新たな始まりを告げる一夜。湯木慧の「誕生~始まりの心実~」をレポート

Report

文: 黒田 隆太朗  写:小嶋文子 / Ayako Kojima 

メジャーデビュー当日に行われた湯木慧のワンマンライヴ、「誕生~始まりの心実~」をレポート 。後日、彼女の音楽観から、新作『誕生~バースデイ~』に込めた想いまでを紐解いたインタヴューも公開。

クライマックスから原稿を始めよう。ライヴが始まってからもずっとステージを覆っていた紗幕が開き、「産声」と「バースデイ」が歌われた時、きっと誰もが少しの解放感を覚えたに違いない。筆者はここでやっと呼吸ができたように思えた。比喩ではなく、それくらい切実なライヴだったのだ。アンコールが非常にリラックスしたムードで行われたことを考えれば、アンコールはあくまでもアンコール、やはりこの日のライヴは「バースデイ」で一度終幕したと言えるだろう。

自身の21歳の誕生日である6月5日、湯木慧は『誕生~バースデイ~』を発表しメジャーデビューを果たした。同日に行われたのが、彼女のワンマンライヴ「誕生~始まりの心実~」である。沢山の応募があったというこの日の会場は「四谷天窓」、決して大きくはない箱の中、満員のお客さんすべてに座席が用意されてのライヴである。これは明らかに、キャパシティよりも「どこで」、「何を」、「どんなふうに歌うか」に重点が置かれたライヴであった。

2015年に初ライヴを行った馴染みの深いステージであり、演者はアコギを抱えた彼女ひとり。この日訪れたオーディエンス一人ひとりに、彼女の手書きで氏名が書かれたリストバンドが手渡されるなど、飾らない湯木慧の原点を垣間見るようなステージである。目的はきっと、自身の原点からメジャーという新たな舞台へと向かうためだろう。

薄いレースのような幕は、あぐらをかいて歌う彼女と客席の間に一線を引くように垂れている。そんな中、時に男性の声で、時に女性の声でナレーションが差し込まれていく演出にリードされながら、ライヴはストーリーテリングな形で進んでいく。そうしたこともあり、幕一枚隔てた先で歌う彼女は、「歌い手」でありながら「語り部」として機能していたように思う。「傷口」で始まり、力強くアコギを爪弾く「網状脈」、焦燥感を駆り立てる音色で聴かせる「ヒガンバナ」、まだ音源化されていない「ふるさと」、<どうか生きて>と訴える「ハートレス -路地裏録音-」といった楽曲群は、「命」や「生」の意味を問いかける物語となって響いていく。

少し大袈裟に言うのであれば、「何度でも人は生まれることができる」、「皆さんも、私も、何度でも生まれることができる」と語って始まったこの日のライヴは、「バースデイ」(=もう一度生まれる日)という物語を描いた、歌で聴かせる芸術である。無論、真意は定かではないが、こうして聴き手の創造力を刺激するように、聴覚と視覚の両方に訴えるライヴは彼女の表現における核なのだろう。自身で個展を開くなど、音楽にとどまることのないアート表現を行ってきた湯木の真価はこういうところにあるはずだ。

遂に紗幕が開き「98/06/05 11:40」(タイトルは彼女の生年月日)が流れる。シリアスなムードからは一転、MCでは親しみやすいキャラクターでこの日のライヴがいかに自分にとって大事なものだったのかを語っていたが、「バースデイ」で歌われる<真っすぐ真っすぐ前を向いて生きてゆく>という歌に彼女の決意が集約されていたと思う。オーガニックなギターの音色、透き通るような声色、目一杯声を張る歌唱、そのすべてに生命力が漲っている。強い意志を感じさせる歌声は何よりも大きな武器で、湯木慧は自身の感情をダイレクトに伝えることができる音楽家である。

アンコールに入ってからは「金魚」、「道しるべ」、「存在証明」の3曲を柔らかいムードで披露し、8月には早くも2枚目のシングル『一匹狼』をリリースすることをアナウンス。シリアスに始まり、解放感を覚える終幕へと進んでいく、夜明けのようなライヴだった。これからさらにエネルギッシュな活動をしていくだろう、そんな始まりの予感に満ちた一夜となった。

湯木慧『誕生~バースデイ~』

2019年6月5日発売 メジャーファーストシングル

初回限定盤
CD+ライブDVD+
スペシャルパッケージ仕様
品番:VIZL-1592
¥1,800+消費税

通常盤
CD
品番:VICL-37474
¥1,200+消費税

収録曲
1. 98/06/05 11:40
2. 産声
3. バースデイ
4. 極彩

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