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文: 石角友香
マダラメスルメ、奇妙なアーティストネームだ。思わず声に出して言いたくなる。そんなイカが存在するのだろうか?と検索するとこのアーティストしか存在しない。この時点で既に術中にハマっているのかもしれない。2021年夏にリリースした1stシングル「大東京空中都市/サンデーナイトブルース」。前者はドリーミーなギターサウンドと跳ねないビートに乗る、ヒップホップやボカロ文化を経由してきたであろう言葉数の多い歌、それも少しばかりのシニシズムを含んだ歌詞が寝落ちした時に見る悪夢のようだった。一方の「サンデーナイトブルース」は16ビートのギター・カッティングとメロディアスなベースライン、ローズ・ピアノ風の上モノがカラフルではなく、どこか歪に個々に存在している。確かに日曜日の憂鬱は整理できないこんな気分だ。ちなみにマダラメスルメはDTMでトラックメイキングをしているようで、歌詞やボーカルは他アーティストとコラボしている。先の2曲は大泉ずみ(CoffeeSugarSyrups)との共作だが、女性ボーカルも参加しているようだ。この人のスキルの高さが悪夢的なリリックをぶっ刺す。そして1年。4thシングルとなる「星の彼方」がドロップされる。
2022年の春リリースした、その名も「春」でグッとリッチな音像へ変化し、歌詞とボーカルを担当したMariamの、別れの季節の叙情を醸し出す表現で多くのリスナーを獲得。環境音も新幹線のホームで録音し、遠距離恋愛や卒業、就職で離れ離れになるふたりの佇まいが浮かぶようだ。ギターとベースは生音で、そのことも20年代のシティポップ足らしめている。この楽曲が各種ストリーミングサービスにおけるニューカマーを集めたプレイリストに選出。まさかマダラメスルメなんてアーティストネーム(しつこい)とは知らずに、サビをリフレインしていた人も多いんじゃないだろうか。
そして今回のリリースはジャスト夏だ。シーズンソングを作る自信はアーティストとして素晴らしいなと思う。エレクトリックなスチールパンとでも言うべきキラキラした音色が脳内がプラネタリウムにでも拡張されたんじゃないか?という輝度だ。ゆったりしたベースラインは若干、レイドバック気味で、猛暑で遠のく気分にフィットする。たっぷりとられたイントロに乗るボーカルは「春」同様、Mariam。1Aは男の子の視点で《(星の彼方には)愛も憎しみもないんだって》と、彼女に意見を求める。2Aでは女の子の目線で、愛も憎しみもない世界は羨ましくはないけれど、自分のことを見透かされているようで、少したじろいでいるようだ。そしてどうやらいまはふたりは別々のところにいることが最後に判明する。“星の彼方”という、宇宙とも生命のない場所ともふたりだけの世界とも取れるワードと、ループするコードやベースラインの輪廻転生感。このループが終わる時、つまり曲が終わる時、ふたりはどこに向かうのだろう。そしてリスナーはすっかり自分ごととして「星の彼方」に浮遊しているに違いない。
音のレイヤーの効果もあって、単に切ないだけでも、抽象的なわけでもない不思議なゆらぎを生む後半はマダラメスルメの個性だろう。爽やかなシティポップというだけでなく、迷ったり、逃げたくなったりする愛すべき登場人物に自己投影する20代前半のリスナーも多そうだ。もっと言えばJ-POPにリアリティを吹き込む気概も感じる。一度聴いたら忘れられないのは名前じゃなく、楽曲なのだ。
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