Momは今、「希望」に1票を投じている――この世界の複雑さと解決のなさ、未来の見えなさに向き合った『AIと刹那のポリティクス』

Review

文: 天野史彬  編:riko ito 

ポップなメロディとコラージュのようなサウンド、強いメッセージ性を持つリリックでオリジナリティを発揮するシンガーソングライター/トラックメイカーのMom(マム)。その独自の世界観でリスナーを驚かせる彼が、2025年3月22日に発表した通算7作目のアルバム『AIと刹那のポリティクス』のレビューを公開。

様々な方角からの力に惹きつけられ、引き裂かれ、境界線の曖昧さを知り、矛盾を知り、完璧が存在しないことを知り、それでもなお選択し決断することを「ポリティクス」と呼ぶのなら、Momは今、「希望」に1票を投じている

2024年前半はよくMomのライヴを観に行った。前年にリリースされた『悲しい出来事 -THE OVERKILL-』が大好きなアルバムだったことと、あまりライヴのイメージがなかったMomが頻繁にライヴをやりはじめ、しかも「Mom and The Interviewers」という学生時代の友人と組んだ3ピースバンドでもライヴをやっていると知って、「観たい」と思ったのだ。Momが他の誰かとコラボやフィーチャリングをするイメージはなかったが、そんな彼が今選んだのが「昔からの友人とのバンド」だというのもしっくりきた。初めて渋谷La.mamaでMom and The Interviewersのライヴを観た時から僕の目は釘付けになり、それから都合が合えばチケットを買って、いそいそとライヴに出かけていくようになった。彼がよく出ている渋谷La.mamaには10代はドリンク代だけで入れるシステムもあり、ライヴハウスのフロアには学校の制服を着た人たちもちらほらいた。その若者たちはバーカウンターでよくメロンフロートを頼んでいた。僕は大体ビールを飲みながらMomのライヴを観ていた。中村一義との2マンの時などは、点と点が線で繋がったような感動があった。

ライヴを観る度にMomの音楽は力強さを増していくようだった。弾き語りでも、3人のバンドでも、熱くタフな演奏をMomはひたすら続けていた。何年か前にもDJとふたり編成でのライヴを観たことはあったが、昨年観たMomのライヴの印象はその頃とはかなり違うものになっていた。歌と楽器のシンプルさは、彼の音楽が持つ生身の美しさを際立たせていた。また彼はライヴで楽曲を大胆にアレンジもしていた。バンドでロックにアレンジされた「タクシードライバー」や「続・青春」は、ライヴのハイライトでいつも僕の心を震わせた。去年5月の表参道 WALL&WALLでのワンマンライブで聴いた「あかるいみらい」は、なんと性急なパンクロックになっていた。弾き語りの時も、バンドの時も、Momは「タクシードライバー」のサビで観客たちにシンガロングを促した。Momは鋭利な孤独の表現者であるとともに、コミュニケーションを諦めないリアルな実践者であり、繊細で屈強なサバイバーだった。僕が頻繁にライヴに行っていた頃に『産業』というアルバムもリリースされた。それは現実の確かな質感と夢想的なヴィジョンが混ざり合っているような作品で、収録曲は6曲とコンパクトだが、豊潤な作品だった。ひとつの場所で強く生き、ひとつの場所で安らぐこと。それとともに、ここではないどこかへの旅立ちを想うこと。乗り越える夜と迎える朝。散らばる夢と可能性の欠片。それらが同じ刹那に重なっている。『産業』のそんなところが好きで僕は愛聴していた。

『産業』には「生活と旅」というモチーフを感じたが、Momの表現者としての眼差しもまた旅する人のように移動していく。旅をする人は観光をする人とは違うので、明確な目的地を持たない。旅人に目的地があるとすれば、それは「どこか遠く」である。そして、ある地点から見ればきっと、私たちが立っている今この場所も「どこか遠く」なのだ。Momの視点は深く深く潜ったり、高く高く上昇したりしながら、旅を続けている。そして彼は小さなものを捉え、大きなものを捉える。極めてパーソナルでありながら、同時にあなたや私を映し出す音楽。主観的でありながら俯瞰的で、断片的でありながら壮大な物語を描き出す、Momの音楽。

2025年に入り、Momの新しいアルバム『AIと刹那のポリティクス』は再び僕を興奮させ、考えさせ、魅了している。アルバムを再生した時に、まず耳に飛び込んでくるのは《提案します……》と語り始める幼い子どものような声だ。ジャケットに記された「Do you want more suggestions?」という1文に呼応するように、アルバムは「A I  s u g g e s t i ∞ n」と題された、AIの音声会話機能をイメージさせる4つのインタールード的トラックがナビゲーターを務める構成になっている。「A I  s u g g e s t i ∞ n」の幼い子どものような声は、いかにも正しそうなことや確かそうなことを私たちに提案する。だからと言って、その声は冷たさに満ちているかと言うとそうでもなく、むしろ「推し文化」をテーマとしたと思しき「4RTIFICI4L L♡VE?」で、好きだったはずのアーティストの「裏切り」を見つけるや否や罵詈雑言を浴びせかける声の方がよっぽど無機質なロボットのようだ。

僕が「A I  s u g g e s t i ∞ n」の声から想起したのは、手塚治虫の作品に出てくるキャラクターたちである。たとえば、『アトム大使』や『鉄腕アトム』に出てくるアトム。あるいは『火の鳥』に出てくる人間とロボットの子孫ロビタや、不定形生物ムーピーと人間の子孫コム。見た目は幼かったりシンプルだったりする彼らは、しかし人間にない特別な能力や腕力を有し、様々な価値観の狭間で板挟みになり苦悩しながらも、人間を支えて、健気に活動する。彼らは、人間が生き延びるために生んだ人間の子どもたちである。今、私たちの生活の中にあるAIというのも、人間の子どもなのだろう。自分が生み育てた子どもが成長した時、自分が座っている玉座が奪われるのではないかと焦り出す愚かな親のような存在が実はこの社会には結構多いのかもしれない。

しかし、Momは愚かじゃない。Momはひとりの「人間の大人」として、この世界の複雑さに向き合っている。この世界の解決のなさに向き合い、未来の見えなさに向き合っている。そして彼は声を奏でる。それでも進んでいくための声を。君が少し頑張れるような声を。君がスッキリと休んだり怠けたりすることができるような声を。今、壊れてしまったバランスを、少しでも立て直すための声を。

僕は『AIと刹那のポリティクス』を再生する。

「君には未来がある」

そんなMomの声が聞こえる。彼の声はこうも伝える。

「君は今、最果てにいる」

刹那は未知に開かれ、それと同時に、数多の喪失の上にある。その刹那に、熱源となる一滴の雫をたらすようにMomは歌っている。たとえ音楽は君の耳元を一瞬で流れていってしまうものなのだとしても、刹那にはすべての可能性があるから。

『AIと刹那のポリティクス』は名作だ。4つの「A I  s u g g e s t i ∞ n」を配置した一見奇妙な展開はしかし、それ以外の楽曲が持つ明瞭なポップネスを見事に際立たせてもいる。楽曲としてはアルバムの1曲目に当たる「_____identitycrisis______」(右側のアンダーバーの方が少し長い)の素晴らしさ、ロックとソウルのロマンティシズムがダイナミックに駆け抜ける「-ロンググッドバイ-」、流麗なダンスフィールを醸し出す「★に願いを」、それに夜空に瞬く星のように穏やかでキラキラした「[SERΦTΦNIN]」……Momらしい重層的なコラージュ感は保ちながらも、いつになく輪郭のはっきりとした名曲たちが揃っている。そして、アルバムの最後を飾る「刹那3.0」でMomはこう歌い出す。

うまくいくのさ
なにもかも
心配事はあるけれど
この胸に蓄えた愛の火が平凡を熱くする

様々な方角からの力に惹きつけられ、引き裂かれ、境界線の曖昧さを知り、矛盾を知り、完璧が存在しないことを知り、それでもなお選択し決断することを「ポリティクス」と呼ぶのなら、Momは今、「希望」に1票を投じている。僕はこの選択を肯定する。きっと何度でも繰り返し、肯定するだろう。

PROFILE

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Mom(マム)

現行の海外ヒップホップシーンとの同時代性を強く感じさせるサウンドコラージュやリズムアプローチを取り入れつつ、日本人の琴線に触れるメロディラインや遊び心のあるリリックでオリジナリティを発揮するシンガーソングライター/トラックメイカー。音源制作のみならず、アートワークやMVの監修もこなし、隅々にまで感度の高さを覗かせる。

2018年より活動を本格化させ、同年11月に初の全国流通盤『PLAYGROUND』をリリース。2021年春には、自身2度目のタッグとなったAppleのTVCM「Macの向こうから」シリーズに、3rdアルバム『21st Century Cultboi Ride a Sk8board』収録の「あかるいみらい」が起用され大きな話題となった。

独自のセンスがクリエーターやアーティストから支持され、NHK番組の音楽制作や、ゴスペラーズ、サニーデイ・サービス、ももいろクローバーZへの楽曲提供などその活動は多岐に渡る。

RELEASE INFORMATION

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New Album『AIと刹那のポリティクス』

2025年3月22日リリース
Label:〈ClubDetox〉

Tracklist:
1. A I s u g g e s t i ∞ n 0 1
2. _____identitycrisis______
3. “愛”と“光”のブルース!!!!!
4. 22時44分の<バースデーケーキ>
5. ティーンエイジ≠ネイション
6. A I s u g g e s t i ∞ n 0 2
7. 4RTIFICI4L L♡VE?
8. 消失点{fade-out}
9. post______no__future
10. -ロンググッドバイ-
11. A I s u g g e s t i ∞ n 0 3
12. ★に願いを
13. [SERΦTΦNIN]
14. ワークアウト’25
15. # 天使よりもショットガンが欲しい
16. A I s u g g e s t i ∞ n 0 4
17. 恋におちて、それから⇔
18. 刹那3.0

▼各種ストリーミングURL
https://linkco.re/PTsS8cG5
▼CD購入URL
https://clubdetox.stores.jp/

LIVE INFORMATION

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Mom and The Interviewers GIG #3 IDENTITY CRISIS

2025年7月4日(金)at 東京・渋谷WWW X
OPEN 19:00 / START 19:30
TICKET:前売¥4,000(税込)+1D

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