文: 黒田隆太朗
作り手の屈託のない笑顔が見える。朝このアルバムを聴くだけで、今日が良い日に変わる気がする。メジャーに移ってからはサウンドがくっきりとしていった印象で、素直なライティングでポップスに挑んでいるように感じる。前向きな言葉に迷いはなく、チアフルなバンドサウンドに乗って、彼女の伸びやかな声はどこまでも飛んでいきそうだ。今作の関取花はこれまでになく軽快で、それでいて力強い。
彼女は自身のブログにて、「『私は私のままでいい、あなたはあなたのままでいい』というコンセプトを先に決めていた。これほど明確に伝えたいメッセージがあったのは初めて」と説明している。そうした意識が清々しいサウンドと、<あなたがあなたを愛せるような/明日は必ずやってくる>と歌う、「美しいひと」のような楽曲に繋がっていったのだろう。
インディーズまでの音楽を大雑把に言い切ってしまうなら、卑屈な自分をどうポジティブに転換させるか、というのが彼女の音楽だったと思う。すなわち、その歌の背後にあるのは悲観である。そんな自分をいかに笑い飛ばし、日常をどう豊かにしていくのか、というのが関取花の歌だった。キャリア最高の名曲「もしも僕に」で歌われているように、隣の芝生は青く見えて仕方がないのである。
つまり、「肯定する」という前向きさは、ずっと彼女の原動力としてあったものだと思う。その上で、眼差しが他者へと向いてきたのが今作の変化なのだろう。そうした気持ちのあり方は、彼女が書く言葉はもちろん、溌剌としたサウンドに表れている。メジャーデビュー以降の数作で、亀田誠治やトオミヨウ、野村陽一郎といった、日本のポップシーンの前線で活躍するプロデューサーと仕事をした経験も大きいのだろう。上記の面々が担当した楽曲はもちろん(本作では「太陽の君に」を亀田誠治、「今をください」をトオミヨウ、「逃避行」と「スローモーション」を野村陽一郎がプロデュース)、関取花自身がアレンジを担当したその他の楽曲も、総じて音の輪郭は明瞭で、作品を通して広がりを感じさせるアレンジになっている。ライブや制作を共にしてきたプレイヤー陣との信頼関係も大きいはずで、幅広い層のリスナーへと向かっていくような開けたサウンドが印象的だ。
表題曲や既発曲の「太陽の君に」をはじめ、「恋の穴」、「女の子はそうやって」、「スローモーション」と、いつにも増して佳曲の多いアルバムである。中でも惹かれるのが「はなればなれ」で、歌の主人公は別々の道を行く友人(と私は解釈しているが、恋人かもしれない)との別れに、寂寞の念を感じている。が、背中を押すように刻まれるBPM150ほどの力強いバスドラと、健やかな未来を予感させるフルートやチェロの音色からは、新しい場所へと進んでいく者への行け!というエールを感じずにはいられない。
「美しいひと」のようなストレートな歌詞も素敵だが、情景の浮かぶ歌詞の中に、言外のメッセージを込めるところに彼女の作家性があると思う。また、『ただの思い出にならないように』の「彗星」がそうであるように、実はテンポの速い曲を書くことに長けている作家である。はやる気持ちを描くことが上手いというか、思わず駆け出してしまうような楽曲も彼女の魅力のひとつである。
昨年上梓したエッセイ集『どすこいな日々』や、多数のテレビ出演をはじめ、老若男女を楽しませる彼女のユーモアは、音楽の枠を越えて波及していっている。そうした様々な仕事の中で良い循環が生まれているのだろう。デビューから10年が経ち、まさしく充実の時を迎えているように思う。
さて、そうした気持ちの良いアルバムに対し、最後に身も蓋もない事を言っておくと、それでも人生はそんなに楽ではないと思う。昨日がどんなにダメな1日でも、明日は素敵な瞬間が待っているかもしれない。だが、同時に今日がどんなに最良の1日でも、少し先にはどん底の未来が待っているかもしれないのだ。長い人生、きっとまた隣の芝生が青く見える日は来るだろう。でも、そんな時のためにこの歌はあるように思う。「あなたはあなたのままでいい」といういうことは、つまり「あなたのことを認める」ということであり、ここで言う「あなた」とは、これから困難にぶつかるかもしれないあなたのことだから。目一杯、人生を愛でるための1枚である。
黒田隆太朗
関取花『新しい花』
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2021.03.03 Release
【CDのみ通常盤】
UMCK-1681
¥3,300【初回生産限定盤BOX仕様】
UMCK-7091
¥4,1801.新しい花
2.はなればなれ
3.恋の穴
4.ふたりのサンセット
5.あなたがいるから
6.逃避行
7.太陽の君に
8.まるで喜劇
9.女の子はそうやって
10.今をください
11.スローモーション
12.美しいひと
13.私の葬式(バンドver.)
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