文: 石角友香
元MOSHIMOのベース宮原 颯(Vo/Gt)がバンドを脱退するかしないかという時期に「自分に歌いたいことはあるのだろうか」と、作詞作曲したのがirienchyの始まりの曲「Message」だということを知って、変な話非常に信頼できるバンドだと思った。音楽的なコンセプトやテーマの前に、宮原のもとに同じくバンドを去った本多響平(Dr/Cho)、新たな仲間である諒孟(Gt/Cho)、井口裕馬(Ba/Cho)が必然的に集まったのだろう。というのも、聴きやすいが、ジャンル的には決して一面的ではなく、むしろ諒孟のレッチリやHR/HM 好きそうな側面が顔を出したかと思えば、メロディとコード進行の人懐こさと熟練に、現代のインディーミュージックと日本のニューミュージックが融合しているように思えたり、いきなり深遠でホーリーなプリズマイザーを用いた楽曲があったり。こうして文章にするとずいぶん支離滅裂なバンドに思えるが、あらゆるジャンルを飲み込んでも人の声という無二の存在である宮原のボーカルが真ん中に存在することでバンドが束ねられる。加えて全員が曲を書けるという、曲の構造への理解、さらにはどれだけ1曲の中に多様なジャンルを搭載してもアレンジでトリートメントできるスキルがあることがポップミュージックとして、最大の強みになっている。
本記事の目的は新曲「ヒトミシリ流星群」の紹介だが、このバンドの音楽性を前段としてもう少し振り返りたい。今年3月に代表曲や新曲を収録したミニアルバム『AMPLITUDE』をリリース。前出の「Message」のリマスターや、バンドのキャッチフレーズである“聴いた人、見た人誰をも笑顔にさせる”意思の発端とも言える、大人になっても笑われたって構わない、やりたいことをやって楽しまなくて何が人生だと言わんばかりの「スーパーヒーロー」、シューゲイザーもバックボーンにあるのか!と驚かされた「キツネビヨリ」から、宮原のラップも冴える、攻めたファンクチューン「最後の矛」など、いい意味でバンドというより、ボーイズグループ並の音楽性の広さを楽しめるのだ。ライブ未見の立場で妄想すると、オーディエンスはどんなノリをしていても違和感がなさそうだし、どの曲も自分ごととして笑ったり泣いたりできそうな印象を持つ。つまり、irienchyの音楽はOur Songなんだと思う。
初期ベスト的な『AMPLITUDE』に続いてリリースされるのが「ヒトミシリ流星群」だ。全員が曲を書ける強みを生かして、今回は本多響平と井口裕馬のリズム隊コンビが作曲し、井口が作詞を担当している。まず〈わかってるんだよ用意したプレゼントを〉という歌始まりの展開に「え?え?」と興味を引き付けられる構成が巧い。巧いけれど、むしろAメロは淡々と進行し、ギターポップとギターロックの中間地点的なポップミュージックに着地する。少ない音数が“ヒトミシリ”感を醸し出し、サビでロマンチストな主人公がその内気さの向こうにある本音を覗かせる。そこに煌めくギターリフが“流星群”をイメージさせ、主人公の願望を音像として具現化する。音選びとアレンジの見事さに加えて、ボーカリスト以外のメンバーがこれほどボーカリストのパーソナリティを映した歌詞を書けることにも驚きと微笑ましさを感じずにいられない。宮原の声質は素朴だ。歌い方も素直だし、カッコつけようがない声とも言える。そのことをメンバーが理解しているだけじゃなく、普段からの仲の良さが可能にした作詞法なのだろう。この押し付けがましさのなさはまずバンドという社会で「いい曲かどうか」の実証実験がなされているからだろう。
おそらく、この曲に登場する二人はしばらく会えていなかったのだろう。一見、憂いているようでお互いの変わらなさ(変われなさ)を愛おしく思っているんじゃないだろうか。秋の気配は日に日に深まっていきそうだが、同時に今年は夏が長いとも聞く。少しずつ空が澄んできたら、夜空を見上げながらこの曲を再生してみたくなった。
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