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文: つやちゃん 編:Miku Jimbo
言うまでもなく、ある種のR&Bとはエロスの音楽である。とは言え、エロスをいかに表現するかという革新が問われるというよりも、「エロスをいかに体験として表現するか/実際的に描くか」というもう一歩踏み込んだ先のリアリティが重要であり、その点ではある程度の“型”や“枠組み”を重視するのがこのジャンルに違いない。ゆったりとしたBPMでリズムを刻むビート、空間に充満するようにかぐわしく囁かれる吐息、モタるような粘りでレイドバックするグルーヴ、高いキーで濃密に歌いあげられるボーカル――。時に機能的であり、時に肉感的であり、そして時にドラマティックであること。以上を官能的なR&Bの様式美と置くならば、林 和希の『I』は、その条件を限りなく満たした佳作である。
林 和希は、“KAZUKI”の名でDOBERMAN INFINITYのボーカルとして活動しているシンガー。けれども、むしろこのソロ作品によってようやく彼の本領は発揮されたと言ってよいのではないか。とにかく本人が愛する古き良きオーセンティックなR&Bを真正面から全力でやることで、初のソロ作品ながら様式を知り尽くしたゆえの安定感が演出されているのだ。
一方で、トラック制作から作詞・作曲までを行なう唯一のメンバーとして活躍している彼だからこその技術も、至るところで体感できる。その代表となる曲が、DOBERMAN INFINITYのライブでも披露され話題を呼んだという「Wow」。唯一の外部プロデューサーとしてSWING-Oが入ったこのナンバーは、林 和希の律動/リズムに対する類まれなるセンスを軸に、R&Bの魅力をこれでもかと詰め込んだ佳曲である。まず何よりも、繊細な意識を込めた音節の区切りと発音がずば抜けていないだろうか。序盤はオーソドックスな文節でリズムを作った後、続く《フロア歩けば誰もが/Can’t stop touchin on my tattoos/声掛ければ世界中が/簡単に⼿に⼊る/But Iそうじゃない/そんなのいらない》というラインでは独特の切断によって焦りを生み出す。ラップに影響を受けたような跳ねる歌唱は、《今すぐ 二人だけにしてくれ》という歌詞に繋がる焦燥感をリアルに感じさせるテクニックだ。
ただ、この派手なパートの焦燥感が際立つのは、直前のオープニングのメロがあまりにもエロティックだから。頭から一定のリズムを刻み歌われる《もう何杯⽬/きっとシティライトに酔わされ/To da Left to da Right/ふらついたフライデーナイト/⾦使って 現実から逃げ回って/いつの間にか/迷い込んだワンダーランド》という部分に込められた技巧に着目したい。「ライト」「酔わされ」「Left」「Right」「ふらついた」「フライデー」「現実から」「ワンダーランド」と執拗に繰り返されるラ行の音が、めくるめく官能を呼んでいる。同時に、「金使って」の直後に「いつの間にか」を繋げ<金=money>を想起させる、隠れた韻の仕掛けにもドキリとする。
同様の技巧は、Bメロにも潜んでいる。《どんな出会いだって/泣くような最後じゃ/冗談くらいで/慰め合う関係探して》というラインで、「泣く」の直後に「くらいで」を接続し<泣く=cry>を埋めこむテクニックはさらに分かりやすく確信的であり、クライマックスとして結ばれる《照れた⽬つきもイイね》という二人の関係性に決定的なロマンスを与えている。
シンガーソングライター、あるいはプロデューサーとしての感性はその他の楽曲でも効果的に作用しており、「Lonely」で絶妙なタイミングで挿入されるスクラッチ音は愛に飢えた孤独を賑やかに彩るような役割を発揮しているし、「Nyte Flight」の茶化したようなキュートな効果音はユーモラスで、「One Day」でも女性コーラスのサンプリングが見事なフックとなっている。シンガーとしてR&Bのエロティックなムード生成に必要な全てをあわせ持った上で、シンガーソングライターとして/あるいはプロデューサーとして韻律や効果音といった技術を巧みに駆使することにより独自のロマンスをも生む――。何という才気だろう。本作は、林 和希という多才なアーティストによる、国内R&Bの充実した未来を期待させるような優れた一枚だ。
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