ハルカトミユキ『最愛の不要品』。仄かな希望が漂う包容力のある新作

Review

文: 黒田 隆太朗 

ハルカトミユキの4th EP、『最愛の不要品』をレビュー。

 音楽に「不要不急」というレッテルが貼られたこの時代に、彼女達は『最愛の不要品』という作品で応えた。かつて坂本慎太郎がタワレコのキャンペーンにて、「音楽は役に立たないから素晴らしい」とコメントしていたのは有名な話だが、そもそも芸術は無意味であることに真髄があるのだ。だってそうだろう、ピカソの絵を見たところで、誰の生活が潤うというのだ。だが、人はその無意味さの中にかけがえのないものを発見し、時に没頭するのである。それが人生をちょっとだけ豊かにするヒントなのだ。遅ればせながら、ジャケットに花が挿してある意図を想像する。花束をもらって腹を満たす奴はいないが、嬉しくない奴もいないだろう。これだって最愛の「不要品」なのだ。

 ハルカトミユキの音楽とは、すなわち怒りや悲しみである、と少なくとも私はそう解釈している。そして同時に、この社会の中で疎外感を持って生きる人間へ送る肯定の詩なのだ。そもそも2012年リリースの初の全国流通盤のタイトルは、『虚言者が夜明けを告げる。僕達が、いつまでも黙っていると思うな。』である。フォーキーで抒情的な音楽性の裏側に、グランジやオルタナからの反響があるのは偶然ではない。彼女達には轟音の中で叫ぶ動機があった。3年前にリリースされた直近では一番新しいオリジナルアルバム(『溜息の断面図』)にも、やはり痛烈な怒りがパッケージされていたと思う。

 つまり、今だって彼女達はその攻撃性を露わにすることができたはずだ。社会は暗く、政治不安は募り、互いを監視し合うSNSではいくつものヘイトが噴出する、こんな時代なのだから。

 だが、本作はどうだろう。もちろん、マイナー調の弾き語りで始まる「everyday」からは、その音の隙間からどうしようもなく憐憫の情が聴こえてくる。ミユキ作曲の表題曲はどこか不安を誘うダークなエレクトロで、鋭く社会を捉えたハルカらしい言葉が綴られた1曲である。しかし、それでもなお、総じて言えばやわらかい感覚が伝わってくる作品である。どの曲をとっても、おおよそざらついた音は抑えられ、「SFみたいだ」のような爽やかなポップソングも収録されている。タイトルがすべてを物語っていると言えばそれまでだが、本作はきっと、敵意よりも愛念が上回った作品なのだろう。いずれは愛さえ不要不急と言われかねないこの時代に、誠実な表現だと思う。

 本作のリリースがアナウンスされた時、ハルカからは「語弊をおそれず言うと、こんなに自分たちの意思を尊重して制作できたのは初めてです」というコメントが出ていた。昨年はハルカとミユキのふたりだけ(ないしはドラムを加えた3人編成)の表現を探っていった1年だったようで、その時間が本作の充実に繋がったのは想像に難くない。また、思えばベストアルバムのリリース以降初めての作品である。コロナ禍でアーティストを取り巻く状況は一変したが、そもそも次にリリースする作品は、新しい風が吹くようなものにしたいという気持ちがあったのかもしれない。EPとしては2014年以来の作品(『そんなことどうだっていい、この歌を君が好きだと言ってくれたら。』)であり、もしかしたらふたりにとってEPの制作とは、次のフェーズに進んでいく合図のようなものだろうか。

 この音楽から感じる新しい気分とは、つまるところサウンド・プロダクションの変化によるところが大きい。音数はここ最近の作品の中では比較的に絞られた印象で、歌とメロディがスッと入ってくるデザインになっている。一方音のメリハリが効いているのも特徴で、それはマスタリングを手掛けたスチュアート・ホークス(Amy WinehouseDisclosureEd Sheeranらとの仕事で知られるエンジニア)の手腕だろうか。ふたりの自然体を感じつつ、ポップに開けた作品になっていると言えるはずだ。彼女達のディスコグラフィの中でも、包容力のある音楽である。

 思えば怒りや悲しみとは、そもそも未来を前提にした感情である。将来を憂うから悲しむのであり、自身や近しい人の生活を祈るから怒るのである。ハルカトミユキは、はじめから絶望の裏にある希望を綴る存在だったのだ。寂しげな光に照らされたジャケットからは孤独感が薫るが、それでもカラフルな端束を挿した花瓶には仄かな希望が漂っている。

黒田隆太朗

ハルカトミユキ『最愛の不要品』

配信日:2020 年6 月24 日(水)
形態:配信(各ストリーミングサービス / DL 販売¥200)

収録曲:
01.everyday
02.Continue
03.最愛の不要品
04.SFみたいだ
05.扉の向こうで

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