Helsinki Lambda Clubの新たな始まりを予感させる最新EP。10周年を経て3人が目指す“リスナーと繋がる音”

Interview

文: riko ito  編:riko ito 

遊び心あふれるサウンドでリスナーを魅了する3人組オルタナティブロックバンド・Helsinki Lambda Clubが、11月27日にEP『月刊エスケープ』を発表。2023年の結成10周年という節目を経て生み出された本作は“新たなヘルシンキのはじまりを予感させる作品”になったそうだが、今回は3人に最新作を軸としたメールインタビューを実施した。

3人組バンド・Helsinki Lambda Club(以降、ヘルシンキ)が、2024年11月27日に最新EP『月刊エスケープ』をリリースした。キーボーディストの堀江博久をプロデューサーに迎えた「たまに君のことを思い出してしまうよな」を筆頭に、ヘルシンキらしい耳に残る心地よいメロディやポップさが根底にありながらも、これまでにないR&B的な要素やダンサブルなグルーヴから、バンドの新しい一面も垣間見える作品に仕上がっている。

見たくない現実から逃げ、都合の良い面ばかりを見てしまうことを歌った「THE FAKE ESCAPE」や、ライブで巡ったアジアの国々や現地のミュージシャンたちからインスパイアを受けて制作され、オリエンタルな楽曲のムードから“非現実的な世界への憧れ”も感じられる「キリコ」など、“エスケープ”という概念もコンセプトの一つに据えられているという本作。「自分の世界観は濃くしすぎないようにした」と語りつつも、彼らの世界観やこれまでの作品と地続きであることが確かに感じられるのは、10年という時を経てバンドとしての軸が確立されている証拠なのだろう。

今回は、経験を重ねてきたことでバンドとしての核も見えてきたという彼らに、メールインタビューを実施。制作エピソードや楽曲に込めた想いなどを伺い、本作の魅力を深堀りしていく。

言葉が伝わらなくてもグルーヴは伝わる

ー今作は「ダンスにフォーカスした作品/全体として統一感のある作品にしたい」という意図から制作を開始されたそうですね。EPの構想が生まれた時期や経緯を教えてください。

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橋本薫(Vo. / Gt.):

ダンスにフォーカスしたいという気持ちは前作(3rdアルバム『ヘルシンキラムダクラブへようこそ』)を制作している最中からあった気がします。ここ数年は友だちと遊ぶときにテクノやハウスなどのダンスミュージックを聴くことが多かったし、生活の中で流す機会も増えて、自分の中で今までより自然な音楽になってきたこともあり。それに、実際に身体を揺らして踊るということの大事さにも改めて気付いたり。シンプルに心と身体にとって良いですよね。あとは海外でライブをする機会も増えて、言葉が伝わらなくてもグルーヴは伝わるという経験を重ねていったことも動機になっていると思います。

統一感という部分に関しては、自分の今までの“とっ散らかり具合”は魅力でもありつつも伝わりづらい部分でもあると思っていて。意図をもう少し見えやすくして(リスナーが)楽しむ敷居を下げたいという思いがあったので、統一感を出すということそのものがチャレンジでもありました。結果できなかったんですけど。
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稲葉航大(Ba.):

今まで歌詞においてはアルバムごとに統一感があったものの、曲調にフォーカスして統一感のあるアルバムやEPを作ったことがなかったので、前作『ヘルシンキラムダクラブへようこそ』を作り終えたとき、次作はそこを軸にした作品を作りたいと思ったのが始まりです。そこで踊れる曲たちを集めるのが良いのではということになり、ダンスにフォーカスしたEPを制作することになりました。

ーそれ以外にコンセプトとして決めていたことはありましたか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

僕個人としては、前作は最終的に自分の世界観が濃い仕上がりになった気がして。それは表現として素晴らしいことだとは思うんですけど、もっと世の中に対して開いた気持ちで(作品を)提示したいという想いがあるので、今作は自分のこだわるポイントをなるべく絞って、そこ以外はあまりディレクションしすぎずにメンバーや関わってくれる人の考えを今までより多く取り入れようと思っていました。
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稲葉航大(Ba.):

当初はダンスにフォーカスした作品を作っていくという方向性のみだったのですが、“エスケープ”という歌詞の世界観であったり概念も、次第に本作のコンセプトになっていきました。

ー『月刊エスケープ』というタイトルに込めた想いを教えてください。

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橋本薫(Vo. / Gt.):

先に語感や雰囲気でひらめきにまかせてつけたんですけど、このタイトルがどういう意味を持つのか自分の中で考えを巡らせたんです。そうしたら、一見バラバラな作風の曲たちが並べられたように見えるけど根底では“エスケープ”という概念で繋がっていて、それが月刊コミック誌のような感じだなと腑に落ちて、あまり悩まずにこのタイトルに落ち着きました。週刊でもいいんですけど、月刊のほうがなんとなく納まりが良かったですね。
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稲葉航大(Ba.):

タイトル候補はいくつかあったのですが、その中で色々な楽曲が一つの“エスケープ”という軸で集まっている、まるでマンガの月刊誌や週刊誌みたいなEPだから『月刊エスケープ』がいいのではという案があり、このタイトルが自分の中でもすごくしっくりきたので、結果としてこのタイトルになりました。

今のヘルシンキだからできた演奏やグルーヴをパッケージ

ーこれまでの作品に比べて、サウンドはより自由で開けたものになっている印象を受けました。今作のサウンドを構築する際に意識したことはありましたか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

不要な音っていう言い方が正しいかわからないですけど、自分の中ではなんとなくの面白さで重ねるような音はなかったと思います。
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稲葉航大(Ba.):

思いっきり“自分”を出すことを意識しました。
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熊谷太起(Gt.):

今作に限らずな話ではありますが、ギターで言うと常に前作とは違う音色であったり、何かしらでアップデートをする意識があります。今作は特に空間系の調整を念入りにしたので、いつも以上に立体的な音像にできたかなと思っています。

ー制作のリファレンスとなったアーティストはいらっしゃいますか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

曲ごとの幅が広すぎて難しいんですけど、マインド的な部分で言うとSteve Lacy(スティーブ・レイシー)やChildish Gambino(チャイルディッシュ・ガンビーノ)のような自由な発想、世界観、遊び心を持ったアーティストに共感もするし憧れもするので、そういった人たちからは常々影響を受けていると思います。
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熊谷太起(Gt.):

いくつかありますが、一番聴いたのはBig Thief(ビッグ・シーフ)の「Simulation Swarm」という曲です。

ー橋本さんは、今作の歌詞を書く中でこれまでと変化を感じた部分はありましたか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

「もっとわかりやすく明確な歌詞を書きたい」という気持ちもあるんですけど、結局自分でも理解しきれないけど降りてきた言葉だったり、感情のグラデーションの間をどうにか表現したいという気持ちだったりは相変わらずあって、むしろ自分はそこを大事にしたいなとより思うようにはなった気がします。あとは元々仏教に惹かれるところがあり、近年少しずつ勉強もしているのですが、例えば諸行無常のような仏教観は歳を重ねるごとに歌詞にも反映されていっていると思います。

ー「たまに君のことを思い出してしまうよな」は、堀江博久さんをプロデューサーに迎えています。制作時に印象に残っているエピソードや、刺激を受けた点などがあれば教えてください。

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橋本薫(Vo. / Gt.):

一番印象的だったのは楽曲の組み立て方ですね。まず初めにデモの段階で、ドラムとベースと歌だけで楽曲がほぼ成立するところまで持っていこうという提案がありました。土台をしっかり作って、あとは装飾的な意味合いで音を重ねていくような。決まった正しいやり方というものはないとしても、土台を丁寧に作るのはモノづくりの基本として共通して大事なことなんだろうなと身をもって知りました。
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稲葉航大(Ba.):

ベースに関しては特に色々、堀江さんからアドバイスをもらいました。今回の曲はドラムが打ち込みで無機質なものなので、それに対していかにベースが曲全体のノリを出せるか――例えばベースのどこにアクセントを持ってくるかとか、音の長さなど――デモを作る段階からかなりシビアに念入りに作っていきました。

アクセントやベロシティをしっかり作り込んだベースラインを一度打ち込みで作ってみると、いざ自分が弾くときに視覚的にも聴覚的にも参考になるからやってみたら良いかもというアドバイスを堀江さんからいただき、夜な夜な家で作って練習してを繰り返しました。
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熊谷太起(Gt.):

同じルートでもタッチのニュアンスだけでノリが変わることや、それによって歌がより良く聴こえるなど、なんとなくでしか理解できていなかったことを言語化して伝えてもらえたので、とても勉強になりました。また、普段だったらシンセに頼っていたようなところも、バンドで完結させるためにギターで入れたり、曲を作る上でのスタンス的な部分でも刺激を受けました。

ー気に入っている曲を1曲挙げるとしたら、どの曲になるでしょうか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

堀江さんと作った「たまに君を思い出してしまうよな」ですね。たくさん学ばせていただきましたし、メロディが自分のツボで、シンプルなんですけどかなりグッときます。
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稲葉航大(Ba.):

1曲に絞るのはなかなか悩むのですが、「Yellow」ですかね。ヘルシンキに今までなかったR&B要素を入れつつ、ロックが根底にはあるという、今のヘルシンキじゃないとできなかったそんな演奏、グルーヴがパッケージされたなと思ってます。
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熊谷太起(Gt.):

「Yellow」です。出来も素晴らしいものになったのはもちろん、今作で一番アレンジに時間がかかったと思うし、個人的にもギターを何度も練り直して苦労したので、たくさん聴かれたい、という思いから選びました…(笑)。

ー本作を制作する中で、苦労した点は何でしょうか? 印象深いエピソードがあれば教えてください。

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橋本薫(Vo. / Gt.):

相変わらずの多彩さと、僕のディレクションの少なさなどにより、僕が何をしたいのかや「(アルバムの)軸がどこにあるのかがわからない」とチームから少なからず思われたことで、若干コミュニケーションがうまくいっていない時期もありました。僕自身は好きなことをやっているつもりなんですけど、でもチームのみんなが言わんとすることはわかるなと思い、その意見を反芻しつつ自分の意図を改めて説明したりしました。
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稲葉航大(Ba.):

個人的には、今回のEP全体にギターのフレーズの繰り返しや展開としてループするものが多かったので、例えばコードのルート位置を変えることによって雰囲気に変化をつけたり、フレーズを変えて盛り上がりを出したりなど、ベースでいかに展開させていくかをかなり試行錯誤しました。
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熊谷太起(Gt.):

先ほども挙げましたが、「Yellow」という曲はアレンジの段階で曲調やノリが何度も変わり、今の形に収まるまでかなり時間がかかったので、苦労しました。またソロも何度も練り直した結果、ヘルシンキのソロの中でも難しいものになったので、ライブだとちょっと緊張します。

チャレンジするにあたり何かしらの核や説得力は大事

ー本作の制作で新しく挑戦したことや、それによって得られた気づきなどはありましたか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

なんでもやるバンドだけど、なんでもやれるわけじゃないんだなと改めて思いました。チャレンジは大事だけど何かしらの核や説得力も大事だし、結局自分の中にあるもので勝負するしかないなと。
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稲葉航大(Ba.):

ドラムとベースの音の置き所一つとっても、曲全体の雰囲気がかなり変わることが改めてわかりました。もっともっとリズムで遊んでいきたいなという気持ちがより強くなりました。
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熊谷太起(Gt.):

新しい挑戦はプロデューサーを入れたことですかね。過去にもやったことはありますが、今回はデモ作りの段階からがっつり関わってもらったので、人間性や方向性が合わなかったらどうしようという不安もありましたが、堀江さんはどちらも素晴らしい方でした。

あと、今回初めてギターのライン録りの音も併用してみましたが、ものによってはアリな感じだったので、今後もうまく併用していければと思っています。

ー昨年、Helsinki Lambda Clubは活動10周年という節目を迎えました。EP『月刊エスケープ』はその後、一発目に制作された作品ですが、バンドにとってどんな位置付けの作品になりましたか?

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橋本薫(Vo. / Gt.):

ずっと実験とチャレンジを続けてきたバンドだと思うのですが、その実験結果をもって今までで一番開けた作品になったと自分では思っています。曖昧な表現ですけど。自分の内側にフォーカスして濃い作品を作ることも尊いですけど、やはり聴いてくれる人を大事にもしたいし想像したいし、伝えたい・繋がりたいという気持ちはまだまだあるので。それが世間とズレてたなら、それはそれで仕方ないというか。
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稲葉航大(Ba.):

ある意味、今回の作品は色々経てきたヘルシンキの1stというか、新たなヘルシンキのはじまりを予感させる作品になったのではと思います。
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熊谷太起(Gt.):

今までの活動や経験値を凝縮した作品になったと思いますし、これからのヘルシンキラムダクラブの始まりも感じさせる節目のような作品になったと思います。

ー2024年は<SXSW>への出演や初のイギリスツアーも行うなど、新たに活動の幅を広げた1年になったかと思いますが、10周年を迎えて結成当初から変わったと思う点はなんでしょうか? また、これからの展望を教えてください。

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橋本薫(Vo. / Gt.):

色々やってみようの10年だったと思うし、色んな選択肢を持てるバンドにもなっていったと思うのですが、これからはよりバンドの説得力を高めていけるような取捨選択をしていくような動きになる気がします。僕のことなんで、すぐに気が変わるかもしれないですけど。
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稲葉航大(Ba.):

10年間色々経験を積んできて、バンド的にもイチ個人としてもかなり成長できたと思っているので、この先はこれを踏まえていかにこの経験を音に乗せられるか、それが大事になってくるかなと。音にはその演奏してる人間力が乗ると思っているし、それを特にこの1年で感じたので、これからは稲葉の音とヘルシンキの音、この二つを突き詰めていくことになりそうです。
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熊谷太起(Gt.):

10周年を迎えて、ようやく地に足が着き始めてきた感覚がありました。まだちゃんと着いてるわけではないのですが(笑)、今年はなんとなく自分たちの役割というか立ち位置的なものが少し見えてきた気がするので、来年以降はしっかりと地に足着けて、自分たちらしい活動をしていければいいなと思っています。

RELEASE INFORMATION

New EP『月刊エスケープ』

Label:Hamsterdam Records / UK.PROJECT
品番:HAMZ-026 | JAN:4514306023718

Tracklist:
1. THE FAKE ESCAPE
2. キリコ
3. Yellow
4. たまに君のことを思い出してしまうよな
5. My Alien

▼配信URL
https://helsinkilambdaclub.lnk.to/TheMonthlyEscape

TOUR INFORMATION

​​EP『月刊エスケープ』 release tour “冬将からのエスケープ”

2025年1月18日(土)at 大阪・梅田CLUB QUATTRO
2025年1月19日(日)at 愛知・名古屋CLUB QUATTRO
2025年1月25日(土)at 福岡・福岡CB
2025年1月26日(日)at 宮崎・宮崎ラザロ
2025年1月29日(水)at 東京・恵比寿LIQUIDROOM

Present Campaign


Helsinki Lambda Clubのサイン入りポスターを3名さまにプレゼント。応募方法は、DIGLE MAGAZINEのXアカウントをフォロー&上記の投稿をリポストするだけ。

※締め切り:2025年1月24日(金)18時まで

【注意事項】
・ポスターの種類は上記のXのポストのデザインとなります。
・当選のご連絡に対して48時間以内に返信がない場合は、誠に勝手ながら辞退とさせていただきます。
・いただいた個人情報はプレゼントの発送にのみ使用させていただき、発送後は削除いたします。
・住所の送付が可能な方のみご応募下さい。また、発送は日本国内に限定いたします。
・フリマサイトなどでの転売は固く禁じます。

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Helsinki Lambda Club(ヘルシンキラムダクラブ)

2013年夏に結成された3人組オルタナティブロックバンド。メンバーは、橋本薫(Vo. / Gt.)、熊谷太起(Gt.)、稲葉航大(Ba.)。 中毒性の高いメロディや遊び心のある歌詞、実験的なサウンドでリスナーの心を掴んでいる。

<FUJI ROCK FESTIVAL>や <朝霧JAM>などの大型国内フェスに加え、香港、中国、台湾、シンガポールなどでもライブを実施。さらに<SXSW>への出演やイギリスツアーを果たすなど、日本のロックシーンにはかけがえのない存在となっている。

2024年11月27日に最新EP『月刊エスケープ』リリース。12月現在、EPを引っ提げた全国ツアー<冬将からのエスケープ>を開催中。
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