「敗北宣言」をした自分にしかできないこと【Archive】|the future magazine

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文: Hiroyoshi Tomite  写:goto michito 

2015年にフレンズを結成し、今や押しも押されもせぬ地位を得た関口塁。しかし当時彼は葛藤し、道に迷っていたのを覚えている。彼はインタビュー内で「自分にはカリスマ性はない」「ユースカルチャーの軸に離れない」と話していた。そんな現状認識を持ったからこそ、彼はフレンズー文字通り友達たちと一緒にーというバンドを組み、来年1月にはNHKホールでのライブが決まっている。

Vol.2のインタビューに答えてくれるのは元The Mirrazのドラマーとして19歳から24歳の間までの6年間、インディーからメジャーへ駆け上り音楽シーンで活躍していた関口塁君。

2013年6月に腰痛の悪化を理由に脱退。その後、表舞台から姿を去っていた。しかし、昨年11月「GOOD VIBRATIONS」という企画を立ち上げ、再び音楽シーンの近いところに帰ってきた。実際彼自身も髭(HiGE)の須藤さんのソロプロジェクトでドラムパットを担当していた。かつてのファンにとって(コレは僕自身のことでもあるのだが)は、復活を印象づけたに違いない。イベントは盛況で、2/7にVol.2の開催も決定している。

一度ミュージシャンとしての音楽の世界から企画側の人間として音楽の世界に舞い戻ってきた彼は今何を思うのか。様々な葛藤の末、新しいチャレンジへと向かう彼の赤裸々な言葉に耳を傾けてほしい。


The Mirraz脱退後、空白の時間に思っていたこと

ーまず、The Mirrazを辞めた直後、何をやっていたのか教えてください。

関口:

辞めたのが2013年の6月か7月。すぐ後に一度実家に戻ったかな。東京での活動や暮らしに疲れていたから、一旦リセットしたくて、1〜2週間くらい地元でゆっくり過ごすことにしたの。地元の友達に久々にご飯に誘われて、食べに行ったりしてた。「なんで辞めたの?」みたいな話をされて、「そもそもArctic Monkeys好きじゃなかった」って愚痴を話したりとか(笑)。

しばらくして、東京に戻ってきて、とりあえず音楽は続けたいなって思っていたから。手元に残った機材とかを売って、DTMの最低限の機材…、シンセとかオーディオインターフェイスとかで作曲しながらフリーターをやっていこうと思ったので、アプリ制作のバイトを見つけてとか、そんな暮らしをしばらく続けていたかな。

ー出会ったのはちょうどその頃だよね。実際曲づくりとかの経験はあったの?

関口:

いや全くなかったから、なかなか上手くいかなくて…。色々な言い訳をして、先延ばしにしていた。結局、自分が作曲した音楽がちゃんと形になったのが、元Czecho No Republicのアディムから「絵画の個展を開くから、そのトレーラー映像の音楽担当になって欲しい」って言われて。共通の友達に1人クレハっていう映像を作っている奴がいたから、そいつとアディムと一緒に制作を…ってなったときに、初めて1曲ちゃんと作った。

ーそれ以降、楽曲の制作は?

関口:

制作はしているけど、どこにも発表していない。細々とサウンドクラウドにあげたりしていたけど。…なんか「格好いいじゃん」って思っでも次の日聴いてみたら、納得いかないとか結構あって……。それで、色々思うことがあって、今の恵比寿のイベントスペースの運営する会社に就職したという感じかな。

ー一度は、音楽とは関係ない世界で働いてみたけど、また音楽に近いところで、みたいな思いがあったということ?

関口:

いや、そこまでそういう思いがあった訳ではなくて。むしろ軸がずっと音楽だったものを、「音楽の優先順位を一段下ろして、普通の生活というものを主軸にして生きていこう。人としての幸せというのを一番上の軸に持っていこう」っていう生き方を変えていくことを主眼に置いていた感じ。

もちろん音楽をやってることも幸せなんだと思うけど、ただ何かあのときは楽曲制作がなんか上手くいかなくて。将来を考えたときに、普通に働いて稼いで今後結婚して、子供とかできて、暮らしていくっていう幸せの在り方もあるんじゃないかなと思って。要は、「堅気になろう」と思って就職したの。

ーバイトではなくて、会社員としてということね。最初フリーターになったときは、音楽をやっていこうと思った意志があったけど、それじゃ上手く回らない部分とかがあって、ちょっと考え方を変えたと。

関口:

そう。色んな不安があったから。24でバンドを辞めて、これから再出発ってなったときに、面白い音楽をやる若手がどんどん出てくるのを見てて。何かそこに追いつけないというか、何かもう下から出て来るのが新人類、宇宙人みたいにしか見えなくて(笑)。

ー感覚が全然違うってこと? それは普通にリスナーとして音楽のシーンを見ていて?

関口:

うん。で、自分自身もロック少年だったところからだんだん聴く音楽も変わってきてて、James BlakeとかMount Kimbie、Jamie xxとか。そこら辺のポストダブステップとかクラブシーンの音楽に傾倒していって、自分で音楽を表現するなら、そういうのをやりたいなって思っていたんだけど、知識もなかったし、楽曲制作もあまりはかどらないから、逃げるじゃないけど、一度、働こうと。そこで、今の会社の上司が知り合いだったのもあって紹介してもらってスタンダードワークスに入社させてもらったんだよね。それが2014年の6月。

次ページ:自分はユースカルチャーの軸にはなれない

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Hiroyoshi Tomite

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関口 塁
元The Mirrazドラム。1988年 長野生まれ。19歳の頃から約6年 間にわたり The Mirraz のメンバーとして活動。持病の腰痛を 理由 に 2013年6月 脱退。現在株式会社 スタンダードワークスに てライブの企画・運営などを行なう。2014年 11月より自主企画 GOOD VIBRATIONS を始動させている。

※掲載当時のプロフィール文を流用。
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