDやライブハウスのチケット代を買うお金がなくなっちゃう、と。それでフェスには破壊力があると思っている人もいます。ー“そこでパフォーマンス観て終わり”というフェスで完結してしまう形ではなく、そこからオーディエンスがライブハウスに足を運んだりそのアーティストのCDを買ったり、マーケットが広がるように心がけているんですね。
Ranie Chen:
そうですね。あとは、台湾だけじゃなくアジア全体で一緒にワイワイするフェスティバルを作りたいので、<VAGABOND Festival>ではアジア全般のアーティストをピックしています。ー<VAGABOND Festival>についても伺いたいのですが、このイベント名は漫画『バガボンド』(井上雄彦・著)に由来しているとか。
Ranie Chen:
はい。主催者(Echo Hsiao/蕭達謙)が侍モチーフの作品が大好きで、そこからインスピレーションを受けました。ー<VAGABOND Festival>では、海岸の清掃をはじめ環境への配慮も強く打ち出していますね。
Ranie Chen:
きっかけは、主催者が他の大型フェスで目にした大量のゴミで。表ではみんな楽しんでいるけど、裏ではゴミの山。それは本当に持続可能なのか?というところから、<VAGABOND Festival>では再利用できる食器のレンタル制度を導入し、マイカトラリーの持参も呼びかけました。出店者やブランドパートナーにも、使い捨てアイテムの削減をお願いしています。来場者の反応も良好で、デポジット制が返却のモチベーションになっているようです。会場全体のゴミも減り、来場者自身が自分の周りを綺麗に保ち、ゴミを持ち帰る人も増えました。ーRanieさんは<VAGABOND Festival>でブッキングを担当されていますが、フェスのブッキングやオーガナイザーは男性が多い印象があって。Ranieさんの周りではいかがでしょうか?
Ranie Chen:
弊社では男女比は3:7で、女性が多いんですよね。弊社のボスも「男性か女性かは関係なく、誰がそのジャンルに能力があるかを考えてポジションを配置している」と言っていました。それに、台湾には<Megaport Festival 大港開唱>というフェスがありまして、これも主催者は女性なんです。なので、台湾は他国と比べて女性の起用率が高いんじゃないかなと思っています。ーなるほど。女性がフェスのオーガナイザーやブッキングを担うにあたって、課題に感じることはありますか?
Ranie Chen:
女性は子どもを生んだり育児をしたりと、一度キャリアを中断させないといけない可能性がありますよね。それは女性としてどうしようもない問題で、どうやって改善するのが良いかが課題だと思っています。私も将来結婚するかもしれないですが、その際にこの仕事を続けた上で子供を産むかどうか、考える必要があると思います。エンターテイメント業は、生活と仕事をなかなか切り分けられないんですよね。なので、結婚したい、出産したいという思いが出てくると、どうしていけばよいのか困ってしまうという…音楽業界には、もっと女性に優しい制度を取り入れてくれることを期待していますね。ーブッキングの際にRanieさんが意識していることはなんでしょうか?
Ranie Chen:
先ほど言った通り台湾の音楽マーケットは狭いので、リスナーにとって斬新な音楽ジャンルやアーティストではありつつも(他のフェスとは)まったく違う雰囲気のフェスになるように、自分がブッキングするときは常々気をつけています。行達也:
とにかく台南はビックリするくらい食べ物がおいしいんです。僕くらいの歳になると、食べ物をすすめられても味が予想できるようになるんですけど、「これは初めて食べたな」って思うんですよね。Ranie Chen:
魚の麺は台湾でどんどん食べられなくなりそうなので、ぜひ今のうちに食べてほしいです。行達也:
牛肉湯(ニュウロウタン)もおいしかったですね。ー毎年のテーマは、環境に関することが多いのでしょうか。
Ranie Chen:
環境だけではないですね。昨年は台南という都市ができてからちょうど400年目だったんですよ。台湾は昔スペインやオランダに統治されていたので、そういう歴史的背景を踏まえて、スペイン、オランダ、イギリスのアーティストをブッキングしました。ー<VAGABOND Festival>が長期的に目指しているビジョンを教えてください。
Ranie Chen:
台湾の音楽シーンを世界に発信する、アジア発の国際音楽フェスを目指しています。全世界に向けたフェスになりたいし、音楽だけじゃなく、台湾の文化や食べ物のことも、このフェスを通じてみなさんに体験してもらいたいですね。読者のみなさんも、台湾に来る機会があれば、ぜひ台南に足を運んでみてください。台湾でもっとも歴史のある街で、おいしいものや魅力的なスポットがたくさんあります。もし10月に訪れるなら、ぜひ<VAGABOND Festival>にもご参加を。きっと忘れられない体験になると思います。会場でお会いできるのを、楽しみにしています!<VAGABOND Festival>INFORMATION
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<浪人祭 Vagabond Festival>
2025年10月17日(金)〜10月17日(日)at 台南・安平觀夕平台旁大草皮
INFORMATION
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<浪人祭 Vagabond Festival>出演オーディション
【応募要項】
募集期間:2025年6月23日(月)〜7月18日(金)
出演日:2025年10月17日(金)〜10月19日(日)のうち、主催者が定める日程外部リンク
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