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文: 黒田隆太朗
情景を喚起させるメロディ、映画のワンシーンのようなストーリーを感じるトラック。この音楽は日常と地続きの場所から、ささやかな刺激と安らぎを提供してくれる。早くに目覚めてしまった朝方、コーヒーブレイクを楽しむ正午過ぎ、心地よい疲労を感じながら読書に耽る夜、ドライブに出る休日…1曲毎になだらかに音色を変えていく本作は、ありふれた日常に溶け込むサウンドトラックだ。Malus & Lyrical Watersideによる2作目のアルバム、『Connectivity』が素晴らしい。
今から10余年前、それぞれトラックメイカーやDJとして活動していたMalusとLyricalが出会い結成されたのが、東京下町のトラックメイクユニット・Malus & Lyrical Watersideである。Malusは当時を回想し、「ブレイクビーツやアブストラクトな音楽が流行っていた時期に、Lyricalさんは鍵盤の単音でもフレーズのあるビートを作っていて良いなと思った」と語っている。東東京という活動の拠点が重なったことはもちろん、音楽的にも波長が合うのを感じていたのだろう。すぐに意気投合したというふたりである。
コンピレーション『Listening Is Believing Vol.2』への参加や、日本語ラップの企画『OLD TO THE NEW』シリーズを監修する傍ら、2011年には初のアルバム『One Day In Our Life』をリリース。1日の流れを描いたコンセプチュアルな作品で、話題になったのがその豪華な客演である。90年代に多感な時期を過ごしたふたりは、自身がリスペクトするラッパー達にオファー。Diamond D、Grand Puba、Tashといったアーティストが名を連ねることとなった。
その後は国内のラッパーにフォーカスを当てた活動にシフトし、vol.3までリリースを続けた『OLD TO THE NEW』シリーズでは、これまでZONE THE DARKNESS(現:ZORN)、DOWN NORTH CAMP、田我流、サイプレス上野らが参加。
90ʻsの空気を蘇らせることをテーマに企画された『RE:BIRTH+CREATION』を発表するなど、シーンの中で確かな足跡を残していく。こうしたプロジェクトと並走する形で、水面下で創作を続けていたのだろう。前作から10年の時を経て、再び海外のアーティストとの充実のコラボを実現させたのが『Connectivity』である。リリースは彼らが根城とする<RE:CREATION>から。
オリエンタルな音色と魅惑的な声が聴こえてくる「Intro」から、Jurassic5のAkilをフィーチャーした「No Borders」が早速ハイライト。沈む夕日を眺めながら、過去や未来に思い馳せるようなメロウなサウンドに、Akilの洗練したラップと心癒されるスウィートなコーラスが重なっていく。包み込むような柔らかい音色や、<Music is No Borders>というリリックも相まって、本作の中でも一際普遍性のある楽曲になったと言えるだろう。
前作にはなかった要素となっているのが“歌”への比重である。それはここ数年のシーンの動向を捉えたものであると同時に、「普段ヒップホップを聴かないリスナーにも届くものにしたかった」という、作り手達の意思が反映されたものだろう。そしてそれは、抒情的なメロディに強さがある、Malus & Lyrical Watersideの音楽にはうってつけの方向性である。
楽曲のタネをMalusが持ち寄り、Lyricalがアレンジを手がけるという制作は、Lyrical曰く「音を汚す」のが自身の役割であるとのこと。どこかスマートな質感のあるトラックに、ザラっとした味付けをするイメージだろうか。「飽きさせないためのバラエティ性も意識した」という本作は、楽曲毎に変わっていく情景も魅力である。ウーバードライバーが客にラップする映像、「Uber Rap」で話題を呼んだHi-Rezを招いた「Language」では、ミステリアスな空気を醸し出す鍵盤の音が印象的。
一方、デトロイトを拠点に活動していた4MC’s、Clear Soul Forcesを招いた「Equalizer」は、浮遊感のあるトラックが心地良い。彼らの解散直前に録られたという貴重な音源で、昼寝しながら見る夢の中にいるような、ふわふわした音色に乗るマイクリレーが新鮮だ。
アルバムを彩るゲスト陣からも察せられる通り、Lyricalが言う「自分が育った90年代のヒップホップを、今に伝えたい」という意思が、彼らの作品に共通するテーマだろう。
「A Tribe Called Questが大好きで、たとえばジャズからサンプリングしているお洒落な楽曲を聴いて、当時荒々しいだけがヒップホップじゃないんだって思いました。それが今の自分の作品に繋がっているかもしれない」というMalus。自身らがリアルタイムで体感した刺激やアイデアを、現代の音色と技術でサウンドに宿らせているように思う。
また、本プロジェクトの魅力である“レジェンド枠”は健在で、冒頭のAkilの他に、M5の「Outside Looking In」では、90年代に活躍したArtifactsが参加。前作でもメンバーのEl Da Senseiがフィーチャーされていたが、“Artifacts”名義で日本の作品にクレジットされるのは今回が初とのことである。
楽曲としてフレッシュな感触を受け取ったのが、KOTA The Friendが参加した「Woo Sah」である。ラテンの匂いが香るトラックと、パッションを感じる歌が特徴的なナンバーで、昨年リリースされた柔らかくノスタルジックな『EVERYTHING』とは異なる彼の魅力が聴ける1曲だ。本作に関し、「せっかくコラボをするのだから、自分の作品ではやらないような曲にしたい気持ちがあった」と説明していたが、こうした旬なラッパーの新鮮な一面を見れるのも本作の面白さだろう。
黄昏時を感じるインスト「Out mix」から、フィリー出身のフィメールMC・Steph Pocketsをフィーチャーした「More Peace and More Love 」までの流れには、本作の魅力が凝縮されているように思う。彼女がお台場で行われたイベントのために来日した際、同イベントに出演していたMalusがその場でオファーしたというコラボである。涙が零れ落ちるようなメランコリックな鍵盤と、背中を押されるようなパワフルな声、楽曲にスケールを与える男性ゲストのコーラスが、聴き手の気分をピースフルなクライマックスへ導いていく。
このポジティブなエネルギーこそ、本作を象徴する気分だろう。前作ではほとんどゲストに任せていたというリリックも、今回のアルバムでは楽曲のテーマを伝えた上でオファーしていったという。楽曲自体にバラエティ性があるものの、作品を通してどこか連続性を感じるのは、そうしたところにも理由があるはずだ。「No Borders」で始まり「More Peace and More Love 」で終わる構成や、しっとりとした音色からは暗い時代に投げかける和やかなムードを感じる。
“そこまでの意識はない”と語っていたが、彼らの活動は、図らずも様々な音楽に接点を見出す文化の交流点である。「THA BLUE HERBのBOSSさん(ILL-BOSSTINO)が言っていた、“レコードは旅をする”という言葉が好きで、僕らの音楽もそうなったらいいなと思う」というMalus。「その時々で一緒に音楽をやりたい人に声をかける。つまり、僕らは自分達にとって一番楽しいことをやっているだけなんです」という彼らの活動は、それ故に自由であり、どこにでも飛んでいけるだろう。
黒田隆太朗
Malus & Lyrical Waterside『Connectivity』
発売日:2021年2月19日
レーベル:RE:CREATION収録曲:
01. Intro 〜encounter〜
02. No Borders (feat. Akil the MC & Anna)
03. Language (feat. Hi-Rez & The Audible Doctor)
04. Equalizer (feat. Clear Soul Forces)
05. Outside Looking In (feat. Artifacts)
06. Man On A Mission (feat. Hendersin)
07. Woo Sah (feat. KOTA The Friend & GuitiK)
08. For My Brother (feat. Awon & Natty Reeves)
09. Outro 〜By For Now〜
10. More Peace and More Love (feat. Steph Pockets) [Bonus Track]
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