文: 黒田 隆太朗 写:遥南 碧
世にも美しい音楽だと思った。連想するのは天国にいる自分、現実離れした世界に漂うような感覚だ。余談であるが、ふたりに聞いてみたら事実そうした感想をもらうことも多いようで、とにかくそれは彼女が作った音楽が際立って素晴らしいということに他ならないだろう。それが6月にリリースされたHosoi Miyuの作品『Orb』である。
本作はリリース元のレーベル・Salvaged Tapesが企画した年間プロジェクトの一環で、「Juvenile(少年性)」というテーマを設けて作られた作品である。際立った特徴はふたつある。ひとつは彼女の声だけで作られたアルバムだということ、ふたつめは22.2ch音源「Lenna」を含む作品だということである。前者については合唱をルーツに持つ彼女の表現力に圧倒されるばかりだが、後者こそがこの作品の真髄だろう。22.2chという(22.2chについては注釈参照)特殊な音響環境で再生されることを前提に作られた楽曲で、これをCDやSpotify、美術館でも聴ける作品としてリリースされたことに本作の意義がある。様々な人間のプロフェッショナルな姿勢と叡智があって生まれた作品なのだ。
さて、本作には石若駿、江﨑文武、坂東祐大、加藤祐輔らが作曲者として参加しているが、今回は件の「Lenna」を手掛けた上水樽力と、本作を生み出したMiyu Hosoiの対談を行った。それぞれ独自のルーツと哲学を持ったクリエイターである。
※22.2chとは、天井の面の上層(9ch)、聴く人の高さの中層(10ch)、床面の下層(3ch)、あわせて3層22チャンネルからなる3次元音響に、重低音専用チャンネル(0.2ch)を組み合わせたのが22.2マルチチャンネル音響。これにより全方向からの音を再現することができる。
※上水樽の「樽」の字は、正式には「木」+「尊」となります。
ーHosoiさんのことは音楽家と言ってもよろしいのでしょうか?
Miyu Hosoi:
いや、私はミュージシャンではなくボイスプレイヤーです。同時にディレクションやプランニングといったプロデュースの仕事をしていて、表(プレイヤー)も裏(プロデューサー)も両方しっかりやりたいという気持ちでやっています。ーなるほど。では作品の話をする前に、異なるフィールドで活躍されているおふたりのバックグラウンドから伺いたいと思います。自分のキャリアを決定づけるような出会いがあったら教えてください。
Miyu Hosoi:
大学二年の時、メディアアートのクリエイティブスタジオに入って、そこで受けた影響が大きいです。その現場にいた方達は凄くマルチタスクに、自分も表に出るけどチームを作って演出も考える。それぞれの仕事毎にコンセプトがあり、それを実現するためにやっているのを見て、私もこんな風になりたいなと思いました。皆アーティストでありながらエンジニアとして作品やインスタレーションを出していたんです。ーそれまでは音楽をやられていましたか?
Miyu Hosoi:
高校の時に合唱をやっていました。その部が全国大会は当たり前に出るし、国際大会でも金賞を獲るくらい強かったんですけど。国際大会に出た時に、金賞を獲った私達よりも他の国のパフォーマンスがカッコよくてショックを受けたんですよね。ー試合に勝って勝負に負けたみたいな?
Miyu Hosoi:
そうですね、技術点で勝った感じでした。私達は高校生だったので制服を着て出ているんですけど、世界の代表は年齢もバラバラだし、民族衣装を着ている国もあれば、並び方も一様じゃなくてパフォーマンスが全く違かったんです。日本はその分和声が凄く綺麗なんですけど、パンチがあるかと言われればあんまり...という感じで。海外の人は我も強い感じがありました。ー「表現する」ということへの意識の違いを感じますね。
Miyu Hosoi:
それはこのままプレイヤーになっても変えれないから、自分は演出やイベントを制作する人にならないとやりたいことができないなと思いました。そうしないと、その時の勝ったけど負けた感じを払拭できないと思ったし、あと、日本人はオーケストラは聴くけどコーラスは聴かないじゃないですか。ー確かにそうですね。
Miyu Hosoi:
それはフライヤーのデザインにも原因はあるし、歌っている曲にも一因があると思います。そうやって見せ方の面でももっと考えられることはあるはずで、それで今は両方の仕事をしています。※Miyu Hosoiが選曲した影響を受けた楽曲プレイリスト
ー上水樽さんはどうですか?
上水樽 力:
確実にあるのはクラシックです。小学3年生の頃にショパンに衝撃を受けて、ピアノをやりたいと思ったのがきっかけです。そこからずっとクラシック至上主義で、中学高校と生きてきたところがあるんですけど、音楽をもっと面白くしていきたいと思って大学では東京藝大の音楽環境創造科に入学しました。ー面白く?
上水樽 力:
クラシックの人達は、当然クラシックを聴いてほしい!と思って活動していますが、逆に自分の場合は?と考えてみたら、他の音楽を受けいれて聴いてたのかと思えばそうではないなと思ったんですよね。それで各々が無意識に自分で自分を縛っているような音楽のあり方は面白くないなと思って、先ほどお伝えした学科に入りました。ー「音楽環境創造」とはどういう学科なんですか?
上水樽 力:
作曲も学べるし、アートマネジメントも学べるし、PAやミックスやサウンドデザインや音響、あとは文化研究や音響心理といったものを横断領域的に学べるところです。芸大で学ぶような「芸術」という塊になっているものと、社会との繋がりの間で放置されていたものを、改めて学問として整理する場所かなと思っています。作曲でもコンサートのための音楽作りを学ぶだけではなく映像の音楽を作ったり、他のメディアと繋がっているようなものも扱う学科です。ー既存のものに新しい意味を見出すような場所?
上水樽 力:
それは近いのかもしれないです。今あるものをしっかりと見て、次の時代のものを考えるっていうイメージですね。僕の問題提起としては、音楽がバラバラにあって、皆がそこに自分を無意識に縛り付けている生き方はつまらないと思ったので、別の聴き方の機会を提案できないかなと思ってやってきました。TAG;
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