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文: 黒田 隆太朗 写:マスダレンゾ 編:黒田隆太朗
カモメの鳴き声、さざなみ、潮風の音。船出の時を待つように、開演前には港を喚起させるSEが流れていた。本ライブの冒頭数曲で海を渡る映像演出があったように、“我々は既に方舟に乗ってしまっている”というメッセージを込めた新作『行列のできる方舟』に、“航海”のイメージがあるのは間違いないだろう。
「異邦人」で幕を開けると、3曲目まではアルバムの曲順通り。「幽霊船」、「水が湧いた」と続いていき、スクリーンにはゆらゆらと揺れながら暗い海を渡っていく方舟が映し出される。「幽霊船」では雷が轟く荒れた海を進んでいき、「水が湧いた」では龍を模したカヌーのような乗り物で先へ、先へと向かっていく。ビークルを変えながら、4人が未だ見ぬ世界を目指して旅を続けるようなイメージが浮かんだ。
『行列のできる方舟』は、作詞作曲を手がける玉置周啓(Vo&G)の意思が、これまでになく反映されたアルバムだった。<新たなる大陸が 見つからないなら(中略)作ればいいじゃないの>というリリックも、その特徴を顕著に表した一節と言えるだろう。コロナ禍以降社会は混迷していく一方だが、そうした時代の中でMONO NO AWAREは、自分達の音楽を通して居心地の良い場所を生み出そうとしているように思う。
さて、躍動するアンサンブルが気持ち良い「異邦人」は、音楽的にも彼らの進化を示す楽曲である。筋肉質でダイナミックなドラムとしなやかなベースには重厚感があり、ギターフレーズには熱気と華がある。随所に入ってくるコーラスも象徴的で、キャリアを経る毎にMONO NO AWAREの音楽は、大きなスケールを身につけている。
「水が湧いた」を歌い終えたところで、挨拶を兼ねた最初のMCが入った。結論から言えば、この日は3、4曲ごとにMCが差し込まれ、そこでチャプターが切り替わるようなセットリストだったと思う。冒頭3曲が新作のムードやテーマを伝える音楽だとしたら、ここからは身体が揺れる軽やかなロックンロールである。
「かむかもしかもにどかも」はいつ聴いてもインパクトがあり、爽快感と共に思わず笑みが溢れる1曲だ。ステージが広いこの日のライブでは、竹田綾子のブっといベースラインも存在感抜群。歌い切った後に快哉を叫ぶ玉置の姿もカッコ良い。MONO NO AWAREのライブにおいて、最もカタルシスが生まれる瞬間と言えるだろう。
ストレートな愛情表現が微笑ましい「ゾッコン」や、カラフルでファニーなMVも印象的な「孤独になってみたい」には、聴く人を晴れやかな気持ちにさせる力がある。The Strokesからの影響を感じる小気味良いギターが爽快な「機関銃を撃たせないで」は、メンバーの背後に浮かび上がるシルエットもカッコ良い。どこかシリアスな印象が強かったこの日のライブの中で、アンコールを除くと最もポジティブな気分を伝えた3曲だった。
ここでカチッとムードが切り替わる。長いMCを挟んで演奏された「5G」が、この日を象徴するハイライトのひとつだ。スクリーンが三分割され、まるで複数のテレビ画面を同時に見ているような、脈絡もない映像が次々に映し出されていく。時代背景やジャンルに統一感はなく、自然、芸術、スポーツなどの動画が入れ替わり立ち替わり流れていく中、4人の演奏が始まった。
過剰な情報社会の中で生きることで生じる気づきや戸惑いを語ったMCも意味ありげある。つまり、ここで見せている濁流のように流れていく映像は、我々の日常を可視化したものなのだろう。我々は皆、PCで動画やニュースを見ながらスマートフォンでTwitterを確認し、インスタを眺めたかと思えばTikTokで時間を潰し、飽きたところで再びTwitterに戻っていく…。まさにここに映し出される映像の通り、万里の長城を見た頭で阿波踊りに思いを巡らせ、ロックバンドのライブを見た直後にベースボールの試合に一喜一憂する、そんな生活を送っているのである。複雑に動き回るベースは不穏さを際立たせ、行き場をなくして彷徨うようなギターにも緊張感があった。
「5G」の後はトランシーでサイケデリックな「そういう日もある」から、湿っぽいギターと感傷的な声色を聴かせる「ダダ」へと続いていく。いずれの楽曲も、一筋縄ではいかないリズムとメロディが実にMONO NO AWAREらしい。聴いているだけで思考の渦に飲み込まれるような不思議な音色には、なんとも言えない蠱惑的な響きがあり、彼らの楽曲の美しさはこういうところにあるんだと思う。玉置周啓は曖昧模糊とした感情を綴ることに長けた詩人であり、独特の言語感覚と奇妙なフレーズをかけ併せ、ポップソングでありながら奇抜さを内包した音楽を作ってきた。そうした毒を含んだキャッチーさこそ、この音楽に魅了される所以なのである。
「ダダ」を終えて演奏された「LOVE LOVE」は、本当に感動的だった。無数の流れ星に貫かれるような白いスポットライトが劇的で、光が交差する中で歌われた青臭くも率直なラブソングは、これまでのMONO NO AWAREにはなかった清らかな響きを持っている。加藤成順が弾くアトモスフィアなギターも、詩を感じるような美しさがあったと思う。
ラストスパートへの3曲はこれまでアルバムの中核を担ってきた楽曲たちである。言い換えれば、玉置の思想や願いを色濃く反映した楽曲とも言えるだろう。MCでは“自然最高というスタンスを歌った曲”と紹介した「そこにあったから」は、この日の曲順では、「5G」への回答のようにも聴こえた。雄大な自然への畏敬の念を感じるこの曲は、広がりを感じさせるアンサンブルや、メロディに膨らみをもたらすような加藤と竹田のコーラスが心地よく、MONO NO AWAREの中で最も包容力のある楽曲と言えるだろう。<幸せでいて>というフレーズも象徴的で、力強くも優しさを感じる素晴らしい1曲だ。今後彼らのライブにおいて、新たな代表曲へと成長していく予感をきっと誰しもが抱いただろう。
前作『かけがえのないもの』に収録された「言葉がなかったら」は、書き手の不器用な誠実さと愛情が詰まった楽曲で、ライブでは一層情熱的である。また、『AHA』収録の「東京」は、こうした時代の中で一層そのメッセージ性が際立っているように思う。望郷の念を抱えながらも、自分が今いる場所で生きることを綴った楽曲で、<ふるさとは帰る場所ではないんだよ>、<まだ見ぬ新たな母を探している>というフレーズを聴いていると、キャリアを通して表現してきた一貫した冒険心を感じる。
さて、改めてこの日の玉置のMCには、いつになく緊張感が漂っていたと思う。無論、社会の空気を反映したものであることは言うまでもない。「こんなクソみたいな世の中じゃ、言いたいことはプラスもマイナスもあり過ぎる」とも語っていたが、きっと誰もがそんな思いを抱えているのではないだろうか。SNSを眺めているだけでも、陰惨な気分になる時代である。その上、答えの見つからない問題が山積みだ。ライブひとつ行うにも、様々な葛藤を抱えてステージに立っているはずである。しかし、だからこそ音楽が持つ開放感には力があるように思う。
本編ラストは『行列のできる方舟』の最後の1曲、「まほろば」である。やはりこのツアーは、「異邦人」で始まり「まほろば」で終わることに意味があるのだろう。「それぞれが(方舟に)乗っちゃっている。それに気づかないと地球がヤバい」というMCも、光る海原を進む映像演出も、実に示唆的である。寂寞感のある音色と、どこか淡々と歌われるような声色に、先が見えない芒洋とした世界を進んでいくような気分を感じた。
「まほろば」の演奏前に語った、「人は誰しも相反する感情をいくつも抱えている。それこそが多様性なのではないのか」という言葉は、玉置らしい言葉だったと思う。悲しいのか嬉しいのか、寂しいのか満たされているのか、イマイチよくわからない。その全てが当てはまる気するし、そのどれをとっても自分の感情を説明するには不十分な気がする。人は皆そうしたアンビバレンスな感情を抱いている。そしてだからこそ優れた芸術表現は、すべからく多義的なのである。そしてこうした“一言では言えない感覚”こそ、MONO NO AWAREが表現してきたものだろう。
また、「誰しもが多様性を抱えている」という言葉には、誰しもが別個の個性を持っており、それぞれの違いを認めようという配慮があるように思う。言葉にすれば当たり前のことだが、こうしたところにも彼らの誠実さは表れているのだろう。
さて、一転して和やかなムードになったのがアンコールである。先に加藤、竹田、柳澤豊の3人がステージに上がり、この日訪れたオーディエンスへの感謝を口にしながら、談笑を始めている。久しぶりのツアーをやり遂げたことで、メンバーたちにも開放感があったのだろう。こうしたゆるい空気も、彼らのライブらしくてほっこりする。後から登場した玉置の衣装が、ブルース・スプリングスティーンに似ているという笑いもありつつ、初期からの代表曲「インワンコッチャナイ」と「井戸育ち」を歌いライブも終了。ツアータイトルの『ODORI CRUISING』は、直訳通りの「踊る旅」であり、「踊り狂う」をもじったものでもあるのだろう。彼らの実直な思いを感じる素敵な一夜だった。
黒田隆太朗
セットリスト
01.異邦人
02.幽霊船
03.水が湧いた
04.かむかもしかもにどもかも!
05.ゾッコン
06.孤独になってみたい
07.機関銃を撃たせないで
08.5G
09.そういう日もある
10.ダダ
11.LOVE LOVE
12.そこにあったから
13.言葉がなかったら
14.東京
15.まほろば
en1.井戸育ち
en2.イワンコッチャナイ
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